表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
魔王国編
129/134

冥王の胎動

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



グラーディスは穏やかな表情でレイラへ向き直った。


「一応、交渉は合意していただけた、ということでよろしいか。“麗王”」


レイラは静かに頷く。


「はい」


「それと、私のことはレイラとお呼びください」


わずかに表情を和らげながら続ける。


「"麗王"という呼称は、私の好むものではありませんので」


それは誇りを否定する言葉ではない。


二つ名より、一人の人狼として接してほしいという意思表示だった。


「承知した、レイラ殿」


グラーディスも自然に呼び方を改める。


そのやり取りを見届けたレオニスは、ようやく胸を撫で下ろした。


最大の難関だった交渉が終わったのだ。


「大丈夫だ、レオニス」


グラーディスは頼もしく微笑む。


「ロウガ殿は必ず捕獲する」


「お願いします、グラーディス様」


思わず頭を下げる。


今やロウガを捕まえることは、一行の目的だけではない。


自分の命運まで懸かっている。


その時だった。


つん、と背中を軽く突かれる。


「イシュリアン様?」


振り返ると、イシュリアンが少しだけ頬を膨らませ、不満そうな視線を向けていた。


「あの……何か?」


「私には、お願いしないのですか?」


予想外の問いに、レオニスは目を瞬かせる。


「あ、はい!」


「もちろん頼りにしています。お願いします、イシュリアン様」


その言葉を聞いた途端、イシュリアンの表情がふっと緩んだ。


満足そうに、小さく微笑む。


「レイラ様」


「我々も持てる力を結集し、お役に立ちましょう」


「はい。共に参りましょう」


レイラも静かに応じる。


「承知しました」


イシュリアンは自らのローブの裾を指先で摘み、優雅に一礼した。


王国でも指折りの魔術師らしい、洗練された所作だった。


そして、そのまま自然な動きでレオニスへ近づく。


「……私のことも、もっと頼りなさい」


耳元で囁かれた声は、驚くほど柔らかい。


思わず肩が震えるほど近い距離だった。


「は、はい」


短く返事をするのが精一杯だった。


理知的で、常に冷静沈着。


感情より理性を優先するイシュリアンにしては、あまりにも珍しい距離感だった。


その一言には、信頼してほしいという素直な願いが滲んでいた。


「当然、あたしにもあるのよね?」


今度は反対側から声が飛ぶ。


アウレリアだった。


腕を組み、どこか得意げに笑っている。


「言うまでもないよ、アウレリア」


レオニスが苦笑交じりに答えると、アウレリアは満足そうに、にっと笑った。


「なら、よし!」


その笑顔は、どんな魔物より頼もしい。


その時、小さな咳払いが聞こえた。


「コホン」


全員の視線が自然と集まる。


そこには何も言わず佇むフィデリアの姿があった。


レオニスは慌てて姿勢を正す。


「もちろん、フィデリア様もお願いします」


フィデリアは静かに頷く。


それだけだった。


だが、その頷きには十分な信頼が込められていた。


こうして、人狼族の族長レイラを新たな仲間に迎え、一行は新たな形となる。


勇者アウレリア。


姫巫女フィデリア。


王子グラーディス。


賢者イシュリアン。


文官レオニス。


そして、人狼族の族長レイラ。


種族も立場も異なる六人は、それぞれ異なる目的を胸に抱えながら、一つの道を歩み始めた。


それが後に、魔王国の運命を大きく揺るがす、新生勇者一行の始まりとなる。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「……意外だな」


小さく漏らしたグラーディスの声に、隣を歩いていたイシュリアンが首を巡らせた。


「何がですか?」


その視線を受けながら、グラーディスは穏やかに笑う。


「リアンがレオニスに、あのような接し方をするなんてね」


「……そうですね」


イシュリアンは否定も肯定もせず、少しだけ前方へ目を向けた。


そこではレオニスがアウレリアと何やら話し、少し後ろではレイラが無言で歩いている。


いつもの隊列だった。


「まさか、レオニスのことが好きとかかい?」


冗談半分で投げた言葉だった。


だが、イシュリアンは笑わない。


むしろ真剣な顔で考え込んでしまう。


「なんで、そんなことを確認するのですか?」


「そう、見えますか?」


「……私には、そう見えるよ」


率直に答えると、イシュリアンは顎へ指を添えた。


本当に研究でも始めるような仕草だった。


「好意……ですか」


「その定義が、まだ私には曖昧です」


「ですが、レオニスが困っていると助けたいとは思います」


「無理をしているように見えると、少し気になります」


「……それは、そういう感情なのでしょうか」


どこまでも真面目だった。


恋心すら魔法理論の一つのように分析している。


その様子に、グラーディスは思わず苦笑する。


勇者選別の前に出会った頃のイシュリアンは、今とはまるで別人だった。


魔法だけを価値あるものと信じていた少女。


知識と研究だけが人生のすべて。


魔法を扱えない者など、眼中にも置いていなかった。


他者との距離は遠く、感情より理論を優先する。


まさに教会が秘蔵してきた天才だった。


それが今では、本人も自覚しないまま、一人の青年を案じるようになっている。


人は変わるものだ。


知識ではなく、旅が。


理屈ではなく、人との出会いが。


少しずつ心を書き換えていく。


「先のことなど、わからないものだな」


「?」


意味が分からないというように、イシュリアンは首を傾げる。


グラーディスは小さく笑って首を振った。


「そうだな。出来れば、このまま進んでもらえるとありがたい」


「……何の話ですか?」


「独り言だよ」


それ以上は語らない。


イシュリアンも深追いはせず、静かに前へ向き直った。


グラーディスはその背中を眺めながら、心の中だけで言葉を続ける。


(私の未来の宰相と、未来の宮廷魔術師が結ばれる未来か……)


もしそうなれば、王国にとっても喜ばしい。


互いに支え合える優秀な人材になるだろう。


だが、その願いには大きな壁があった。


グラーディスの視線は、自然とフィデリアへ向く。


静かに歩く姫巫女。


その存在は、勇者という宿命そのものだった。


(彼女が、否……勇者の儀が、それを許してくれるのだろうか)


勇者に選ばれた者の運命。


その先に待つものを、グラーディスは誰よりも知っている。


だからこそ、胸の奥に小さな不安が芽生える。


それでも。


(私は最後まで抗ってみせる)


誰かの未来が、神から決められているなど認めたくはない。


人の意思は、運命すら変えられる。


そう信じたいからだ。


その決意を胸に、グラーディスは再び前を見た。


視線の先では、アウレリアが楽しそうにレイラへ話しかけている。


何があっても前へ進もうとする少女の背中を見つめながら、静かに歩みを続けた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



かつて幾多の強者が命を懸けて戦った闘技場。


今は朽ち果て、石造りの観客席にはひびが走り、風だけが静かに吹き抜けていた。


その闘技場の中央に、一人の異様な存在が立っていた。


黒を基調とした、道化師と聖職者の衣装を掛け合わせたような装束。


細身の身体を包む長いコートは風に揺れ、その裾はまるで生きた影のように地面を這う。


肩幅は狭く、異様に長い手足が不気味な均整を形作っていた。


黒い手袋に覆われた指先は細く、そこに武器がなくとも、何かを仕込んでいると直感させる危うさがある。


長いマントはその姿を曖昧にし、一歩動くたびに輪郭を溶かしていく。


そして何より目を引くのは、その顔だった。


漆黒の仮面。


口元だけが大きく笑う、不自然な笑顔。


楽しげな表情だけが固定され、喜びも怒りも悲しみも一切読み取れない。


その奥から聞こえる声は、男とも女とも判別できない二重の響きを帯び、不気味な余韻を残していた。


それが"死王"ノクス。


勝敗ではなく、標的の死だけを追い求める処刑人だった。


ノクスはゆっくりと首を巡らせ、かつて観客席だった場所を見上げる。


そこには数百人にも及ぶ亜人や獣人たちが集っていた。


皆、魔王国では敗者となった者たち。


力で屈服させられ。


力で居場所を失い。


力ある者の命令に従うしかなかった者たちである。


その瞳には、暗い絶望ではなく、一つの希望だけが宿っていた。


ノクスは両腕を大きく広げ、芝居がかった仕草で叫ぶ。


「我らは"冥王様"のために!」


その一言に、観客席が一斉に揺れた。


「我らは"冥王様"のために!」


地鳴りのような声が、朽ちた闘技場へ反響する。


ノクスは満足そうに頷く。


「この魔王国の不浄を、"冥王様"の救済で洗い流す!」


「新しい時代は"冥王様"が創造してくださる!」


「覇王のやり方では駄目だ。力による支配では、魔王国は決して変わらない!」


「"冥王様"こそが、我らの救世主なのだ!」


歓声がさらに大きくなる。


そこに集う者たちは、誰一人として操られてはいない。


魔法で心を縛られているわけでもない。


彼らは自らの意思で、冥王という存在を信仰していた。


敗北した自分たちへ手を差し伸べた者。


見捨てられた者たちへ居場所を与えた者。


それが冥王だった。


だからこそ、その名は救済そのものだった。


「その障害となる"覇王"を討つべし!」


一人が拳を掲げる。


「そうだ! "覇王"は"冥王様"の害悪でしかない!」


「我らが、"冥王様"の進む道を照らすのだ!」


熱狂は連鎖し、闘技場全体を飲み込んでいく。


ノクスは静かに片手を上げた。


その仕草だけで、荒れ狂う歓声がぴたりと止む。


誰もが次の言葉を待っていた。


笑顔の仮面は変わらない。


それでも、その場を支配しているのは間違いなくノクスだった。


「皆の声。"冥王様"にも、きっと届いているよ」


柔らかな口調。


優しく語りかけるような声音。


だが、その奥には氷のような冷たさが潜んでいる。


「"冥王様"の慈悲と愛が、この間違った世界を正してくださる」


「立てよ。我ら、冥王の民よ!」


「今こそ、この魔王国を変革する時となろう!」


轟音のような歓声が夜空へ突き抜けた。


敗者たちは、もはや敗者ではない。


救済を信じる民として立ち上がった。


こうして、魔王国三強の一角――"冥王"は、"覇王"を討つため、その長き沈黙を破り動き始めた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ