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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
魔王国編
124/131

お前が奴を何とかしろ

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



覇王ディアボロスは、高台から戦場跡を見下ろしていた。


地面には無数の傷跡が残っている。


剣が刻んだ溝。


魔法が焼いた大地。


そして倒れた者たちの痕跡。


戦いは終わっていた。


だが、ディアボロスは飽きることなく、その光景を眺めている。


まるで何かを探しているようだった。


「底知れねぇな、お前の闘争心は」


背後に立つロウガが呟く。


「俺が会ったことがある中でも群を抜いている」


ディアボロスは答えない。


ただ静かに風を受けている。


その背中を見ながら、ロウガは無意識に拳を握った。


魔王国に生きる者は皆、力を求める。


ロウガも例外ではない。


むしろ魔王を名乗るほどの強者だ。


そして目の前に、自分を上回るかもしれない存在がいる。


ならば考える。


戦えばどうなるのか、と。


(さて、俺と奴ならどちらが強いか)


そんな思考が自然と浮かぶ。


ロウガですら勝敗を即答できない。


その瞬間だった。


「俺と戦いたいのか、ロウガ」


不意にディアボロスが言った。


「……そういう時もあるかもな」


苦笑しながら答える。


心を読まれたわけではない。


ただ、この男は強者の思考を理解している。


「そうか」


低い声が響く。


「そうなれば、さぞや血が湧く相手となる……な」


振り返らない。


だが、その背中は語っていた。


いつでも来い、と。


挑むなら受けよう、と。


盟主が盟友へ向ける態度ではない。


強者が強者へ向ける態度だった。


(……また力を増してやがるな)


ロウガは目を細める。


ディアボロスは戦うたびに強くなる。


まるで終わりがない。


積み重ねた経験も。


磨き続けた技も。


全てが次の戦いの糧になる。


それが覇王ディアボロスだった。


「そういえば、お前に恩賞を与えていなかった」


唐突にディアボロスが言う。


そして何かを放り投げた。


ロウガは反射的に受け取る。


ずしりとした重み。


一振りの大剣だった。


「また打ったのか?」


鞘から少しだけ刃を抜く。


鈍く輝く刀身。


鍛造技術に詳しくない者でも分かる。


業物だ。


間違いなく高値で売れる。


戦場に持ち込めば、多くの命を奪うだろう。


ディアボロスは暇さえあれば武器を打つ。


新たな土地を手に入れれば鉱脈を探す。


希少金属を見つければ喜ぶ。


ロウガが知る限り、この男が見せる唯一の私欲だった。


「俺には合わんからな」


ディアボロスは肩を竦める。


「売るなり好きにしろ」


「売り飛ばしたら敵に渡るぞ」


ロウガは呆れたように言った。


「その剣がお前を殺す武器になるかもしれん」


一瞬の沈黙。


次の瞬間。


ディアボロスは豪快に笑った。


「自分の鍛えた剣で俺を破るか」


白い瞳が愉快そうに細められる。


「ならば、更に剣をばらまく必要があるな」


「……正気か?」


「目の前に強敵が来ることは、望むべきことだ」


迷いのない言葉だった。


そこには恐れも後悔もない。


力を求める。


強者を求める。


そして自らを超える存在すら歓迎する。


ロウガは改めて思う。


この男は危険だ。


魔王として。


武人として。


そして何より、生き方そのものが。


だからこそ――。


覇王と呼ばれるのだろう。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「正直、俺には理解できん」


ロウガは腕を組みながら口を開いた。


「ディアボロス、お前は何を求めている」


白い瞳が静かに向けられる。


「魔王国の統一では不服か?」


「ああ、当然だ」


即答だった。


ディアボロスが眉を動かす。


ロウガは構わず続けた。


「魔王国を統一する」


「不毛な争いを終わらせる」


「その話に嘘はないと思っている」


それは確信だった。


この男は少なくとも、自らの掲げる理想に偽りを混ぜる性格ではない。


だが――。


「それだけじゃない」


ロウガは言い切った。


「お前は全部を語っていない」


風が止む。


わずかな沈黙が流れた。


「俺たちは盟友だ」


「お前が盟主で、俺が盟友」


「なら、真意を知る権利くらいあるはずだ」


覇王は答えない。


だからこそロウガは確信する。


図星なのだと。


「単なる統一が目的なら説明がつかん」


受け取ったばかりの大剣を軽く持ち上げる。


「武器をばら撒く発想にはならないからな」


戦争とは敵を削る行為だ。


敵を強くする行為ではない。


強者を育てる行為でもない。


だがディアボロスは違う。


まるで自ら困難を作り出している。


まるで自ら試練を求めている。


その在り方は統治者ではなく武人に近い。


いや、それ以上かもしれない。


しばらくして、ディアボロスが口を開いた。


「意味が必要か?」


低い声だった。


だが否定でも肯定でもない。


ただ問い返しただけだった。


ロウガは眉をひそめる。


「必要だから聞いてる」


「そうか」


ディアボロスは小さく笑った。


本当にわずかな笑みだった。


「ならば、後で考えてみるさ」


「何だそれは」


「答えなど後から誰かが付ける」


覇王は空を見上げる。


「俺が敗れ死んだ時でもいい」


「誰かが適当に考えても構わん」


その言葉にロウガは絶句した。


冗談ではない。


本気で言っている。


この男は自分の思想ですら、それほど重く扱っていない。


「それが本心と言い切る気か……」


呆れと苛立ちが混じる。


「もう少し信頼されていると思っていたんだがな」


ロウガの視線を、ディアボロスは真正面から受け止めた。


逃げない。


誤魔化さない。


だが答えもしない。


「気に入らんのなら、お前が決めればよい」


静かな声だった。


「出来るかよ、そんなこと」


思わず吐き捨てる。


ディアボロスは何も言わない。


ただ立っているだけだ。


それでも不思議と揺らがない。


大地に根を張る巨木のようだった。


ロウガは大きく息を吐いた。


気に入らない。


納得もできない。


だが認めざるを得ない。


この男と共になら、魔王国統一は決して夢ではない。


争いが終わるかもしれない。


種族同士の憎しみが減るかもしれない。


流れる血に意味が生まれるかもしれない。


だから今は問わない。


本心を暴くのは後でもいい。


まずは前へ進む。


その先に答えがあるのなら――。


確かめるのは、その時でいいとロウガは考えた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



遠くでは軍勢が移動する音が響き、時折、角笛の音が空へ溶けていく。


その中で、ディアボロスは変わらず腕を組んだまま立っていた。


巨大な背中は山のようだった。


「さて、俺たちは“冥王”と直に戦うことになるだろう」


重々しい声が響く。


「“冥王”に送った使者は戻ってこなかったからな」


その言葉に、ロウガは小さく舌打ちした。


予想していた話ではある。


だが現実になると面倒だった。


現在の魔王国は三大勢力による均衡状態にある。


覇王。


冥王。


樹王。


互いが互いを牽制し、巨大な戦争だけは辛うじて避けられていた。


もっとも、その均衡も長くは続かない。


「“冥王”が最大勢力になっているからな」


ディアボロスは淡々と続ける。


魔王国全体への影響力で見れば、冥王が四。


覇王が三。


樹王が二。


残りがその他。


そんな構図になっている。


もちろん、単純な強さの比較ではない。


だが勢力という意味では、冥王が一歩先を行っていた。


ロウガは腕を組む。


正直なところ意外だった。


覇王の勢力拡大速度は異常だったからだ。


それを上回るとは思っていなかった。


「さて、ロウガよ。本格的に冥王と戦う前に、やってもらいたいことがある」


白い瞳が向けられる。


嫌な予感しかしない。


「なんだよ」


「お前には少数派の連中を何とかしてもらいたい」


その瞬間、ロウガの眉が動く。


「虐殺の類なら断るぞ」


即答だった。


覇王の配下になった今でも、その一線だけは譲る気はない。


弱者を蹂躙するために戦っているわけではないのだから。


だがディアボロスは鼻で笑った。


「お前に頼むのに、そんな無理なことは言わん」


「じゃあ何だ」


「その少数派の中に一人、“面倒”な奴がいるだろう」


その瞬間。


ロウガは相手を理解した。


理解してしまった。


そして盛大に顔をしかめる。


「……お前の言っているのは、“麗王”か」


「言うまでもなかろう」


短い返答だった。


だが十分だった。


麗王。


三大勢力の外にいながら、誰も無視できない。


それが麗王だった。


純粋な戦闘能力だけなら、誰もが指折りに数える強者だった。


そして何より。


面倒臭い。


ロウガにとって、それが最大の問題だった。


「ロウガ、お前が何とかしろ」


「いや、しかし」


珍しくロウガが言葉を濁す。


戦うことは恐れない。


強敵も歓迎だ。


だが麗王だけは別だった。


理屈では説明しにくい種類の厄介さがある。


「もし“麗王”が間違って“冥王”と結託などされると色々とやっかいだ」


ディアボロスは断言する。


そこに迷いはない。


「お前が奴を何とかしろ。盟主命令だ」


それだけ言うと、巨大な背中は踵を返した。


もはや話は終わったと言わんばかりだった。


「おい、待て」


呼び止めても振り返らない。


数歩。


十歩。


そのまま去っていく。


結局、返事すら返ってこなかった。


「面倒な宿題を出しやがって……」


ロウガは頭を掻いた。


だが理解もしている。


ディアボロス自身が麗王と衝突する事態だけは避けるべきだ。


あの二人が真正面からぶつかれば、周囲が無事では済まない。


それに。


覇王による統一という理想も遠のくだろう。


だからこそ、自分が行くしかない。


若き魔王は大きく息を吐く。


そして迷いを振り払うように顔を上げた。


穏やかな旅人の顔は消える。


そこにいるのは牙王。


数多の戦場を駆け抜けてきた魔王だった。


「仕方ないか」


低く呟く。


その瞳は既に次なる相手を見据えていた。


麗王。


最も関わりたくない相手と向き合うために。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇


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