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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
魔王国編
123/131

私が彼らに望むことはない

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「現状、アウレリアの意見で進むしかないな」


グラーディスは一度話を切り上げるように言った。


店の外では、魔王国の住民たちが何事もないように行き交っている。


だが、その光景が今は妙に不気味に思えた。


言葉が通じる。


文化もある。


商売も成立している。


それなのに、ここは人間社会から切り離された魔王国なのだ。


「気になりはするが、私たちの最優先は“巡礼の地”であることは変わりない」


静かな口調だった。


だが王族としての決断が込められている。


「……そう、ですね……」


イシュリアンは小さく息を吐いた。


納得したわけではない。


むしろ疑問は増えている。


だが、今ここで考え続けても答えは出ない。


冷静だからこそ、それを理解していた。


「今は保留にします」


そう言って視線を落とす。


グラーディスは頷いた。


「そして魔王ロウガに接触する件だが、事情が変わった」


空気が少し引き締まる。


「このままいけば、私たちは覇王ディアボロスとも接触する可能性が高い」


その名に反応したのはレオニスだった。


「そして王国から討伐対象として示されている魔王とは、おそらく覇王ディアボロスだろう」


重い言葉だった。


勇者一行が魔王国へ来た理由。


それは巡礼だけではない。


魔王への対処もまた含まれている。


だが。


レオニスは迷っていた。


今まで聞いた話と現実が噛み合わないからだ。


恐る恐る口を開く。


「覇王ディアボロスと争わないという選択は、できないでしょうか?」


グラーディスが目を向ける。


「どういうことだい、レオニス」


その視線を受け、レオニスは背筋を伸ばした。


逃げるわけにはいかない。


専任首席文官として、自分の考えを述べる責任がある。


「王子の専任首席文官として申し上げます」


「細かい前口上はいい。率直に言ってくれ」


「あ、はい」


少し慌てながら咳払いをする。


そして言葉を選んだ。


「今回の件は、本来であれば魔王国の内政問題です」


「内政問題?」


アウレリアが首を傾げる。


「はい。覇王は魔王国の統一を目指している。ですが、それは魔王国内部の権力闘争です」


レオニスは続けた。


「我々が介入する理由は本来ありません」


「……」


「むしろ勇者が武力をもって介入するのであれば、それは内政干渉です」


店の前に沈黙が落ちた。


誰も反論できない。


少なくとも今まで聞いた情報だけなら、レオニスの言葉は正論だった。


「そのような愚行は避ける努力をすべきだと思います」


「だから和平か」


グラーディスが呟く。


「はい」


レオニスは頷いた。


「最善は、まず対話を行うことです」


「我々は覇王と和平を結ぶべきだと考えます」


勇者一行が魔王と和平を結ぶ。


それは吟遊詩人の物語にはまず存在しない展開だった。


勇者は魔王を倒すもの。


誰もがそう信じている。


だからこそ、その意見は異質だった。


しかし――。


「いいんじゃない?」


真っ先に賛同したのはアウレリアだった。


「え?」


レオニスは思わず声を漏らした。


アウレリアは楽しそうに笑っている。


「だってさ」


肩をすくめる。


「まだ会ってもいない相手を倒すって決めるのも変でしょ」


まるで当たり前のことを言うような口調だった。


「覇王ディアボロスとも会ってみたいし」


「話もしてみたい」


黒い瞳がまっすぐ前を向く。


好奇心。


興味。


そして人を知ろうとする意志。


その全てが宿っていた。


「それで危ない奴なら、その時考えればいいじゃない」


勇者らしくない。


だが、どこまでもアウレリアらしい答えだった。


当代最強と謳われる勇者の少女は。


迷いなくそう宣言した。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「私も、レオニスの意見に賛成です」


イシュリアンが静かに口を開いた。


「たとえ、退けない戦いになる前提だとしても、大義のない戦いをすべきではありません」


淡々とした口調だった。


だが、その言葉には確かな意思がある。


勇者一行として旅を続けてきたからこそ分かる。


剣を振るう理由は必要だ。


力があるから戦うのではない。


戦わなければならない理由があるから戦うのだ。


イシュリアンはそう考えていた。


そして意見を求めるようにグラーディスを見る。


グラーディスは少しだけ目を伏せた。


長い黒髪が肩を滑る。


「だが、王国の命令に反する可能性がある」


重い言葉だった。


王国は魔王を警戒している。


勇者一行もまた、その意思を背負っている。


王子であるグラーディスにとって、それを無視することは簡単ではない。


「しかし、真偽は確かめなければならないな」


ゆっくりと顔を上げる。


「判断はそれからでもいいだろう」


王国の王子としては認め難い。


だが、一人の人間として考えるならば。


レオニスの意見には理がある。


少なくとも今の時点で、覇王ディアボロスが討たれるべき存在だとは断定できなかった。


その言葉に、場の空気が少し和らぐ。


そして自然と全員の視線が一人へ向いた。


フィデリアだった。


旅の始まりから共にいる少女。


だが、誰よりもその本心が見えない存在。


「……皆様が、そう考えるなら反対する理由はありま――」


「待って!」


言葉を遮ったのはアウレリアだった。


勢いよく身を乗り出す。


「どうしたのですか?」


フィデリアは小首を傾げた。


その仕草は穏やかだったが、どこか距離がある。


アウレリアは不満そうに頬を膨らませた。


「フィデリアも、ちゃんと意見を言って欲しい」


「ちゃんと?」


「そう」


即答だった。


「私はこう思うとか」


「それは違うんじゃないとか」


「そういうの」


フィデリアは一瞬だけ言葉に詰まった。


「必要あるのですか?」


本心からの疑問だった。


その問いに、アウレリアは呆れたように眉を上げる。


「あるわ!」


即答だった。


「だってフィデリアの考えてることも、あたしは知りたい」


当たり前のように言う。


まるでそれが当然の権利であるかのように。


「皆の意見を聞いてるんだから、フィデリアの意見だって聞きたいでしょ」


「……そう、ですか」


フィデリアは視線を落とした。


胸の奥が微かに揺れる。


だが、その揺れの正体をうまく言葉にできない。


何を求められているのか。


それが分からなかった。


フィデリアは人間ではない。


少なくとも、自分ではそう認識している。


彼らが願ったから召喚された。


彼らが望んだからここにいる。


自分が望んだから存在しているわけではない。


だから。


(……私に何を求めるのでしょうか)


静かに考える。


自分の役割は決まっている。


巡礼を導くこと。


儀式を進めること。


それだけだ。


(……私が彼らに望むことはない)


そう思っていた。


そうあるべきだと理解していた。


だからこそ。


(彼らが、次の巡礼の地へ辿り着けばいい)


それだけで十分なはずだった。


(ですが、それは……)


フィデリアは仲間たちを見る。


アウレリア。


グラーディス。


イシュリアン。


レオニス。


それぞれが悩み、考え、自分の意思で言葉を選んでいる。


その光景が、なぜか眩しく見えた。


だが。


その先の言葉を口にすることはできない。


それは禁じられている。


最初の巡礼の地で刻まれた禁則。


決して伝えてはならないこと。


決して語ってはならないこと。


だからフィデリアは黙るしかなかった。


フィデリアの唇がわずかに動く。


伝えたい言葉があった。


だが、その瞬間、胸の奥で禁則が警鐘を鳴らした。


静かに。


誰にも気付かれないように。


ただ一人、その言葉を胸の奥へ沈めた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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