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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
魔王国編
121/131

新たなる縁

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



そしてヴァルドは去った。


別れの言葉もなかった。


旅の無事を祈る言葉も。


再会を約束する言葉も。


本当に何一つ残さなかった。


ただ静かに、その場から姿を消しただけだった。


あれほど強烈な存在感を放っていた男なのに。


いなくなる時だけは拍子抜けするほどあっさりしている。


誰も気付かないうちに風が通り過ぎたような感覚だった。


「確かに、そういう約束だったけど、一緒に行ってくれたら……」


思わず漏れたレオニスの言葉に、誰も反論しない。


それほどまでにヴァルドという存在は頼もしかった。


魔の森という危険地帯を案内し。


勇者たちを鍛え上げ。


夜は一人で歩哨を務める。


その背中は、まるで絶対に折れない柱のようだった。


だが同時に思う。


――あの人は敵なのだ。


王国と帝國。


立場だけを見れば、それは変わらない。


次に会う時は剣を交えるかもしれない。


そんな可能性もある。


だからこそ複雑だった。


正直なところ。


レオニスには、もはやヴァルドが敵には見えなくなっていた。


むしろ願う。


本当のことを言えば。


アウレリアたちと戦う日など来なければいい。


そんな考えが頭をよぎる。


しかし現実は感傷を許してくれない。


レオニスは小さく息を吐いた。


そして、より現実的な問題を思い出す。


ヴァルドという存在は羅針盤だった。


道を示し。


危険を排し。


必要な時には答えまで与えてくれた。


その至高とも呼べる案内役がいなくなった。


つまり。


ここから先の羅針盤は別の人物になる。


全員の視線が一人へ向いた。


「あたしに任せてよ」


アウレリアは胸を張った。


根拠は不明。


自信だけは十分だった。


レオニスは思った。


――すごく不安だ。


おそらく全員が同じことを考えていた。


そんな空気を断ち切るように、グラーディスが咳払いをする。


「まず確認しよう」


王子らしい落ち着いた声だった。


「私たちが目指す場所は変わらない。魔王国にある“巡礼の地”だ」


その言葉で全員の意識が引き戻される。


そうだった。


ゼルハインが別れ際に残した言葉。


巡礼の地。


それこそが今回の旅の目的地である。


問題は。


誰も場所を知らないことだった。


「問題は場所ですね」


イシュリアンが顎に指を添える。


思考する時の癖だった。


「おそらく魔力霊脈点なのでしょう。しかし、それが何処にあるのかが分からない」


理論は推測できる。


だが目的地の座標までは分からない。


導師であるイシュリアンでも、それ以上は答えを出せなかった。


やがて視線がフィデリアへ向く。


「近付けば分かるのではありませんか?」


「……近くに行けば分かります」


フィデリアは静かに答えた。


「ですが、今は方向も分かりません」


そして小さく首を横に振る。


手掛かりはない。


振り出しだった。


沈黙が落ちる。


その空気の中で、レオニスは何気なく尋ねた。


「アウレリアは知らないのか?」


旅人として魔王国を訪れた経験がある。


何か知っていても不思議ではない。


だがアウレリアは唸った。


「うーん……」


腕を組む。


眉を寄せる。


そして素直に答えた。


「ロウガから聞いたこともないなぁ」


その言葉に全員が少しだけ肩を落とした。


期待していたわけではない。


だが期待していなかったわけでもない。


そんな微妙な反応だった。


ところが。


その直後。


アウレリアの表情が突然明るくなる。


何かを思いついた顔だった。


レオニスの背筋に嫌な予感が走る。


経験上。


アウレリアが名案を思いついた時は大体ろくなことにならない。


「そうだ!」


勢いよく手を叩く。


満面の笑み。


まるで世界の謎を解いたかのような顔だった。


「ロウガを探して聞いてみよう!」


アウレリアは名案と言わんばかりに言い放った。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ロウガ」


その名が出た瞬間、場の空気がわずかに動いた。


アウレリアと面識のある魔王。


それも、ただの支配者ではない。


魔王国を巡り歩く商人でもある存在だ。


「確かに、適切な人物かもしれません」


最初に口を開いたのはイシュリアンだった。


細められた瞳には、冷静な計算の色が浮かんでいる。


「アウレリアの話が事実であれば、ロウガは各地を移動しながら商いをしているのでしょう」


「当然、地理にも詳しいはずです」


「むしろ詳しくなければ商売など成立しません」


淡々とした説明だった。


だが筋は通っている。


巡礼の地の手掛かりを探すのであれば、これ以上に有力な情報源は少ない。


「可能性は十分あります」


「一理あるか」


グラーディスも頷いた。


王族として多くの情報を扱ってきた経験からか、彼もまた合理性を重視する。


アウレリアは満足そうに胸を張った。


「でしょ?」


「ロウガは商人だったから、交易路にも詳しいし、人脈もあるから大丈夫」


「集落もいっぱい知ってるしね」


「前に立ち寄った村だって覚えてるはずだから、そこへ行けば今どこにいるか聞けるかもしれないわけ」


自信満々に語る姿は頼もしく見える。


少なくとも本人はそう思っている。


その様子にレオニスは微妙な表情になった。


内容はまともだった。


驚くほどまともだった。


だからこそ少し驚いてしまう。


そんな失礼な感想を抱きながらも、口には出さない。


「どうでしょうか、フィデリア様」


グラーディスは最後にフィデリアへ視線を向けた。


勇者一行の中心ではない。


しかし誰もが自然と意見を求める存在だった。


フィデリアは静かに全員を見渡す。


そして小さく微笑んだ。


「貴方方の良いと思うように」


それだけだった。


否定もない。


懸念もない。


つまり同意だった。


「よし、じゃあ行こうか!」


アウレリアが勢いよく宣言する。


その声には迷いがない。


先頭に立ち、歩き出そうとする姿を見ながら、レオニスはふと思った。


今回は違う。


以前とは明らかに違う。


誰かが命令しているわけではない。


誰かが従属しているわけでもない。


それぞれが考え、それぞれが選び、それでも同じ方向を向いている。


そんな空気があった。


(本当に物語に出てくるような勇者一行みたいだ)


少し前なら考えられなかった。


天才肌で自由奔放な勇者。


実直な王子。


理知的な導師。


神秘を纏う姫巫女。


そして、それを見届ける自分。


不思議な組み合わせだ。


それでも今は、一つの集団として成立している。


レオニスは少しだけ嬉しくなった。


だが同時に、胸の奥に小さな寂しさもあった。


(ゼルハイン様もいればな……)


自然とその名が浮かぶ。


聖槍士ゼルハイン。


豪快で。


強くて。


誰よりも前を歩く男。


こういう場には、あの男がよく似合う。


くだらない冗談を言いながら。


面倒そうに頭をかきながら。


それでも誰よりも頼もしく笑っているだろう。


しかし、ここにはいない。


その事実だけは変わらない。


(願わくば、今回の旅で、あのようなことはないように)


レオニスは胸中で祈る。


失う痛みは、一度味わえば十分だった。


もう誰も欠けてほしくない。


そして同時に、別の願いも浮かぶ。


(やらかさないでくれよ、アウレリア)


ちらりと勇者を見る。


先頭を歩く少女は機嫌良さそうに鼻歌まで歌っていた。


自由人。


問題児。


天才。


勇者。


色々な呼び方がある。


だがレオニスにとっては、厄介事を引き寄せる中心人物でもあった。


アウレリアは人を引き寄せる。


善人も。


変人も。


英雄も。


怪物も。


まるで磁石のように。


その力は本人の意思とは関係なく働く。


だからこそ不安だった。


平穏な旅になればいい。


余計な騒動など起きなければいい。


そう願う。


だが、その願いが簡単には叶わないことを。


そしてアウレリアという存在が、再び新たな縁を引き寄せることを。


この時の彼らは、まだ知らなかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



アウレリアとヴァルドの一戦。


それは一瞬の出来事だった。


しかし、その余波は決して小さくなかった。


魔王国の遥か彼方。


強者たちが割拠する大地のどこかで、一人の男がゆっくりと目を開く。


「遠くで強い力を感じた」


低く重い声だった。


その男は巨大な岩のような体躯を持っていた。


鍛え抜かれた筋肉。


百戦錬磨の武人だけが持つ威圧感。


静かに座っているだけで、周囲の空気が張り詰めているように見える。


「凄まじい力だ」


白い瞳が遠くを見据える。


「この国に、また俺に立ち塞がるものが現れたということか」


「面倒な話だな」


そう言いながらも、その口元には笑みが浮かんでいた。


退屈ではない。


むしろ逆だ。


彼は強さを求めていた。


己を高めるために。


己の信念を証明するために。


現れる者が敵ならば打ち倒す。


その過程で自分もまた強くなる。


味方となるならば迎え入れる。


その力をもって理想へ近づく。


そして、もし敗れるのならば。


それは相手が強かったのではない。


自分に足りなかっただけだ。


ただそれだけの話だった。


「さて、そいつは、どんな奴だろうな」


男は愉快そうに笑った。


獣のように。


戦士のように。


覇者のように。


その笑い声が響いた直後だった。


「ずいぶんご機嫌じゃないか、“ディアボロス”」


聞き慣れた声が届く。


振り返れば、そこには一人の青年が立っていた。


「“ロウガ”か」


ディアボロスは視線を向ける。


「お前も感じただろう」


「……まあ、な」


ロウガは頭を掻いた。


どこか居心地が悪そうな顔をしている。


それを見てディアボロスは口角を上げた。


「お前も、そういう相手なら歓迎ではないのか?」


「俺は、あんた程強敵を求めてねぇ」


ロウガは肩を竦める。


「守りたいもんのために戦う。それだけだ」


即答だった。


迷いはない。


それが牙王ロウガという男だった。


強さを否定しない。


だが、強さそのものを目的にはしない。


大切なものを守るために振るう力。


それが彼の信条だった。


「はは、そうであったな」


ディアボロスは豪快に笑った。


否定する気配はない。


むしろ、その在り方を認めているようですらあった。


ロウガはそんな男を静かに見つめる。


覇王ディアボロス。


魔王国に現れた異端の覇者。


わずか三年。


それだけの年月で魔王国の三分の一を支配下に置いた男。


出自は誰も知らない。


どこから現れたのかも知らない。


だが、その名を知らぬ者はいない。


(この男の覇気は、本物だ)


近くにいれば分かる。


力だけではない。


器量。


統率力。


信念。


そして、それらを支える圧倒的な実力。


どれか一つではない。


すべてを兼ね備えている。


だからこそ多くの者が従う。


だからこそ多くの者が恐れる。


(魔王国を統一する風格は確かにある)


ロウガはそう認めていた。


認めているからこそ警戒もしている。


その時だった。


先ほど感じた力の余韻が脳裏をよぎる。


(まさかなぁ)


ふと、一人の少女の顔が浮かんだ。


黒髪を揺らし。


真っ直ぐ前を向く人間。


目の前の覇王とは違う。


だが同じように、人を惹きつける力を持つ存在。


アウレリア。


その名が心に浮かぶ。


偶然か。


それとも運命か。


まだ答えはない。


だが確かなことが一つだけあった。


かつて結ばれた縁は、まだ終わっていない。


アウレリアの縁は。


牙王ロウガを通じて。


静かに、覇王ディアボロスへと繋がっていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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