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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
魔王国編
119/131

勇者の伝承

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



それは、まだ人と光が世界の主であった時代の、古き記録――。


世界は長き平穏に包まれていた。


人々は大地を耕し、国々は栄え、神々の加護は遍く世界を照らしていたという。


だが、ある時。


奈落の深淵より“邪悪の化身”が降臨した。


それは災厄そのものだった。


秩序は破壊され、大地は絶望に染まり、無数の魔の軍勢が世界を蹂躙する。


人々は闇に怯えた。


国は滅び。


光は失われていった。


そんな時、一人の若者が立ち上がる。


若者はただ一振りの剣を手に、魔物の跋扈する未知なる荒野へと歩み出した。


異国の尊き姫は彼に偉大なる力を授ける。


若者は勇者となった。


若き勇者は各地に散らばる聖遺物を求めて旅を続ける。


数々の試練を越え。


数々の仲間と出会い。


数々の別れを経験しながら。


やがて“邪悪の化身”との決戦へ辿り着いた。


悪魔の誘惑は勇者の魂を揺さぶった。


だが、その信念は折れなかった。


信仰の剣は最後まで揺らがなかった。


そして。


世界の命運を賭けた最後の戦いが始まる。


神話に刻まれるべき死闘の果て。


“邪悪の化身”の王は斃れた。


世界は救われた。


救世の英雄は人々の歓喜を背に受けながらも立ち止まらない。


未だ救われぬ地がある。


そう言い残し、新たな旅路へ歩み去った。


世界に再び陽光が満ちる。


平穏が還る。


――それが、王国に伝わる最古の勇者伝承である。


「と、これが王国に一番古い勇者の伝承の話です」


イシュリアンが説明を終えた。


この話題になった理由は単純だった。


ヴァルドが、魔王国の成り立ちを語る上で必要な話だと言ったからである。


王国に伝わる民話。


吟遊詩人の歌。


教会の教本。


その多くは、この伝承を土台としていた。


要約すれば。


世界を滅ぼそうとする魔王が現れた。


若者は姫から力と聖剣を授かり勇者となった。


各地の宝を集め、試練を越え、ついに魔王を討伐した。


そして勇者は旅立った。


世界に平和が訪れた。


王国の民なら誰もが耳にしたことのある英雄譚。


それが王国の歴史認識だった。


「お前たちが“邪悪の化身”と呼ばれる存在と、原初の勇者が最終決戦を行った場所が、ここだ」


ヴァルドは教科書を朗読するかのような口調で言った。


まるで当然の事実を述べるように。


「この“魔の森”に魔物が現れるのは、奴の残した呪いのようなものが理由だと思えばいい」


一瞬。


誰も反応できなかった。


あまりにも自然に語られたためだ。


だが理解が追いついた瞬間、その言葉の重みが襲いかかる。


レオニスは思わず息を呑んだ。


(今、とんでもないことを言われたんじゃ……)


だが口を挟まなかった。


ヴァルドの話はまだ終わっていなかったからだ。


「そして一人の、魔王と呼ばれる存在が誕生した」


静かな声が続く。


「この地の呪いが無くなるまで何人も来させぬために支配した」


一同は黙って耳を傾ける。


「“樹王”と呼ばれるようになったそれは、“邪悪の化身”が汚した大地を隔てるため、そこを魔王国と名付け管理し始めた」


その言葉と共に。


ヴァルドの視線は、“樹王”と呼ばれる大樹へ向けられた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



レオニスは考えていた。


ヴァルドの語った歴史。


勇者伝承。


そして樹王の存在。


それらを繋ぎ合わせると、一つの結論が浮かび上がる。


つまり。


“邪悪の化身”と“魔王”は同じものではない。


少なくともヴァルドはそう語った。


それどころか。


樹王は呪われた土地を隔離するために魔王国を築いたという。


それはむしろ。


人の世界を守っているのではないか。


(え!?)


その瞬間だった。


ヴァルドの視線が向けられる。


何も言わない。


だが、黄金の瞳は静かにこちらを見ていた。


レオニスは息を呑む。


根拠はない。


だが、理解した。


その考えは違う。


そう告げられた気がした。


否定だった。


まるで心を読まれたような感覚。


ヴァルドは何も説明しない。


ただ静かに口を開いた。


「これが魔王が建国した国だという意味だ」


そこで言葉を区切る。


そして。


「私が本当のことを言っているかは保証することはできない」


淡々と告げた。


まるで史実ではなく、一つの仮説を語っただけだと言わんばかりに。


それ以上は語らない。


説明は終わった。


(何か、はぐらかされた気がする)


レオニスはそう感じた。


ヴァルドの話が嘘だとは思わない。


むしろ真実だろう。


だが。


真実の全てではない。


何かが隠されている。


何か決定的な部分が。


(……それは、何だ……)


考えようとした。


だが、その瞬間。


強烈な睡魔が襲ってきた。


思考が霞む。


視界が揺れる。


慌てて周囲を見る。


アウレリアが眠っていた。


グラーディスも。


イシュリアンも。


いつの間にか深い眠りへ落ちている。


抗えない。


瞼が重い。


そしてレオニスの意識もまた、闇の中へ沈んでいった。



「何を問いたいのだ、“裁定者”」


静かな声が響く。


ヴァルドは驚いた様子を見せなかった。


まるで最初から分かっていたかのように。


勇者たちが眠らされたことも。


その原因がフィデリアであることも。


問い質そうとはしなかった。


焚火の火が揺れる。


向かい合う二人。


夜の森は静寂に包まれていた。


「……“樹王”とは……」


フィデリアが問う。


それは誰も辿り着かなかった疑問。


彼女だけが見たもの。


彼女だけが辿り着いた解。


その答えを求める問いだった。


ヴァルドはしばし沈黙した。


そして。


「……ほぼ、正解に近い、とだけ言っておく」


そう答える。


肯定もしない。


否定もしない。


だが訂正もしなかった。


それだけで十分だった。


フィデリアは再び樹王を見る。


巨大な大樹。


誰の目にも世界を支える守護者のように映る存在。


だが。


彼女の目に映るものは違う。


フィデリアには最初からそう見えていなかった。


世界の平和を守る存在ではない。


もっと重いもの。


もっと痛ましいもの。


「……しかし、それは誰も責められない罪の形の具現……」


その言葉は夜の森へ静かに溶けた。


フィデリアは胸の前で手を組む。


そして。


“樹王”へ祈りを捧げた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



翌朝。


目を覚ましたアウレリアたちが最初に行ったことは、フィデリアへの謝罪だった。


一日ならまだしも、二日連続で守護対象を放置したのである。


特にグラーディスとイシュリアンの落ち込みは深刻だった。


聖騎士と聖導師。


立場を考えれば、言い訳など出来るはずもない。


「申し訳ありません」


「弁解の余地もありません……」


深々と頭を下げる二人に、フィデリアは困ったように微笑むしかなかった。


レオニスも同罪だったため、素直に頭を下げる。


その後、全員がヴァルドへ礼を述べた。


三日近く。


彼は休むことなく歩哨を続けていたのだから。


「かまわん」


返ってきた言葉は、いつも通り短いものだった。


まるで特別なことをしたという認識すらない。


(……この人、本当に人間なんだよな?)


レオニスは思わずそんな疑問を抱く。


魔の森を案内し。


アウレリアたちの稽古を行い。


夜は歩哨を務める。


それを何日も続けているというのに、疲労の色がまるで見えない。


森は相変わらず危険だった。


だが、一行は確実に前へ進んでいた。


日が傾けば稽古が始まる。


ヴァルドのイメージ投影による実戦訓練だ。


結果は昨日よりも伸びた。


イシュリアンは三分。


グラーディスは五分。


アウレリアは十分。


限界を超えながらも、一歩だけ前へ進んでいる。


その執念だけは本物だった。


「……ありがとう、ご、ざいました……」


息も絶え絶えになりながら、三人は感謝だけを口にする。


ヴァルドは静かに剣を納めた。


その姿は初日から何一つ変わらない。


息も乱れず。


汗も流さず。


揺らぎもしない。


追いつく姿すら想像できない。


それでもアウレリアたちは諦めなかった。


だからこそ、レオニスは少しだけ尊敬していた。


そして翌日。


ついに魔の森を抜ける。


視界が開けた。


空が広い。


風が吹く。


草原が揺れる。


どこまでも続く緑の景色。


「久しぶりだな、魔王国」


アウレリアが懐かしそうに呟いた。


だが初めて訪れた三人は言葉を失う。


「本当に、ここが魔王国なのか?」


レオニスだけではない。


グラーディスもイシュリアンも同じ感想だった。


もっと禍々しい場所を想像していた。


魔物が溢れ。


瘴気が満ち。


死が支配する土地。


そんなものを思い描いていたのだ。


だが現実は違う。


草原があり。


風があり。


生命がある。


王国辺境の景色と何ら変わらない。


違うのは一つだけ。


遥か彼方に見える巨大な大樹。


樹王。


あの存在だけが、この地が魔王国であることを証明していた。


レオニスは自分で描いた地図を見直す。


間違いない。


確かに到着している。


その時だった。


「これで依頼は終了だ」


静かな声が響く。


全員の視線がヴァルドへ向く。


そうだった。


彼は最初から依頼として彼らを案内していた。


そして依頼には報酬が必要だ。


誰もが思い出す。


未だ一度も語られていない条件。


帝國最強の男が望む成功報酬。


(金貨で済む気がしない)


レオニスは不安になる。


それが何なのか。


誰も知らない。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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