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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
魔王国編
112/130

約束したしね

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「どしたの?」


アウレリアは不思議そうに首を傾げながら、顔を覗き込んだ。


黒い瞳が近い。


レオニスは慌てて意識を戻した。


「いや、何でもない。続けてほしい」


そう答えながらも、胸の内は落ち着かなかった。


魔王。


魔王国。


そして牙王ロウガ。


アウレリアの語る話は、これまで王国で学んできた常識を根本から揺さぶっていた。


(まだ、わからない……)


すべてを信じるには情報が足りない。


だが否定する材料もなかった。


だから今は聞くしかない。


レオニスはそう判断した。


「ロウガとは、一年くらい行動を共にしたかな……」


アウレリアは懐かしそうに空を見上げた。


その口調に嘘を語る気配はない。


話を整理すると、最初から順風満帆だったわけではないらしい。


むしろ逆だった。


ロウガの周囲にいた獣人たちは、突然現れた人間を警戒した。


当然といえば当然だろう。


王国でも見知らぬ獣人が街に現れれば騒ぎになる。


まして魔王国だ。


人間であるアウレリアが歓迎されるはずもない。


「そいつら、あたしが子供を誘拐したなんて言うのよ。失礼ね。あたしは、そんなことしないわよ」


心底不満そうな顔で言う。


まるでそこだけが問題だったかのような口ぶりだった。


そして予想通りというべきか。


その後の展開も実にアウレリアらしかった。


疑いを向けてきた獣人たちと衝突し。


勝負になり。


結果として全員返り討ちにしたらしい。


(アウレリア、君ってやつは……)


レオニスは思わず額を押さえた。


その光景が鮮明に想像できてしまう。


説明する側も悪びれる様子がまったくない。


おそらく本人にとっては、ごく自然な流れだったのだろう。


だが、その出来事を境に状況は変わった。


牙王ロウガはアウレリアを認めた。


客人として扱い、自らの旅に同行することを許した。


そして王が認めれば、周囲も認める。


少なくとも魔王国では、それが自然なことだったらしい。


「魔王国ってね、わりと単純なのよ」


アウレリアはそう言った。


「強い奴が守る。守られる奴は従う。それだけ」


単純。


だが決して粗暴ではない。


強さを持つ者には責任がある。


従う者を守り抜く義務がある。


だからこそ人々は強者を敬う。


そして強者もまた、その期待に応えようとする。


原始的なようでいて、一つの秩序として成立していた。


王国の貴族社会とはまるで違う。


だが、そこには確かな理屈があった。


さらに話を聞くうちに、ロウガという存在そのものが見えてくる。


牙王ロウガは隊商を率いていた。


各地を巡り、物資を運ぶ。


時には傭兵として魔物や盗賊を討伐する。


豊かな土地から品物を仕入れ。


不足する土地へ届ける。


それ自体は商人と変わらない。


しかしロウガは違った。


儲けを独占しない。


貧しい地域に着けば金を落とす。


食料を流す。


人を雇う。


必要以上に土地が疲弊しないよう手を打つ。


結果として人々は助かる。


だから慕われる。


だから牙王と呼ばれる。


その話を聞いているうちに、レオニスの中で一つの感情が芽生えていた。


(それは、人々に慕われるわけだ……)


誰かの上に立つ者。


力を持つ者。


その力を自分のためではなく、人々のために使う者。


それは王国でも理想とされる王の姿だった。


(それは、立派な王の行為だ)


知らない相手だった。


会ったこともない。


それでも。


レオニスはいつの間にか、牙王ロウガという存在に強い興味を抱いていた。


一度でいい。


その人物と話してみたい。


そう思わずにはいられなかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



レオニスは、ようやく魔王国という国の輪郭を掴み始めていた。


そこは魔物たちが人間を喰らう地獄ではない。


少なくとも、アウレリアの語る魔王国はそうではなかった。


だからこそ、新たな疑問が浮かぶ。


「何で、アウレリアは魔王国から王国へ戻ってきたの?」


思わず口から出た問いだった。


聞けば聞くほど、魔王国はアウレリアに向いている。


力を持つ者が認められる。


種族など関係ない。


見たことのない景色が広がっている。


何より、ロウガという気の合う相手もいた。


それなのに二年で離れた。


それが不自然だった。


アウレリアなら、そのまま居着いてしまっても誰も驚かない。


「ああ、それね」


アウレリアは少しだけ遠くを見る。


いつもの調子とは違う。


どこか懐かしむような声だった。


「魔王国の状況が変わったからよ」


「どういうこと?」


「戦争が始まったのよ」


「はあ?」


思わず間の抜けた声が出た。


しかし、ここまでの話を整理すると、決して突飛な話でもない。


むしろ自然な流れだった。


魔王国には複数の魔王がいる。


それぞれが勢力を持ち、それぞれの民を抱えている。


ならば当然、その中には現状を変えようとする者も現れる。


アウレリアの説明は簡潔だった。


ある魔王が現れた。


魔王国そのものを統一すると宣言したのだ。


最初は誰も相手にしなかったらしい。


無数の魔王が並び立つ世界だ。


一人が何を言おうと変わらない。


誰もがそう思っていた。


だが、その魔王は違った。


実力で示した。


魔王国内でも有数の強者として知られていた魔王を討ち取ったのである。


その瞬間、均衡は崩れた。


誰も笑えなくなった。


「あの国、もともと喧嘩好きだけど、あれはちょっとやりすぎだったわね」


そして魔王国全土が動き始めた。


群雄割拠。


生き残りを賭けた戦い。


戦国時代の幕開けだった。


「ロウガも大変そうだったわね」


アウレリアは言った。


その言葉に重みがあった。


牙王ロウガには守るべき民がいる。


慕ってくれる者たちがいる。


逃げることはできない。


戦わなければならない。


だが、アウレリアは違う。


旅人だ。


どこにも縛られていない。


だからロウガは彼女を引き留めなかった。


むしろ別の頼みごとをしたらしい。


「人間の国の植物の種を仕入れてきてくれ、って頼まれたのよ」


「種?」


「そう」


アウレリアは小さく笑う。


その笑顔はどこか楽しそうだった。


ロウガの声色を真似るように続けた。


「魔王国の味がいまいちなら、人間の世界の調味料を手に入れるしかないな」


「そんなに旨いなら、食ってみたいしな」


豪快な獣人の姿が目に浮かぶような言葉だった。


レオニスは思わず苦笑する。


魔王の別れの言葉としては、あまりにも拍子抜けだった。


だが。


だからこそ本物なのだろう。


そこには野望も陰謀もない。


ただ、自分の民の暮らしを少しでも良くしたいという願いがある。


少しでも美味しいものを食べさせたいという想いがある。


それは王が民を想う言葉だった。


「だから王国に来たのよ」


アウレリアは肩をすくめた。


「約束したしね」


当然のことを言うような口調だった。


勇者だからではない。


使命だからでもない。


世界を救うためですらない。


ただ約束を守るため。


そのために国境を越えた。


レオニスは静かに息を吐いた。


魔王ロウガ。


まだ会ったこともない獣人の王。


だが、不思議と会ってみたいと思った。


人々に慕われる理由が、少しだけ分かった気がした。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



レオニスには、現在の魔王国の全貌が少しずつ見え始めていた。


少なくとも王国で語られているような単純な話ではない。


王国から見れば、今の魔王国は大規模な内乱状態にある。


そして教皇が語った「危険な魔王」の存在も、決して作り話ではないのだろう。


むしろ、その情報の元になった人物はある程度特定できる。


アウレリアが語った話を繋ぎ合わせれば答えは一つだった。


魔王国統一を掲げた魔王。


戦乱の火種となった存在。


おそらく、その人物こそが王国の警戒している相手だ。


「アウレリアは、その統一を目指した魔王を知ってるの?」


尋ねると、アウレリアはあっさり首を横に振った。


「会ったことも話したこともないわよ」


少し考えるように視線を上へ向ける。


「でも名前はロウガから聞いたわ。確か……」


一拍。


記憶を探るような間。


そして思い出したように言った。


「“魔王ディアボロス”。“覇王”ってのが皆が付けた二つ名だったわ」


「……覇王、か」


レオニスは小さく呟いた。


その言葉だけで十分だった。


王を超える王。


力によって覇を唱える者。


圧倒的な実力で頂点に立つ者。


そういう意味が込められている。


まして、その呼び名を与えたのは魔王国の住民たちだ。


強者を尊ぶ国の人々が認めた称号。


その重みは計り知れない。


おそらく、アウレリアたちが今後最も敵対する可能性の高い存在だろう。


そんなことを考えていると、アウレリアが怪訝そうに首を傾げた。


「ん?」


「いや……」


「また変なこと考えてるでしょ」


「違うよ」


即座に否定した。


もっとも、半分くらいは図星だった。


だが今は別のことが気になる。


「あと一人いるんだよね?」


「あと一人?」


「前に言ったじゃないか。会ったことがある魔王が二人いるって」


「ああ」


アウレリアは納得したように頷いた。


「もう一人のことね」


「そう。それは誰なの?」


覇王ディアボロスではない。


口ぶりからして明らかだった。


ならばもう一人の魔王とは誰なのか。


レオニスは純粋な興味から尋ねた。


しかし返ってきた答えは妙だった。


「会ったっていうより、見たが正しいわね」


「見た?」


「そう」


アウレリアは少し悩むような表情を浮かべる。


どう説明したものか迷っているようだった。


「ロウガにも教えてもらったんだけどさ」


「うん」


「最初はあれが魔王だなんて思わなかったのよ」


「……あれ?」


嫌な予感がした。


今までの経験上、アウレリアの語る話は大抵常識を壊してくる。


「驚いたわね、本当に」


「だから何なんだよ」


「もう話したじゃない」


「話した?」


レオニスは眉をひそめた。


まったく記憶にない。


そんな反応を見て、アウレリアは呆れたように肩をすくめる。


「話したわよ」


そして当然のように言った。


「“樹王”ってのが、その名前」


「……樹王?」


聞き覚えがない。


いや、正確には言葉だけなら理解できる。


樹の王。


だが、それが何を意味するのか分からない。


するとアウレリアは、なぜそんなことも分からないのかと言わんばかりの顔になった。


「あたしが最初に目指した、でっかい木のことよ」


数秒。


沈黙が流れた。


そして。


「はぁ!?」


思わず大声が飛び出した。


魔王。


巨大な魔物でもなく。


恐ろしい獣人でもなく。


人知を超えた魔導士でもなく。


木。


木である。


意味が分からない。


あまりにも意味が分からない。


そんなレオニスをよそに、アウレリアは満足そうに頷いた。


「いや待って」


「木だよね?」


「木よ」


「木が魔王なの?」


「だからそう言ってるじゃない」


「魔王国最古の魔王らしいわよ」


なぜか少し自慢げだった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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