表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
魔王国編
111/131

魔王は、いるんだよね

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「魔王……いるんだ」


レオニスは呆然と呟いた。


王国の学者たちが存在を議論している相手。


神話や伝承の中で語られる、人類最大の敵。


その実在を証明したのは、学術書でも古文書でもない。


自宅の庭で寝転がっていた少女だった。


しかも王国の勇者である。


状況が意味不明だった。


「まあ、あたしは“二人”くらいしか見たことないけど」


「!?」


レオニスの思考が停止した。


今、聞き間違えただろうか。


二人。


二人と言った気がする。


魔王を数える単位として、あまりにも聞き慣れない数字だった。


(待った)


(今、二人って言ったか?)


アウレリアは首を傾げている。


どうやら本当に何もおかしいと思っていないらしい。


「その“魔王”と話して、教えてもらったんだけどね」


「待て、本気で待って、アウレリア」


レオニスは思わず両手を前に出した。


これ以上進ませてはいけない。


そんな使命感すら覚えた。


話が先に進むたびに世界の常識が壊れている。


「……ごめん。順番に質問させて」


「別にいいけど?」


アウレリアはあっさり了承した。


本人に悪意はない。


だから余計に恐ろしい。


レオニスは大きく息を吸う。


そしてゆっくり吐いた。


文官として培った冷静さを総動員する。


整理だ。


まず整理しなければならない。


そうでなければ脳が焼き切れる。


「魔王は、いるんだよね」


「いるわよ」


即答だった。


迷いも躊躇もない。


その返事だけで王国の歴史学会がひっくり返りそうだった。


「それから、何て言いましたか、アウレリアさん……」


「あたしは“二人”くらいしか見たことないけど」


「そう、それ!」


レオニスは勢いよく指を差した。


ようやく問題の核心に辿り着く。


「今、“二人”って言ったよね!?」


「言ったわよ」


何をそんなに驚いているのか。


アウレリアの顔にはそう書いてあった。


「魔王って、二人いるの?」


「あたしが見たことあるのは二人ね」


「いや、そうじゃなくて」


レオニスは頭を抱えた。


会話が微妙に噛み合わない。


しかし今はそこではない。


「じゃあ、他にもいるの?」


「いるわよ」


あっさり。


本当にあっさりだった。


今日一番の衝撃的事実を、昼食の献立を語るような軽さで言い切った。


レオニスは天を仰いだ。


魔王が存在する。


しかも複数いる。


勇者と魔王。


唯一無二の対立構造だと思っていたものが、根本から崩れていく。


王国の常識。


英雄譚。


神話。


その全てが音を立てて揺らいでいた。


だが。


アウレリアの爆弾発言はまだ終わらない。


「あたしは、魔王国で魔王の一人と一緒に旅をしてたんだけどさ……」


その瞬間。


レオニスは本気で気絶を覚悟した。


魔王がいる。


複数いる。


それだけでも十分だった。


なのに今度は。


勇者が。


未来の勇者が。


魔王と。


一緒に旅をしていた。


そんな言葉を聞かされて正気でいられる人間がいるだろうか。


少なくともレオニスには無理だった。


口が半開きになる。


言葉が出ない。


頭の中で何かが盛大に崩落する音だけが響いていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



アウレリアが語る内容は、レオニスにとって常識の外側にある話ばかりだった。


魔王国を訪れたのは約二年前。


理由は単純。


行ってみたかったから。


それだけだった。


レオニスはその時点で頭痛を覚え始めていた。


普通、人は魔王国へ行こうとは思わない。


ましてや一人で行くなど。


しかし、アウレリアならやりかねない。


これまでの付き合いで、その確信だけはあった。


「まだ見たことのない景色を見たかったのよ」


アウレリアは当然のように言った。


「だから森を抜けたわけ」


「その“森”というのが問題なんだけどね……」


王国と魔王国を隔てる広大な森林地帯。


王国では“魔の森”と呼ばれている。


高位の魔物が無数に棲みつく危険地帯。


冒険者たちが命懸けで挑む場所だ。


生還するだけでも実力者。


希少素材が採れるため、一攫千金を狙う者も多い。


だが同時に、多くの命を飲み込んできた魔境でもあった。


「まあ、森の先にでっかい木があってさ」


アウレリアは手を大きく広げた。


「それを近くで見ようと思ったのよ」


「それで?」


「歩いた」


「うん」


「歩いた」


「うん」


「ひたすら歩いた」


「うん」


「でも全然近づかなかったのよ」


不満そうな顔だった。


レオニスは思わず額を押さえる。


問題はそこではない。


そこへ辿り着くまでの過程である。


だが、本人にその自覚はなさそうだった。


「そこでね」


アウレリアは当時を思い出すように空を見上げた。


「魔物に襲われてる子供がいたのよ」


「子供?」


「うん。だから助けた」


実にアウレリアらしい。


目の前で困っている者がいれば放っておけない。


それはレオニスも知っている。


「それで?」


「その子を送り届けたの」


「うん」


「そこで魔王ロウガと会ったわけ」


「そこが一番重要な部分だよ!」


レオニスは即座に制止した。


「話が飛んだ!」


思わず声が裏返る。


子供を助けた。


送り届けた。


魔王に会った。


その三つの出来事が一続きになる意味が分からない。


「飛んでないわよ」


アウレリアは不思議そうに首を傾げる。


「順番通りじゃない」


「いや、順番の問題じゃないんだ」


レオニスは必死に説明しようとした。


だが上手く言葉にならない。


魔王という存在はもっとこう。


恐怖の象徴であるべきだ。


巨大な城。


無数の強敵。


重厚な玉座。


そういうものではないのか。


少なくとも、迷子を送り届けた先で遭遇する存在ではない。


「事実なんだから仕方ないでしょ」


アウレリアは肩をすくめた。


「良くない」


レオニスは真顔で言った。


「僕の中の世界観が次々と壊れている」


「大げさね」


「大げさじゃないよ」


むしろ必死だった。


魔王は複数いる。


魔王国は存在する。


アウレリアはそこへ行った。


そのうえ魔王と旅までしていた。


今日だけで人生十七年分の常識が崩壊している気がする。


この先を聞けば、さらに何かが壊れるだろう。


そんな確信だけがあった。


それでも聞かなければならない。


魔王国へ向かう以上、その情報は必要だ。


必要なのだが――。


レオニスは深く息を吐いた。


正直なところ。


別の意味で、この先を聞くのが怖くなっていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ロウガ、確か牙王って通称だったかな」


アウレリアは記憶を探るように空を見上げた。


「立ち寄った先でも、皆に魔王ロウガ様とか、牙王ロウガ様とか言ってたけど、気のいい獣人だったよ」


レオニスは瞬きを忘れた。


今、何かとんでもない言葉を聞いた気がした。


いや。


聞き間違いであってほしい言葉だった。


「うん、慕われてたよ。あたしも、ついでによくしてもらったもの」


「待った。また、待ってよ」


「何よ」


アウレリアは心底面倒そうな顔をした。


だが、レオニスにしてみれば重要な問題だった。


「その人、本当に魔王なの?」


「だって、皆が魔王だって言ってたわよ」


即答だった。


そこに迷いはない。


むしろ何を疑問に思うのか理解できないと言いたげだった。


レオニスは額に手を当てる。


おかしい。


何かがおかしい。


話の辻褄は合っている。


しかし、自分の知る世界とはまるで噛み合わない。


アウレリアが嘘をつく理由はない。


それどころか、この少女は面倒だからという理由で誤魔化しこそすれ、わざわざ作り話をする性格ではなかった。


ならば。


これは事実なのだ。


事実として。


魔王ロウガは存在する。


獣人である。


住民に慕われている。


そして、アウレリアの言葉を信じるなら。


気のいい人物らしい。


レオニスは深く息を吐いた。


そして、考える。


これまでの前提を捨てて。


一から。


何もかも。


王国において魔王とは何か。


それは恐怖の象徴だ。


人を襲う魔物。


人知を超えた魔物。


その頂点。


だからこそ魔王。


だからこそ討伐対象。


そう信じて疑わなかった。


だが、その考えは本当に正しいのだろうか。


そもそも。


王国の人間は魔王国を知らない。


誰も見たことがない。


誰も実態を語れない。


あるのは“魔の森”の情報だけだ。


危険な魔物が棲む森。


多くの冒険者が命を落とした魔境。


だから、その先も危険な土地だと決めつけていた。


だが。


それは単なる思い込みではないのか。


レオニスの脳裏で、一つの仮説が形になる。


魔の森と魔王国は無関係。


ただ間に存在しているだけ。


そして。


魔王とは魔物の王ではない。


魔王国という文化圏における王。


あるいは領主。


統治者。


そういう意味なのではないか。


アウレリアの話は、その仮説なら説明がつく。


住民に慕われる魔王。


旅人を歓迎する魔王。


複数存在する魔王。


それは魔物ではない。


国家の支配者だ。


王国における国王や貴族。


帝国における皇帝や領邦諸侯。


それと同じ存在。


呼び方が違うだけだ。


そう考えれば、全て繋がる。


そして。


繋がってしまった。


レオニスの顔から血の気が引いていく。


もし、その仮説が正しいなら。


王国がこれから行おうとしていることは何だ。


巡礼ではない。


調査でもない。


まして魔物討伐でもない。


言葉を選んでも意味は変わらない。


それは。


他国への武力侵入だった。


しかも勇者を伴った。


王国最強戦力による侵攻。


相手から見れば明白な軍事行動だ。


最悪の場合。


戦争の火種になる。


レオニスの背筋を冷たい汗が流れた。


自分が想像していたより、はるかに状況は危険だった。


そして何より。


その可能性に、王国の誰一人として気づいていないかもしれない。


その事実が。


何より恐ろしかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ