ヴァルディアの夜会
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
レックスは緊張した面持ちで待っていた。
「エルディナ様の準備が整いました」
侍女さんのその言葉で、部屋の空気が少しだけ張り詰めた。
……来た。
僕は、ゆっくりと立ち上がる。
さっきまで鏡の前で散々整えられていた服が、妙に窮屈に感じる。
深呼吸を一つ。
そして、侍女さんに導かれて控室へと入った。
扉が開く。
室内には、柔らかな灯りが落ちていた。
そして。
そこに――
「ちゃんと準備できましたか」
穏やかな声が聞こえた。
僕は反射的に顔を上げる。
「はい、何とか……」
そこまで言って。
言葉が止まった。
……え。
目の前にいたのは。
僕の知っているエルディナ様じゃなかった。
いつもの軽鎧も。
騎士の外套もない。
代わりに。
淡い金糸色の髪が、美しくまとめられていた。
夜会用に整えられた髪が、柔らかい光を受けてきらめいている。
ドレスは深い蒼。
静かな湖の水面みたいな色だった。
肩から胸元にかけては、上品な刺繍。
細い腰から広がるスカートのラインは、歩くたびに静かに揺れる。
首元には、小さな宝石。
青い瞳と同じ色で、灯りを受けて淡く輝いていた。
……きれいだ。
ただ、それだけしか思えなかった。
僕は今まで。
剣を持ったエルディナ様しか見たことがなかった。
兵士に指示を出す姿。
でも。
今、そこにいるのは。
まるで物語に出てくるような
――本物の貴族の令嬢だった。
僕は、しばらく言葉を失っていた。
扉が開く音がした瞬間、エルディナは小さく息を整えた。
……来た。
落ち着きなさい、エルディナ。
これは夜会。
私はヴァルディアの娘。
そう自分に言い聞かせる。
そして、振り向いた。
そこにいたのは――
「……え?」
思わず、声が漏れそうになった。
慌てて飲み込む。
目の前に立っていたのは。
見慣れた少年のはずだった。
赤褐色の髪。
紅い瞳。
少し頼りなさそうな優しい顔。
それは変わらない。
でも。
服装が違うだけで、ここまで印象が変わるなんて。
濃紺の礼装。
金の装飾。
細身の体にぴったり合っている。
姿勢はまっすぐ。
腰には剣。
まるで。
物語に出てくる若い騎士みたいだった。
……レックス?
本当に?
一瞬、誰だか分からなかった。
少年らしさは残っている。
でも。
その奥に、何か強いものが見える。
優しい瞳なのに。
どこか芯がある。
……これが。
オルグラート卿の弟子。
私は、ほんの少しだけ見惚れていた。
部屋の隅では。
ミレーネと侍女たちが、必死に表情を押し殺していた。
(尊い……)
(これは……)
(予想以上……)
そんな気配が、空気から伝わってくる。
私は咳払いを一つして、気持ちを戻した。
先に立て直したのは、私だった。
「どう?」
そう聞く。
自分でも、少しだけ緊張していた。
レックスは一瞬だけ驚いた顔をして。
それから、まっすぐに言った。
「はい」
迷いがない声だった。
「エルディナ様は、とってもきれいです」
――。
不意打ちだった。
飾りも。
遠回しも。
何もない。
ただの真っ直ぐな言葉。
思わず、頬が熱くなる。
「そ、そう……」
私は小さく息を吐いた。
落ち着きなさい。
夜会前よ。
気持ちを整えて。
私は、右手を差し出した。
「では」
少しだけ微笑む。
「エスコートをお願いするわ」
レックスの瞳が、わずかに揺れる。
それでも。
彼は静かに一歩近づき。
最大級の緊張の中で。
その手を、そっと取った。
その瞬間。
二人が歩き出した瞬間。
ヴァルディア男爵家の夜会の幕が、静かに開いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ヴァルディア男爵領の屋敷。
その中心にある夜会ホールは、地方領主の館としてはかなり広い造りになっていた。
高い天井には、真鍮のシャンデリアがいくつも吊るされている。
魔石灯の光が、柔らかな金色の輝きを部屋全体に落としていた。
壁には歴代当主の肖像画。
そして戦場を描いた古いタペストリー。
王都の豪奢な宮殿には及ばない。
だが。
この屋敷が、北方防衛の要地を担う男爵領であることを示すには十分な風格だった。
貴族たちの会話が、低いざわめきとなって広がっている。
地方の有力者。
商人。
軍関係者。
それぞれが思惑を胸に、杯を手にしていた。
その中に。
ひときわ目立つ男がいた。
銀色の髪。
狼の耳。
人狼の少年――ガロードである。
本来ならば。
侍女たちは彼に、王国式の礼装――いわばタキシードのような服を着せようとした。
だが。
「こんな動きにくいもん着て戦えんだろ」
と一蹴された。
結果として。
彼は異民族風の正装に落ち着いた。
黒を基調にした軽装。
肩からかけた外套。
腰には剣。
いつでも戦える姿だった。
現在、ガロードはアルベリオ・ヴァルディアの隣に立っていた。
訪れる客へ挨拶をするためである。
「セルディアのオルグラート卿の弟子、ガロード殿だ」
アルベリオは穏やかな口調でそう紹介する。
すでに何度目か分からない紹介だった。
そのたびにガロードは、少しだけ背筋を伸ばす。
「はじめまして、ガロードと申します」
「以後お見知りおきを」
礼儀正しい。
だが。
それは表面上のものだった。
ガロードの琥珀色の瞳は、常に会場のどこかを探っている。
――いる。
この城の中に。
わずかに残る気配。
獣の嗅覚のような本能が告げていた。
城のどこかに、点々と残る。
『豹』の残滓。
完全に消えてはいない。
つまり。
奴は、城内に紛れ込んでいる。
ガロードの耳が、わずかに動いた。
「すまないね、ガロード君」
アルベリオが静かに言う。
「このような役を頼んでしまって」
「いえ」
ガロードは短く答えた。
その目は、すでに会場の外を見ている。
嵐の匂いがする。
まだ遠い。
だが確実に近づいている。
その様子を。
少し離れた場所から見ている少年がいた。
レオナルト・ヴァルディアである。
彼の眉が、わずかに寄っていた。
(何をやっているのだ、父上は)苛立ちを抑えながら思う。
この夜会には。
これから重要人物が訪れる。
アルドリック・ヴァルハイト侯爵。
王国北方の大貴族。
この地域の実質的支配者と言っていい存在だ。
その迎えに行かず。
父アルベリオは地方の有力者に挨拶をして回っている。
一方。
叔父のグレイヴァス・ヴァルディアは、侯爵の対応に向かったと聞く。
(このままでは)
レオナルトの拳が、静かに握られる。
(継承者争いに負けるぞ)
その時だった。
「従弟殿」
軽薄な声が背後から聞こえた。
振り返る。
アルヴィン・ヴァルディアだった。
深紅の礼装。
過剰な金刺繍。
指には宝石の指輪。
見た目だけは、いかにも貴族の子息だった。
「アルヴィン殿」
レオナルトは冷静に応じた。
だが。
アルヴィンの口元には、すでに嘲笑が浮かんでいる。
「聞いたぞ」
くつくつと笑う。
「辺境の孺子に完敗したんだってな」
空気が、少しだけ冷えた。
レオナルトの目が細くなる。
「あれは」
短く言う。
「剣で負けたのではない」
「はは」
アルヴィンは肩を揺らして笑った。
「自分で挑んでおいて、辺境の孺子に返り討ち」
そして。
ゆっくりと顔を近づける。
「情けない限りじゃないか」
声は低かった。
「ヴァルディアの名誉に泥を塗ったな」
レオナルトの拳が、さらに強く握られる。
血が滲むほどに。
だが。
何も言わない。
ただ。
その屈辱に、黙って耐えていた。
その夜会は。
まだ始まったばかりだった。
しかし。
誰もがまだ知らない。
この夜。
この男爵領の運命を揺るがす事件が起きることを。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「では、アルヴィン殿もやってみると良かろう」
レオナルトは静かな声で言った。
「私に劣る貴方では、勝負にもなりますまい」
言葉は丁寧。
だが、その奥には明確な敵意がある。
アルヴィンの眉がぴくりと動いた。
「ふん」
鼻で笑う。
「従弟殿は頭が固いな」
肩をすくめ、わざとらしく言う。
「剣だけで優劣を競おうなど。
そんな時代はとっくに終わっている」
そして口元を歪めた。
「この世は権力だよ」
「……」
レオナルトの瞳が冷たくなる。
互いの言葉は、完全に刃になっていた。
夜会の喧騒の中。
二人だけが静かな戦場にいる。
少し離れた場所から、それを見ている男がいた。
アルベリオ・ヴァルディア。
(これは……)
彼は小さく息を吐いた。
(止めるべきだな)だが、すぐには動かなかった。
今ここで割って入れば、かえって目立つ。
下手をすれば、夜会そのものの空気を壊す。
(グレイヴァスが戻ってくれば)
弟と二人で収めるしかないだろう。
そう考えた、その時だった。
「おお……」
会場のどこかで、小さな歓声が上がった。
それは、ほんのささやかな声だった。
だが。
波紋のように広がる。
「……?」
アルベリオは顔を上げた。
視線が自然と、会場の別の入り口へ向く。
そして
――思わず目を細めた。
ガロードも同じ方向を見ていた。
「へぇ……」
口笛を吹きそうになるのを、慌ててこらえる。
賓客の入口とは別の扉。
そこから、二人の人物が姿を現した。
一人は
――淡い青のドレスを纏った少女。
エルディナ・ヴァルディア。
胸元には銀の刺繍。
裾には控えめな宝石の装飾。
派手ではない。
だが、その品の良さは誰の目にも明らかだった。
背筋はまっすぐ。
歩みは静か。
その所作は、まるで宮廷で育った姫君のようだった。
そして。
その隣を歩くのは
――若い騎士。
レックスだった。
黒を基調とした礼装騎士服。
肩にはヴァルディア家の紋章。
まだ少年の面影が残る顔だが、その立ち姿は堂々としている。
エルディナを、丁寧にエスコートしていた。
会場のあちこちから声が上がる。
「ヴァルディア家の令嬢だ」
「美しい……」
「隣の若者は?」
「護衛騎士か?」
「いや、あれは……」
地方の有力者たちが、小声でささやき合う。
誰もが目を奪われていた。
「エルディナ様と、レックスか」
ガロードは腕を組みながら呟いた。
そして小さく笑う。
「……似合ってるじゃねえか、レックス」
その目は、少しだけ優しかった。
あの普段どこか頼りないこともある、弟のように思う少年。
それを思い出す。
今、あいつは。
堂々と人前に立っている。
少しだけ。
誇らしかった。
二人が歩くたび。
会場の視線が自然と集まる。
いつの間にか。
この夜会の中心は、完全に二人に移っていた。
その空気を感じ取ったのだろう。
演奏隊が曲を変えた。
ゆったりとした、優雅な旋律。
まるで二人の入場を歓迎するかのようだった。
その様子を。
レオナルトは言葉もなく見ていた。
胸の奥に、複雑な感情が広がる。
(姉上……)
誇らしい。
だが同時に。
自分が主役であるはずの場を、完全に奪われた気もしていた。
一方。
アルヴィンの顔には、露骨な不機嫌が浮かんでいた。
(なんだこれは)
自分に視線が集まるはずだった。
この夜会で目立つのは自分のはずだった。
それなのに。
視線はすべて――エルディナと、あの平民に向けられている。
「……くだらない」
小さく吐き捨てた。
そして。
アルベリオは。
その光景を見て、思わず額を押さえた。
(エルディナ……)
娘が、誰よりも堂々としている。
それは父として誇らしい。
だが。
(何をやっているんだ、あの子は……)
政治の夜会である。
その中心に立つという意味を、理解しているのか。
そんな父の内心など知らず。
エルディナはゆっくりと歩みを止めた。
そして。
会場の来客たちへ向けて。
優雅に、深く。
一礼した。
その所作は、完璧だった。
夜会の空気が、ほんの一瞬。
静まり返った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
会場は静まり返っていた。
先ほどまで流れていた音楽も、いつの間にか止まっている。
人々はまだ、エルディナの優雅な一礼の余韻の中にいた。
その時だった。
「――アルドリック・ヴァルハイト侯爵が入場される」
低く、よく通る声が会場に響く。
グレイヴァス・ヴァルディアだった。
その声は、夜会のざわめきを一瞬で押し黙らせた。
主賓を迎える大扉が、ゆっくりと開く。
重厚な木の扉。
金具が鈍い音を立てる。
そして現れた。
一人の男が。
アルドリック・ヴァルハイト侯爵。
王国北方を束ねる大貴族。
金髪は年齢とともに薄くなり、灰色が混じっている。
短く整えられた髪。
鋭い眼差し。
感情を見せない表情。
その瞳は、戦場の指揮官のものだった。
彼の身に纏うのは、王国陸軍提督の制服。
濃紺の軍装。
肩章には黄金の紋章。
その上から、家紋入りの重厚なマントが掛けられている。
腰にはロングソード。
装飾剣ではない。
刻印魔法が刻まれた、実戦用の剣だった。
一歩。
侯爵が歩く。
それだけで、空気が変わる。
地方貴族の夜会。
その場に、王国そのものが入ってきたようだった。
「……」
誰も声を出さない。
次の瞬間。
会場にいるすべての者が、同時に頭を下げた。
深く。
一斉に。
アルドリックはゆっくりと中央まで歩く。
そして立ち止まった。
静かな声で言う。
「顔を上げるとよい」
命令ではない。
だが、逆らう者はいない。
人々は順に顔を上げた。
「本日はヴァルディア男爵領の招きに応じ、諸君が集ったと聞く」
声は落ち着いている。
感情はほとんど見えない。
だが、重い。
「よい夜会になることを期待している」
形式的な挨拶だった。
それだけで十分だった。
この場の主賓が、誰なのか。
誰もが理解する。
その様子を
――少し離れた上階から見ている者がいた。
ミレーネ・クラウディア。
エルディナの護衛。
二階の回廊。
そこから会場を見下ろしていた。
侯爵の後ろに続いて入場してくる人物たち。
護衛。
随員。
貴族。
その中に、一人。
見慣れた顔を見つけた。
ミレーネの眉が、露骨に歪む。
「……うわ」
思わず小さく呟く。
ギルベルト・ヴァルハイト。
侯爵の孫だった。
長めの金髪。
鋼色の瞳。
整った顔立ち。
だが。
その表情には、露骨な傲慢さが浮かんでいる。
濃紺のロングコート。
金糸の刺繍。
いかにも『貴族の後継者』という装いだった。
(やっぱり来てるのか)
ミレーネは心底嫌そうな顔をした。
侯爵本人はまともだ。
だが。
この孫は違う。
噂は嫌というほど聞いている。
平民を見下す。
権力を振りかざす。
典型的な貴族の腐敗。
「アルヴィンの奴が招いたんだろうけど……」
小さく息を吐く。
その時。
彼女の視線が、会場の別の場所へ移った。
そこに立っているのは。
一人の若い騎士。
レックスだった。
黒の礼装騎士服。
背筋を伸ばしている。
だが。
手がわずかに震えている。
緊張を必死で押し殺しているのが分かる。
ミレーネはそれを見て、ふっと笑った。
そして小さく呟く。
「さて」
少し楽しそうな声だった。
「レックス君」
彼女の視線は、侯爵の孫へ向いている。
そして、再びレックスへ。
「期待してるよ」
嵐の気配が、ゆっくりと夜会を包み始めていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アルドリック・ヴァルハイト侯爵は、現在アルベリオ・ヴァルディアと会話をしていた。
夜会の中心。
周囲には貴族たちが距離を取りながら様子を窺っている。
それを確認して。
アルヴィン・ヴァルディアは満足そうに口角を上げた。
(今だ)
侯爵の近くに行くのはまだ早い。
だが、別の手がある。
視線の先には
――エルディナと、その隣に立つ若い騎士。
レックス。
アルヴィンは意気揚々と歩き出した。
「エルディナ」
声をかける。
エルディナはその気配に気づいた。
そして。
わずかに眉を動かす。
すぐに表情は整えたが、その瞬間の反応を見逃す者はいなかった。
エルディナは扇を開き、口元を隠す。
「……」
その仕草は優雅だった。
だが同時に、明確な距離を作るものでもあった。
アルヴィンは気にした様子もなく続ける。
「君は王国中央とは縁が薄いだろう」
自信たっぷりの声。
「わたしが紹介してやろう」
「紹介?」
エルディナの声は、驚くほど冷たかった。
扇の向こうの瞳もまた、温度を感じさせない。
アルヴィンは気づかない。
むしろ得意げに言葉を続けた。
「そうだ」
軽く顎を上げる。
「まず、ギルベルト・ヴァルハイト殿を紹介する」
そして一歩踏み出した。
「さあ、一緒に行くぞ」
頭の中では、すでに計算が完成している。
ギルベルトとエルディナを繋げる。
それだけでいい。
侯爵家との縁が生まれる。
そうなれば。
自然と自分も中央貴族の輪に入れる。
(エルディナは使える)
ヴァルディア男爵領にとって。
そして――自分にとって。
価値のある女だ。
だが。
その計算は、最初から成立していなかった。
「いえ」
エルディナは即座に答えた。
声は柔らかい。
だが、迷いは一切ない。
「まずは侯爵閣下にご挨拶をすることが先でしょう」
扇を閉じる。
その瞳がアルヴィンを見る。
ほんの一瞬だけ。
「お気になさらずに、従兄殿」
丁寧な言葉。
しかしその意味は明白だった。
――あなたの出る幕ではない。
エルディナはレックスの方へ向く。
そして。
自然な動作で腕を組んだ。
「いきますよ、レックス」
レックスは一瞬驚いた。
だがすぐに姿勢を正す。
「は、はい」
二人はそのまま歩き出した。
アルドリック・ヴァルハイト侯爵の方へ。
自ら。
堂々と。
「待て」
アルヴィンが思わず声を上げる。
だが。
エルディナは振り向きもしなかった。
「ごきげんよう」
それだけ言って。
完全に無視した。
アルヴィンは立ち尽くした。
拳が震えている。
(この女……!)
その様子を、少し離れた場所から見ていた人物がいた。
レオナルトだった。
彼は静かに息を吐く。
先ほどまで胸の奥に残っていた苛立ちが、少しだけ消えていた。
「……なるほど」
小さく呟く。
視線はエルディナの背中。
「それが」
少しだけ笑った。
権力を力だと宣言した男が、姉に相手にすらされなかったという事実。
「権力というやつですか、従妹殿」
さらに。
その光景を見ている者がもう一人いた。
二階の回廊。
ミレーネ・クラウディア。
彼女は口元を隠そうともしない。
完全に笑っていた。
「……はは」
肩を震わせる。
アルヴィンなど、最初から相手ではない。
自分の主君は。
あのエルディナ・ヴァルディアだ。
そして。
彼女が握っている剣。
レックス。
ミレーネは楽しそうに呟いた。
「ほんと最高だね」
だが。
誰もまだ知らない。
エルディナが起こす嵐は――これからが本番だということを。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




