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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
フィデリア編
105/131

俺だけが届いた

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



光が収まった。


巡礼の地を覆っていた奔流のような魔力が静まり、大地に再び静寂が戻る。


その中心に、一人の男が立っていた。


ゼルハイン・ヴァスリク。


失われたはずの左腕も、傷ついた身体も元に戻っている。


まるで何事もなかったかのように。


しかし、その赤い瞳だけは以前と違っていた。


何かを知り。


何かを受け入れ。


そして何かを諦めたような色を宿していた。


ゼルハインはゆっくりと息を吐く。


「……すまん、待たせた」


「?」


グラーディスは首を傾げた。


イシュリアンも理解できない。


当然だった。


ゼルハインが光に飲み込まれてから、現実では数秒しか経っていない。


だが本人だけは違う。


長い旅路を終えて戻ってきたような表情だった。


まるで戦場で幾度も死線を越えてきた男が、一夜で年を重ねたようように。


巡礼が現実だったことを示すものは一つだけ。


地面に倒れ込んでいるフィデリアだった。


顔色は悪い。


額には脂汗が滲んでいる。


まるで命を削るような代償を払ったかのように。


ゼルハインはそれを見て、ほんの少しだけ眉を歪めた。


だが何も言わない。


言えない。


知ってしまったからだ。


そして縛られてしまったからだ。


聖槍片手で軽く振るう。


槍身が風を裂いた。


そのままヴァルドの前へ歩き出る。


「……ここは俺に任せて、お前らはアウレリアたちを連れて、ここから去れ」


その言葉にグラーディスが目を見開いた。


「ゼルハイン!?」


「巡礼は終わった」


短い言葉だった。


だが断言だった。


ヴァルドの黄金の瞳が細められる。


わずかに眉が動いた。


それだけで十分だった。


この男が理解したことを、理解したということだからだ。


「後は仕上げだけだが、お前らに伝えることがある」


ゼルハインは二人を見る。


そして静かに告げた。


「次の巡礼の地は“魔王国”にある」


「次!?」


グラーディスとイシュリアンの声が重なった。


驚愕だった。


巡礼の地。


勇者の試練。


その終着点だと思っていた場所。


だが違った。


まだ先がある。


まだ終わっていない。


ゼルハインは苦笑する。


知らなかった頃なら、自分も同じ顔をしていただろう。


「なぁ、二人とも」


その声は弱かった。


どこか申し訳なさそうだった。


いつもの豪快なゼルハインらしくない。


「あいつらを……」


そこまで言って言葉が止まる。


喉が詰まったように。


何かに遮られたように。


「チッ……」


小さく舌打ちする。


伝えたい。


だが伝えられない。


巡礼の儀が課した禁則。


フィデリアと同じ枷。


それがゼルハインの口を封じていた。


グラーディスは何も聞かなかった。


イシュリアンも問い詰めなかった。


二人とも理解したからだ。


今のゼルハインは、自分たちの知らない何かを背負っている。


それだけは分かった。


だから黙って頷いた。


グラーディスはアウレリアを担ぐ。


イシュリアンは倒れたフィデリアを抱き起こす。


レオニスは大地に突き刺さった聖剣を抜いた。


その輝きは失われていない。


だが持ち主は意識を失っている。


レオニスは剣を強く握り締めた。


そして全員が巡礼の地から離れていく。


誰も振り返らない。


振り返れば足が止まる。


そんな予感があった。


やがて足音が遠ざかる。


残されたのは二人だけ。


ゼルハインとヴァルド。


王国最強の槍使い。


そして世界の天井。


ゼルハインは肩を回した。


笑みを浮かべる。


「待っていてくれたのは、俺への褒美かい、大将?」


ヴァルドは何も答えない。


だが去らせた。


それが答えだった。


ゼルハインは笑う。


心の底から。


「なら、華も添えてもらおうか」


聖槍を構える。


穂先がヴァルドを真っ直ぐに捉える。


恐怖はない。


迷いもない。


あるのは誇りだけだ。


仲間を逃がした。


役目は果たした。


ならば最後に示すべきは、自分の生き様。


未冠の武神。


王国の若狼。


ゼルハイン・ヴァスリクという男が、ここにいた証だった。


聖槍が唸る。


投擲の構え。


全身全霊。


命を賭けた一撃のために。


ゼルハインは誇るように笑った。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



ヴァルドは動かなかった。


剣も振らない。


避けようともしない。


ただ静かに立っている。


まるで来るべきものを待っているかのように。


その姿に、ゼルハインは思わず笑った。


強者は知っている。


逃げる必要のない領域を。


守る必要のない領域を。


そして目の前の男は、その頂に立っている。


それでも。


だからこそ。


胸の奥が熱くなる。


「俺ァこういう土壇場が嫌いじゃねぇ」


槍を握る手に力が籠もる。


足を開く。


重心を落とす。


必殺の間合い。


生涯を賭けて磨き上げた距離。


あと一歩近ければ鈍る。


あと一歩遠ければ届かない。


その一点。


そこにゼルハインは立った。


風が止む。


空気が沈黙する。


世界が静止したような錯覚。


巡礼の地。


その中心。


ただ一人。


槍使いだけが立っていた。


静かな声が漏れる。


「これは神の奇跡じゃねぇ」


聖槍を引く。


穂先が唸る。


青白い光が槍身を走った。


神に与えられた武器。


確かにそうだ。


だが。


ここに至るまでの道は違う。


「ガキの頃から最強を目指した一人の戦士が」


さらに引く。


筋肉が軋む。


骨が悲鳴を上げる。


それでも止めない。


止められない。


今ここで届かなければ、一生届かない。


「今まで磨き続けた」


大地が砕ける。


足元から放射状に亀裂が走った。


空が震える。


周囲の魔力が暴風となって吹き荒れる。


聖槍が悲鳴を上げる。


限界を超えた力。


神具でさえ耐え切れない領域。


「俺だけが届いた槍だ」


それは誇りだった。


誰かから与えられた力ではない。


選ばれたから得た力でもない。


血反吐を吐き。


死線を越え。


戦い続けた果てに辿り着いた場所。


未冠の武神。


王国の若狼。


ゼルハイン・ヴァスリク。


その人生そのもの。


だから。


笑った。


獰猛に。


晴れやかに。


戦いを愛した男らしく。


その瞬間だった。


槍が放たれる。


音を置き去りにした。


雷を追い越した。


視界から消えた。


いや。


消えたように見えただけだ。


流星となった聖槍が世界を裂いていた。


一直線。


ただ一人を貫くためだけに。


圧縮された光熱が槍身を包み込む。


荷電粒子が奔流となる。


巡礼の地が白く染まった。


「烈日の聖槍!」


咆哮。


それは必殺技の名であり。


人生の集大成だった。


次の瞬間。


太陽が落ちた。


轟音。


衝撃。


閃光。


世界そのものが吹き飛んだかのような爆発。


地平線まで白く染まる。


土砂が舞う。


大地が抉れる。


巨大な爆心地が生まれた。


何も見えない。


何も聞こえない。


ただ破壊だけが存在していた。


ゼルハインは肩の力を抜いた。


全力だった。


出し惜しみはない。


後悔もない。


だから自然と笑みが浮かぶ。


「すげぇな、あんたは」


感嘆だった。


畏怖だった。


そして納得だった。


爆煙の中心。


崩壊した大地の中央。


そこに一人の男が立っている。


黒い外套。


長い銀髪。


黄金の瞳。


ヴァルド。


傷一つない。


衣服一つ乱れていない。


まるで何事もなかったかのように。


その姿を見た時。


ゼルハインは理解した。


ファイが見ていた景色を。


アウレリアが恐れた理由を。


そして。


自分たちが挑んでいた存在の正体を。


高い山ではない。


越えるべき壁でもない。


天だ。


どれほど手を伸ばしても届かない。


どれほど強くなっても追いつけない。


世界の果て。


戦士の終着点。


ゼルハインは初めて。


天の高みを知った。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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