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勇者は神になれない  作者: ふたり旅団
フィデリア編
100/131

最後の一瞬

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



巡礼の地。


荒野の中央で、二つの存在が向かい合う。


一人は勇者アウレリア。


一人は帝國戦闘種族ファイ。


両者の周囲だけ、空気そのものが張り詰めているようだった。


アウレリアの聖剣は眩い輝きを放っていた。


それは先ほどの聖剣解放とは違う。


外へ放出される光ではない。


刀身へと凝縮されていく光。


勇者の力が一点へ収束していた。


「勝負だ、ファイ!」


アウレリアが地面を蹴る。


爆発のような衝撃。


白銀の軌跡を描きながら、一気に間合いを詰める。


「聖剣! あんたが、あたしの相棒を自称するなら、あたしと一緒に見せてやれ!」


叫びに呼応するように。


聖剣の光がさらに強まった。


刀身を包む光は刃となる。


黄金にも白銀にも見える輝き。


それは裁定者から与えられた力ではない。


選定者自身の意志が引き出した力だった。


「――選定の力が」


フィデリアが息を呑む。


「自らの意思で、選定者に応えた……」


裁定者である自分を介していない。


それがどれほど異常なことなのか。


フィデリアには理解できた。


アウレリアは力を求めたのではない。


勝利を求めたのでもない。


自分自身で乗り越えることを選んだ。


だからこそ。


力の方が応えたのだ。


「何だ、これは」


ファイの瞳が鋭く細まる。


過去に幾人もの勇者を葬ってきた。


だが、この現象は見たことがなかった。


未知。


だからこそ。


ファイは最大限の警戒を選ぶ。


野太刀を構える。


迎撃態勢。


本能が警鐘を鳴らしていた。


次の瞬間。


閃光。


アウレリアの一撃が振り抜かれる。


ファイも反応した。


常人なら不可能な速度で身体を捻る。


しかし完全には間に合わない。


光刃が野太刀を両断した。


さらに兜を切り裂く。


甲高い破砕音。


金属片が宙へ舞った。


「やったのですか!」


イシュリアンが声を上げる。


だが。


「いや」


グラーディスが首を振った。


「浅い」


ゼルハインも続ける。


戦場を知る者には分かる。


まだ終わっていない。


砕けた兜の奥。


現れたファイの瞳は死んでいなかった。


むしろ。


これまで以上に研ぎ澄まされていた。


「見事だ」


ファイが低く告げる。


その声には本物の賞賛があった。


勇者としてではない。


戦士として。


初めてアウレリアを認めた声だった。


「しかし、これで終わった」


レオニスは拳を握る。


武器は破壊された。


兜も失った。


誰もがそう思う。


だが。


帝國戦闘種族は常識の外側にいた。


砕けた野太刀へ。


黒い歪みが集まる。


空間が軋むような異音。


事象そのものが刃へ吸い寄せられていく。


黒い光。


否。


光ですらない何か。


それが野太刀の形を再構築していく。


「まさか……」


レオニスの顔が引きつる。


ファイの握る刀は再び刃を得た。


事象の地平線。


あらゆるエネルギーを捻じ曲げる帝國の秘匿兵器。


その力を極限まで集中させた剣。


「来い」


ファイが言う。


「行くよ!」


アウレリアが応える。


両者は同時に踏み込んだ。


地面が砕ける。


音より速く。


視線より鋭く。


二つの刃が激突した。


轟音。


衝撃波が荒野を薙ぎ払う。


大地が裂ける。


空気が震える。


空の雲までもが吹き飛びそうな圧力。


光の刃と黒の刃。


互いに一歩も引かない。


獣同士の噛み合い。


頂上同士の激突。


どちらかが折れるまで終わらない戦いだった。


そして今。


二人の獅子による決着の時が、確実に近づいていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



アウレリアとファイ。


二つの刃が激突していた。


金属と金属がぶつかる音ではない。


空間そのものが悲鳴を上げるような衝突。


一撃ごとに地面が削れ、荒野が変形していく。


「しかし、それでも儂が勝つ!」


ファイの声は揺るがない。


圧倒的な経験と確信。


それは揺らぐことのない“完成された戦士”の言葉だった。


「どうでもいい!」


アウレリアは叫ぶ。


「今あんたを超えたい! 今から必死で行くから待ってろ!」


剣がさらに加速する。


技ではない。


理論でもない。


ただ、意志の速度。


フィデリアはその光景を見つめていた。


祈るように、しかし止めることもできず。


イシュリアンは唇を噛む。


ゼルハインとグラーディスもまた、動けない。


二人の間に割り込める者はいなかった。


ただ理解していた。


――均衡している。


だが同時に。


――均衡していない。


「アウレリアは……まだ届かない」


ゼルハインが呟く。


「技量ではない、だが」


グラーディスが目を細める。


「何かが違う」


戦場の中心では、刃と刃が交差していた。


アウレリアの剣は鋭い。


研ぎ澄まされ、天才の領域にある。


だがファイの剣は“重い”。


圧倒的な経験。


一切の無駄を排した戦闘の完成形。


そして、その差は確かに存在していた。


アウレリアが上回れない壁。


それは才能ではない。


“積み重ねられた戦争そのもの”だった。


「自分の正しさを曲げない、あんたを嫌いになれない」


アウレリアの声が戦場に響く。


「だから、あたしは逃げない。挑む!」


ファイはその言葉を聞いていた。


ただの敵ではない。


ただの勇者でもない。


人間の原石。


未完成のまま、なお輝きを放つ存在。


(これを……歴史の中で消すのか)


ファイの中に、一瞬だけ迷いが生まれる。


だが次の瞬間、それは消える。


彼の背後には帝國がある。


守るべき秩序。


排除すべき脅威。


勇者という存在が、帝國に何をもたらすかを知っている。


だからこそ。


ここで終わらせなければならない。


異音が響いた。


空気が軋むような音。


ファイの刃――事象の地平線が揺らぐ。


限界。


初めての歪み。


「……っ」


ゼルハインが息を呑む。


「崩れる……?」


イシュリアンの声が震える。


次の瞬間だった。


均衡が崩れた。


理由は明確ではない。


技量でもない。


戦術でもない。


ただ一つ。


“天運”。


それだけがアウレリアに味方した。


ファイの刃がわずかに遅れる。


その一瞬。


アウレリアの剣が踏み込む。


そして――届いた。


光が走る。


黒を裂く。


重く、硬く、完璧だったはずの鎧を貫くように。


ファイの身体が後方へと弾かれた。


静寂。


一瞬だけ、戦場が止まる。


「……あ」


誰かの声。


アウレリアの手に伝わる感触。


確かに、届いた。


だが。


それは勝利の実感ではなかった。


ファイの身体は崩れ落ちる。


鎧ごと、切り裂かれていく。


帝國戦闘種族。


勇者殺し。


その名を持つ存在が。


アウレリアは立ったまま、息を切らす。


手は震えていない。


しかし、表情は晴れない。


「……勝ったの?」


その言葉は誰が口にしたのかもわからない。


風だけが、荒野を通り過ぎていく。


戦いは終わった。


だがそれは、望んだ形ではなかった。


誰もがそう感じていた。


アウレリア自身でさえも。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



巡礼の地を吹き抜ける風が止まった。


荒野に残るのは、砕けた大地。


抉れた地面。


そして激戦の残滓だけだった。


アウレリアは両膝をつき、荒く呼吸を繰り返していた。


聖剣を支えるだけで精一杯だった。


握力も残っていない。


腕は震え。


肺は焼けるように熱い。


それでも視線だけは前を向いていた。


「……勝ったのか、本当に」


誰ともなく漏れた声。


ゼルハインだった。


「信じられませんね」


イシュリアンが呟く。


「ですが……」


グラーディスも言葉を続けようとして。


そこで三人は固まった。


声が出なくなる。


目の前の光景が理解できなかった。


アウレリアも気づく。


ゆっくりと顔を上げた。


そこにいた。


立っていた。


全身を斬り裂かれ。


鎧は砕け。


血を流しながら。


それでもファイは倒れていなかった。


太陽を背負うように立つその姿は、まるで老いた獅子だった。


ファイは静かにアウレリアを見下ろした。


「なぜ、勝者がそのような顔をする」


穏やかな声だった。


敗者の言葉とは思えないほど落ち着いていた。


アウレリアは首を振る。


「……あんたが」


言葉が詰まる。


「分からず屋の父親みたいに見えたんだ」


ファイは何も言わない。


「だから分からせてやりたかった」


「なのに」


拳が震える。


「なのに、こんなの違うだろ」


悔しかった。


勝ったはずなのに。


超えたかった相手が目の前にいる。


だがそれは、剣で切り伏せることで得た答えではない。


アウレリアが欲しかったのは勝利ではなかった。


認めさせることだった。


だから悔しい。


「こういう時、何て言うんだろうな」


しばらく考え。


アウレリアは小さく笑った。


「そうだな」


「御見それしました、だ」


ファイの口元が僅かに緩んだ。


「見事だ」


短い賞賛。


だがそこに嘘はなかった。


勇者殺しが認めた。


一人の勇者を。


そしてファイ自身も理解していた。


自らの終わりを。


「だが、天は更に高い」


声は静かだった。


「儂に勝った程度で終わりは来ん」


次の瞬間。


ファイの脚が動く。


アウレリアの身体が弾き飛ばされた。


「ファイ!」


地面を転がりながら叫ぶ。


ファイは振り返らない。


代わりにレオニスを見た。


「レオニス」


「はい!」


レオニスは即座に応じた。


「帝國と和平を結びたいとほざいたな」


「はい」


迷いはない。


だからファイは頷いた。


「そうか」


それだけだった。


否定も嘲笑もない。


ただ受け止めただけだった。


「なら離れておけ」


全員の表情が変わる。


「帝國の戦闘種族は命が尽きる時、自爆するよう作られている」


兵器の秘密。


最後の機密保持。


当然の処置。


だからこそ残酷だった。


ファイは空を見上げる。


「すまんな」


誰に向けた言葉だったのか。


「終わらせるために散っていった同胞たちよ」


懐から小さな酒瓶を取り出した。


蓋を開ける。


一口だけ飲む。


喉を鳴らす。


「勝利の美酒は味わえんかったか」


苦笑する。


「だが」


視線がアウレリアへ向く。


「最期の敵には恵まれたかもしれん」


ファイはしばらく酒瓶を見つめる。


そして静かに呟いた。


「……悪くない味だ」


酒瓶が掲げられる。


まるで乾杯だった。


誰にも届かない。


戦友への。


帝國への。


そして自分自身への。


最後の献杯。


次の瞬間。


ファイの身体に赤い光が走った。


巡礼の地が白く染まる。


轟音。


爆風。


閃光。


空そのものが裂けたような大爆発が荒野を飲み込んだ。


誰も声を出せなかった。


帝國最強の戦闘種族。


勇者殺しファイ。


その生涯は終わった。


だが残された者たちの胸には、一つの問いだけが残る。


人は。


力を持った時。


それでも人間でいられるのか。


最後の一瞬、彼は確かに尊敬に値する人間だった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇


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