エピローグ
昔々あるところに、深い森がありました。
その森にはその昔から、迷い込んだ人を食べてしまう「この世でいちばん美しい魔法使い」が住んでいるのだと――。
◆
──ある国の兵士は言いました。森の中の塔には、人を惑わせる美しい化け物が本当にいたのだと。
◇
討伐隊に参加した時の話ですか?
覚えていますよ。名目上は討伐ではなく、保護任務と言われていました。異国の大魔術師の協力のもと、呪われた魔法使いを保護して交渉し、我が国のために協力してもらう任務です。
……あんな任務は初めてだったな。見る者が惑わされる呪いということで、魔法使いの姿を目にしないよう厳重に言い含められました。
協力者の大魔術師が交渉をする間、我々は扉の前で待たされていたんですが……正直おそろしかったです。
もちろん直接その姿は見ていません。ただ、扉越しの相手の話し声が、故郷に残してきた妻のものにしか聞こえなかったんです。
事前に呪いについて少しは教わっていたし、妻がこんなところにいるはずがないと分かってもいました。それでも扉を開けて、顔を確認したくてたまらなくなったんです。
あの時に強引に姿を見ていたら、もしそれが本当に愛する妻だとしか思えなかったら……。
あの魔法使いが人を惑わせるというのは、本当の話です。
◆
──ある村の男は言いました。昔は森の奥に、人を襲うおそろしい魔法使いがいたのだと。
◇
ああ、その話ですか。この辺りの人間はねえ、危ないから森に入るなって、子どもの頃にみーんなそう聞かされるんですよ。霧に迷うんだかなんだかで、実際に戻って来ない人間も少なくなかったからね。
なんだ、あんた信じてるのかい? そりゃ以前は何かいると思ってたけどねえ。少し前に討伐隊だとかで立派な兵士達がぞろぞろ来たんですよ。それが結局そんなものはいなかったってんで、すぐ帰って行きましたからね。
あんなのは子どもを怖がらせるためのおとぎ話ですよ。
◆
──ある大魔術師は言いました。その森には人を襲う魔法使いも、人を惑わせるおそろしい化け物も存在しないのだと。
◇
いない。もう消えてしまった。
ほかにないなら、もう行く。
……森の奥に遺されていた魔術道具? 古すぎて扱い方が分からない……?
そう。一応、覚えておく。これから……友人と会うから。
昔話を、聞かせてもらう約束。
◆
──ある旅人は言いました。それらはみな、おとぎ話なのだろうと。
◇
人の望む姿を見せて惑わせる魔法使い? そいつの遺した正体不明の魔術の道具?
ええとそれは……いや、俺はそういうものに詳しくはないのだが……。
念のために訊ねるが、危険なものではないな? ……危険かどうかも分からないのか、そうか……。あいつ一体何を……。
ああ、連れならいろいろと知っていそうなんだが、今日は別行動だ。あいつは友人に会いに行ってる。
戻るのは遅くなるだろうな。古い知り合いは皆すでに亡くなっているから、数少ない友人との機会は大切にしたいらしい。
だからそんな魔法使いのことを訊かれても俺には……。──いや、そうだな。俺にも少しならできる話がある。
かつて俺には、心から敬愛して忠実に仕えていた方がいた。美しく清廉で気高く……弱音を吐くところなど一度も見せることのない、素晴らしい方だった。
俺はあの方のことをよく見ていたつもりだった。だがそれが本当にあの方の持つ真実の姿だったのか、今となっては分からないんだ。それこそ、俺が望む姿ばかりを見ていたのかも知れない。
だからその魔法使いももしかしたら、人を惑わせていたのではなく、人が惑っていただけなんじゃないだろうか。
いや、何度も言うが魔法や呪いには本当に詳しくないぞ。これは想像だ。
……その魔法使いは、今どうなっていると思うかって?
そんなものは、決まっている──
◆
この物語は、この世でいちばん美しい魔法使いと臆病な騎士さまのおはなしです。
おはなしは、いつもここで終わります。
そして二人は幸せに暮らしました。
──めでたし、めでたし。
了




