お泊り会は危険がいっぱい
第十七章 九条綾乃の秘密
夜は静かだった。
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時計を見る。
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午前二時半。
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みんな寝ている。
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ひまりは大の字。
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美月はクッションを抱えている。
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理央は静かに眠っていた。
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私は目を開けたまま天井を見つめる。
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眠れなかった。
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理由は分かっている。
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色々ありすぎたのだ。
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恋バナ。
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お風呂。
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理央の追及。
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精神的にはマラソンを完走した気分だった。
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それなのに。
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頭だけが妙に冴えている。
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(麦茶でも飲もうかな)
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私は静かに布団から抜け出した。
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音を立てないように部屋を出る。
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廊下は暗かった。
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階段を降りる。
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そして。
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キッチンへ向かった。
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◇◇◇
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冷蔵庫を開く。
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麦茶を取り出す。
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コップへ注ぐ。
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それだけで少し落ち着く。
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一口飲む。
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冷たかった。
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「美味しい……」
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思わず呟いた。
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その時だった。
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「同感ね」
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声がした。
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私は飛び上がりそうになった。
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振り返る。
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そこにいたのは。
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綾乃だった。
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「びっくりした……」
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「ごめんなさい」
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綾乃が小さく笑う。
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どうやら向こうも眠れなかったらしい。
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「綾乃も?」
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「ええ」
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冷蔵庫から麦茶を取り出す。
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そして。
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向かい側の椅子へ腰を下ろした。
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深夜。
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誰もいない食卓。
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私と綾乃だけ。
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少しだけ。
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緊張する。
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◇◇◇
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「眠れないの?」
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綾乃が聞く。
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「うん」
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私は頷いた。
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「慣れない場所だから」
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「分かるわ」
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綾乃も頷く。
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「私もそう」
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意外だった。
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「綾乃ってどこでも寝られそうなイメージ」
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「何そのイメージ」
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少し笑われた。
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「完璧そうだから」
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正直な感想だった。
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すると。
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綾乃は苦笑した。
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「買い被り過ぎよ」
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「そんなことないと思うけど」
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「あるわ」
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即答だった。
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珍しい。
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綾乃が強く否定するのは。
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◇◇◇
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少し沈黙が続く。
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けれど。
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不思議と居心地は悪くない。
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麦茶を飲む音だけが響く。
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「悠」
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「ん?」
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「私ってそんなに完璧に見える?」
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私は少し考えた。
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そして。
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「見える」
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即答した。
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勉強ができる。
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運動もできる。
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周りから信頼されている。
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落ち着いている。
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正直。
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羨ましいくらいだ。
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綾乃は複雑そうな顔をした。
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「そう」
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短い返事。
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そして。
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コップの表面を指でなぞった。
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何かを考えているみたいだった。
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◇◇◇
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「私ね」
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綾乃がぽつりと言う。
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「中学の頃」
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「うん」
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「大失敗したことがあるの」
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意外だった。
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私は黙って聞く。
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「生徒会をやっていたの」
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綾乃は続けた。
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「その時」
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「全部一人でやろうとした」
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少し自嘲気味な笑顔。
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「迷惑をかけたくなかったから」
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「頑張った?」
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「頑張り過ぎた」
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綾乃は小さく頷いた。
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「結果的に倒れたの」
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私は目を丸くする。
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「倒れた?」
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「ええ」
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「文化祭直前に」
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笑い話みたいに語る。
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でも。
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その時はきっと笑えなかった。
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そう思った。
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◇◇◇
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「その後」
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綾乃が続ける。
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「周りにたくさん迷惑をかけた」
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「みんな優しかったけれど」
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「私は悔しかった」
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夜の静かな声。
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だからこそ。
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言葉がよく響いた。
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「それ以来」
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「ちゃんとしなきゃって思うようになったの」
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綾乃は笑う。
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少し寂しそうに。
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「失敗しないように」
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「期待を裏切らないように」
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私は黙った。
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その気持ちが。
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少し分かる気がしたから。
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私も。
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ずっと秘密を隠しながら生きている。
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失敗したら終わる。
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そんな恐怖といつも一緒だ。
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◇◇◇
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「でもさ」
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気付けば口を開いていた。
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綾乃がこちらを見る。
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「失敗したから今があるんじゃない?」
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「え?」
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「その経験がなかったら」
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「今の綾乃じゃなかったかもしれないし」
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自分でも驚くくらい自然に言葉が出た。
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「それに」
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私は続ける。
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「完璧な人なんていないと思う」
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綾乃が少し目を見開く。
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「恋バナの時も言ってたよね」
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「欠点ごと受け入れられる人がいいって」
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「あ……」
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綾乃が固まる。
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覚えていたのかという顔だった。
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当然覚えている。
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わりと印象的だったから。
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「だったら」
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私は笑う。
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「綾乃だって失敗していいんじゃない?」
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静寂。
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数秒。
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いや。
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もっと長かったかもしれない。
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そして。
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綾乃はふっと笑った。
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それは。
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今日見た中で一番自然な笑顔だった。
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「ありがとう」
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その一言だけだった。
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けれど。
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妙に嬉しかった。
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◇◇◇
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「悠って」
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綾乃がこちらを見る。
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「不思議ね」
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嫌な汗が出た。
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「え?」
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「落ち着くの」
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予想外だった。
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「私が?」
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「ええ」
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綾乃は頷く。
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「話しやすいし」
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「安心できる」
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心臓が少し跳ねた。
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正直。
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嬉しかった。
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でも。
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少し苦しかった。
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私は綾乃に大きな秘密を隠している。
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それなのに。
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信頼されている。
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だから。
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少しだけ申し訳なかった。
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◇◇◇
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時計を見る。
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午前三時半。
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意外と時間が経っていた。
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「そろそろ寝ましょうか」
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綾乃が立ち上がる。
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「そうだね」
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私も頷いた。
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二人で部屋へ戻る。
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暗い部屋。
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変わらない寝息。
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ひまりは相変わらず大の字だった。
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少し笑ってしまう。
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「おやすみ」
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綾乃が小さく言う。
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「おやすみ」
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私も返した。
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そして。
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布団へ入る。
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目を閉じる。
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今日一日。
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色々あった。
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でも。
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悪くなかった。
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むしろ。
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楽しかったと思う。
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そして。
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綾乃のことを。
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少しだけ知れた気がした。
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完璧に見える人にも。
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悩みがある。
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不安がある。
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弱い部分がある。
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それを知れたことが。
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なぜだか嬉しかった。
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知らないうちに。
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私と綾乃の距離は。
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少しだけ近付いていた。
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第十七章 九条綾乃の秘密 完




