第三十一話 自分で彼のもとへ向かう
翌日の白の間には、曜日を示す色が一つもない。
候補令嬢が王宮へ集まる日は、これまで曜日ごとに定められた色を身につける決まりだった。
月曜日の白、火曜日の赤、水曜日の紫。私は日曜日の金色。
今日は、七人とも自分で選んだドレスを着ている。
アンネは深い緑。リディアは薄桃色。マルグリットは騎士服に近い濃紺。エリザは落ち着いた褐色。クララは淡い青。セシリアは飾りのない灰色。
私は、タイムの若葉に似た色を選んだ。
玉座の前には国王と王妃、王会議の議員、七家の代表が並んでいる。
家長たちの顔は硬かった。
娘を候補へ置くことで得ていた発言力や利権を失う者もいる。制度の廃止を、ただの祝いとして受け取れないのだろう。
レオナルトが一歩前へ出た。
「王会議の承認を受け、本日をもって王太子妃候補制度を廃止する」
広間へ、静かなざわめきが広がった。
「曜日ごとの面会権は消滅する。候補であったことを理由に、七人へ婚姻、修道院入り、家督放棄その他の不利益を強いることも禁じる」
エリザの父親が何か言いかけたが、国王が手を上げて制した。
「王家との取引、領地への支援、官職については、候補との婚姻可能性ではなく、内容と能力で審査し直す。七人が今後何を望むかは、一人ずつ本人から聞く」
マルグリットの背が、少しだけ伸びた。
クララは胸元の楽譜へ手を置き、アンネは抱えていた本を握り直した。
まだ、誰の将来も決まっていない。
決められていない時間は、不安だ。
けれど誰かに先に答えを与えられるより、自分で迷う方がよい。
レオナルトは七人へ向き直り、深く頭を下げた。
「長く続いた制度により、選ぶ権利を奪ったことを、王太子として謝罪する」
王太子が、公衆の前で頭を下げる。
広間が静まり返った。
階段事故と嫌がらせについては、別途正式な調査が続く。
セシリア家の隠蔽も、侍女の行為も、制度廃止で曖昧にはされない。
宣言が終わると、両親に控室へ呼ばれた。
父は扉が閉じるのを待ち、私のドレスへ目を落とした。
「候補制度は終わった。だが、殿下のお気持ちは変わっていないと聞いている」
「……はい」
「公爵家としては、正式な求婚を受けることに異論はない」
以前なら、その言葉に安堵しただろう。
家の望みと自分の望みが同じなら、何も悩まず頷けた。
けれど今は、頷く前に言わなければならないことがある。
「私は、王太子妃になることを選びました。ですが、公爵家のために選んだのではありません」
父の緩みかけた口元が止まった。
「レオナルト様を好きだからです。殿下の隣で、この国のために働きたいと、私が決めました」
両親をまっすぐ見据える。
「今後は、私の人生を私より先に決めないでください。殿下の隣に立つことも、離れることも、何を学び、何を諦めるのかも、まず私に尋ねてください」
「私たちは、あなたのためを思って……」
「わかっています。だからこそ、気づくのが遅くなりました」
悪意があれば、怒ることは簡単だった。
両親は私の将来を案じ、最善だと信じる道を選んだ。
レオナルトと同じように。
父が長く息を吐いた。
「殿下が婚約者だと名乗られたとき、訂正すれば、お前を公爵家へ連れ戻すことになると思った」
少しだけ言葉に詰まる父が何を言うのか……黙って続きを待った。
「階段から落ちたお前を、候補制度の中へ戻すより、殿下の保護下へ置く方が安全だと判断した。お前が殿下を慕っていたことも知っていたから、望んでいた未来に近いのだと思った」
「ですが、私には確認なさらなかった」
「そうだ。お前が望んでいるかを確認しなかった点では、私も殿下と同じだった」
父は、言い訳を重ねなかった。
母は膝の上で指を組む。
「私は、殿下に選ばれることが、あなたの幸せだと思い込んでいたわ。幸せになってほしいと言いながら、どの形が幸せなのかを、私が決めてしまっていたのね」
「お母様」
「ごめんなさい、フィオナ」
謝罪を聞いても、これまでの息苦しさが消えるわけではない。
それでも、両親も言葉にした。
「次からは、お前に尋ねる」
「一度でお忘れにならないでくださいね」
「ああ」
「そこは、必ずと仰ってください」
父は一瞬目を見開き、やがて小さく笑った。
「必ず尋ねる」
「……はい」
完全にわかり合えたわけではない。
けれど、自分の人生について、自分の言葉で両親へ伝えたのは初めてだった。
控室を出ると、オルガが廊下で待っていた。
「フィオナ様。レオナルト殿下が、日曜日のガゼボでお待ちです」
今度は、日曜日の予定に従うためではない。
候補として呼ばれたからでも、公爵家に命じられたからでもない。
自分で彼のもとへ向かう。
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