第二十二話 婚約者候補は終わらせよう
「アンネ様。月曜日の面会で、殿下とは何をお話ししていたのですか」
私が尋ねると、アンネは青ざめた顔で本を抱え直した。
「本の、お話を……」
「それだけですか?」
「家のことも、少し」
声はか細く、追及すればすぐに何かを吐き出しそうだった。
月曜日の紙へ視線を落とす。
アンネの家は近頃、財政が苦しいと噂されている。
候補であり続けることが、家にとってどれほど重要なのか。調べなくても想像はついた。
「私の日曜日について、何度も不満を仰っていましたね」
「申し訳ございません」
アンネは反射的に謝った。
「父から、もっと殿下へ近づくようにと言われていて……でも、私は、何をお話しすればよいのかわからなくて。フィオナ様は一日中お側にいられるから、羨ましくて」
一日中そばにいられても、心は遠かった。
そう返したくなる。
けれどアンネの膝の上では、両手が震えていた。
もし、ここで父親の命令や家の事情を一つずつ言わせたら。
次にリディアを立たせ、噂を流した相手の名を吐かせたら。
マルグリットへ通用口を知っている理由を、エリザへ商家との関係を、クララへ王妃宮へ報告した内容を尋ねたら。
勝てるかもしれない。
記憶を失った被害者として、婚約者だと公言された令嬢として、六人の言葉尻を捉え、候補の座から追い落とせるかもしれない。
それで、自分は自由になるのだろうか。
アンネへ次の質問をしようとして口を閉じた。
「フィオナ様?」
「……違う」
自分へ向けた声。
候補令嬢たちは、王太子の隣へ立つため、曜日を与えられた。
どの本を見せるか、何を報告するか、どの家と取引するか。
自分の望みだけではなく、家から背負わされた役目を持っている。
私も同じ。
日曜日に座り、笑い、傷ついても帰らなかった。
それを自分で選んだのだと思いたかったが、本当は公爵家と制度に置かれた場所から動けなかっただけだ。
今、自分が六人を一人ずつ立たせ、答えを強いるなら。
誰が残り、誰が去るかを、私が決めるなら。
王家が七人へしてきたことと、何が違うのだろう。
卓上の紙を重ね、伏せた。
「……やめます」
「何をです?」
「皆様を一人ずつ問い詰め、私が納得する答えを言うまで追い詰めることを」
「今さら、怖くなったのかしら」
「怖いです。また何かを壊されることも、階段から落ちることも怖い。ですが、自分が傷ついたからといって、皆様の人生を私が決めることも怖いのです」
六枚の紙へ右手を置く。
「私は、記憶を失ったあとで、初めて自分の望みを口にしました」
厨房へ行きたい。
土へ触れたい。
剣を持ちたい。市場を見たい。
本当は記憶を失っていない。その罪悪感を抱えたまま続ける。
「自分で選びたかった。誰かが決めた正しい令嬢ではなく、自分が何をしたいのかを知りたかった」
「それと、今の話に何の関係が?」
「私が自由になるために、皆様から選ぶ権利を奪うのなら、それは私が欲しかった自由ではありません」
ガゼボへ風が入り、紙の端が揺れた。
マルグリットが組んでいた腕を解く。
クララは楽譜を抱き直し、エリザは初めて私の顔を見た。リディアは何も言わない。
「嫌がらせについては、近衛の調査を受けます。私を階段から落とした経緯についても、いつか正しく話していただきます」
最後の言葉を、セシリアへ向ける。
藤色の扇の陰で、彼女の唇が白くなった。
「ですが、候補を続けるか。殿下へ何を望むか。この制度の外で何を選ぶかは、皆様ご自身が決めるべきです」
「綺麗事ですわ!七家が好き勝手に動けば、王家との均衡が崩れます。私どもは個人としてここにいるのではありません」
「だから、セシリア様も苦しいのではありませんか?」
「苦しくても、務めです」
五年間の私も、同じことを考えていた。
苦しくても、日曜日へ行く。
王太子妃候補だから。
「私は、もうその言葉だけでは耐えられません」
伏せた紙を卓の中央へ押した。
「候補としてではなく、一人の人間として何を選ぶのかを考えたいのです」
「もういい」
レオナルトが、白い柱の向こうから姿を現した。
「殿下。外でお待ちいただくお約束でした」
「聞くつもりはなかった。だが、これ以上はフィオナだけが背負うことではない」
彼は七人の令嬢を見渡した。
「もういいんだ。婚約者候補は終わらせよう」
レオナルトの言葉に、ガゼボの空気が張りつめた。
六人の令嬢たちは、すぐには反応できなかった。
誰もが幼い頃から、王太子妃候補であることを前提に育てられてきた。
突然終わると言われても、喜ぶべきか、怒るべきかさえ決められないのだろう。
「殿下!候補制度は、殿下一人のお考えで廃止できるものではございません」
「セシリア。そんなことはわかっている」
レオナルトはガゼボへ入り、私たち七人の前へ立った。
「正式な廃止には、国王と王会議の承認が必要だ。七家との協議もいる。だが、曜日ごとの面会は本日をもって停止する」
「そのようなことをすれば、各家が黙っておりません」
エリザが帳面を閉じる。
「王家との取引も、領地への支援も、候補制度を前提に調整されております」
「候補から外れたことを理由に、不利益を受けない暫定命令を出す。取引や支援は、本人との婚姻可能性ではなく、内容で審査し直す」
「王妃陛下は、ご承知なのですか」
「これから話す。これまで候補令嬢の様子を報告させていた件も含めて」
クララの顔が青ざめる。
レオナルトは、すでに候補令嬢たちの役割を把握しているらしい。
いつ調べたのか。私が怪我をしてからなのか、それ以前からなのか。
「私は候補をやめても、騎士団の訓練場へ入れるのか」
マルグリットが、思いがけないことを尋ねた。
「候補であるかどうかと、剣を学ぶことは関係ない」
「なら、私は異論はない」
「マルグリット様!簡単に仰らないで。候補でなくなれば、私どもの家での立場がどうなるか」
「リディア落ち着け。家へ戻す前に一人ずつ希望を聞く」
レオナルトが答えた。
「候補を外された罰として、望まぬ婚姻を命じることも禁じる。王家が始めた制度のために、七人が家から責任を負わされることは許さない」
正しい。そう思った。
候補制度を止める。家へ戻したあとも守る。七人の希望を聞く。
今の状況で必要な処置なのだろう。
けれど、レオナルトはまた、すべてを一人で決めている。
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