表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
日曜日だけの婚約者候補でしたが、王太子殿下が私を婚約者だと言い張りはじめました  作者: 木風


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/15

第一話 七人の候補令嬢

「……また日曜日が来るのね」


 王太子の婚約者候補は、七人いる。


 二百年以上前、クラウディア王国では王位継承を巡り、七つの大貴族家が対立した。

 一家だけが王太子の婚家となれば、残る六家が結束して王家へ刃を向けかねない。

 内乱寸前まで進んだ争いを収めるため、王太子が成人するまでは正式な婚約を禁じ、七家の令嬢へ曜日ごとの面会権を与える妥協法が作られた。


 月曜から土曜までは、学園や公務の後に一、二時間。

 公式行事の少ない日曜日だけは、朝から夕刻まで。


 そのため日曜日の候補は、事実上の最有力と見なされている。

 ベルクハイム公爵家の長女である、私は、その日曜日だった。


「フィオナ様なら、きっと王太子妃になられるわ」

「だって、日曜日ですもの」


 王宮へ向かうたび、同じ囁きを聞く。

 私は今日も、白い手袋をはめた指を膝へ重ね、微笑んで聞き流す。


 朝から夕刻まで王太子を独占できる、誰もが羨む日。

 けれど私にとって日曜日は、週の終わりに必ず訪れる冷たい水のような時間に他ならない。


 庭園のガゼボでは、王太子レオナルト・クラウディアが書類を読んでいる。


「ごきげんよう、殿下」

「ああ」


 灰色の瞳は、紙面から上がらない。

 女官が紅茶を注いだ。柑橘の香りが湯気とともに立ち上る。

 私が好む茶葉だが、レオナルトが選んだものではないことくらい、五年間通えばわかってしまう。


「先日、北部原産の薔薇が咲いたとうかがいました。花びらの縁が波打つ品種だそうです。もしよろしければ、ご一緒に――」

「庭師に案内させる」


 拒絶ではない。

 けれど誘いを受けてもいない。


「殿下は、最近お忙しいのでしょうか?」

「執務は増えている」

「どうか、ご無理はなさらないでくださいませ」

「問題ない」


 そこで会話は切れた。


 日曜日は長い。

 一つの沈黙が、どこまでも伸びる。


 昼食には白身魚の香草焼きと季節野菜のスープが出た。

 どちらも丁寧に作られているのに、味が遠い。

 ただただ定型のような決められた所作で口へ運び、笑顔で給仕へ礼を告げた。


 レオナルトは食事の間にも書簡へ目を通している。


「急ぎのご用件でしたら、私は先に失礼しても……」

「予定通りでいい」


 予定通り。

 自分は日曜日の予定表に書かれた一項目なのかもしれない。


 午後、庭師に案内され、一人で薔薇を見た。

 淡い桃色の花弁からは、青みを帯びた涼しい香りがした。綺麗だと思う。

 けれど、できることなら彼と見たかった。

 ガゼボへ戻ると、レオナルトは一度だけ顔を上げた。


「見てきたのか」

「はい。とても美しい薔薇でした」

「そうか」


 それだけ。

 夕刻、私はいつものように膝を折る。


「本日も、ありがとうございました」

「ああ。また一週間後に」


 馬車へ乗り込むまで、笑顔を崩さずに。

 冷たい言葉を投げつけられたわけではない。

 侮辱されたわけでもない。


 ただ一日をかけて、何もなかった。

 それが五年間、毎週続いている。


 日曜日は最も長い。

 だからこそ、王太子の心が自分にないことを、誰より長く確かめさせられる曜日だった。


 それでも私は、また次の日曜日へ向かう。

 十二歳の夜、レオナルトが見せた優しさを、まだ捨てられずにいたからだ。


 学園にいけば、どこからともなく自分の知らないレオナルトの話を聞かされる。


「殿下は、私がお貸しした本を最後まで読んでくださいましたの」


 候補令嬢用の談話室で、月曜日のアンネが頬を赤くする。

 胸元へ抱えた本の角を、細い指が何度も撫でていた。


「火曜日には孤児院の報告を聞いてくださいましたわ。殿下は実地のお話がお好きみたい」

「木曜日のマルグリット様は、剣術までご覧いただいたのでしょう?」

「見たいとおっしゃったわけではない。私が見ていただきたかっただけだ」


 窓辺に立つマルグリットは、淡々と返した。

 金曜日のエリザは、王家へ提案する毛織物の見本を帳面へ挟んでいる。

 土曜日のクララは、新しい曲の楽譜を胸へ抱いていた。


 そして中央には、水曜日のセシリアが座っている。

 ラングドン侯爵家はベルクハイム家に次ぐ家格を持ち、王妃宮にも多くの縁者を置いていた。

 藤色の扇を手にした彼女は、誰の話にも涼しい顔で相槌を打っている。


「日曜日を丸ごといただいているフィオナ様には、珍しくもないお話でしょうけれど」


 扇の陰から、微笑みが向けられた。


「殿下はお忙しい方ですもの。それぞれのお時間を大切になさっているのでしょう」


 この答えもいつものこと。正しい答えを選んだだけ。


 自分には朝から夕刻まである。

 けれど、本の感想を語り合ったことも、好きなものを見せたこともない。

 レオナルトが何を好み、何を面白いと感じるのかさえ知らなかった。


「日曜日は特別ですわね」


 セシリアが続ける。


「私どもが一時間を得るために家同士で交渉している間、フィオナ様は殿下のお時間を一日中、独占できるのですもの」

「独占などしておりません」

「では、譲ってくださいますか?」


 談話室が静まった。

 譲れるものなら譲りたい。

 でも、それを口にしてしまえば、五年間耐えた自分も、家族の期待も、十二歳から抱えてきた想いも、すべて無駄になってしまう。


「制度で決められたことですから」


 結局、また正しい答えを選んだ。

 セシリアの扇が、ぱちりと閉じる。


「さすが、最有力候補ですこと」


 甘い菫の香りが、彼女の動きに合わせて揺れた。

 午後の授業が終わると、アンネは王宮の書庫へ向かった。マルグリットは剣術場へ、クララは音楽室へ行く。それぞれが、短い時間へ自分の好きなものを持っていく。


 私だけが、日曜日へ何を持っていけばよいのかわからない。

 翌週の日曜日、彼女は思い切って、レオナルトへ尋ねた。


「私は、殿下のお時間をいただく候補として、至らないところがございますでしょうか?」


 書類の上で、彼の手が止まる。


「急にどうした」

「急ではありません。私との時間がご負担なら、改めなければと思いました」

「負担ではない」

「では、何かお気に召さないところが?」

「お前に落ち度はない」


 落ち度はない。

 叱られたわけではない。失格だと言われたわけでもない。

 それでも安堵できなかった。


「私と過ごす日曜日を、退屈だとお思いではありませんか……?」

「退屈ではない」


 彼はそう言い、書類へ視線を戻した。


 負担ではない。

 落ち度はない。

 退屈ではない。


 どの言葉にも、私自身を望む気持ちはなかった。


「候補として不安になることもあるだろう。だが、お前は今まで通りでいい」


 今まで通り。

 五年間と同じように、笑い、話題を探し、冷めた紅茶を飲めばよい。


 この時間が心を痛めつけるのに、誰にも譲りたくない。

 なんと愚かなことだろう。


「はい……」


 返事をするだけで、喉が痛んだ。

 帰り際、レオナルトは何かを言いかけ、結局「気をつけて帰れ」とだけ告げた。

 その短い言葉が、十二歳の夜を思い出させる。


 優しかったあの人は、今もどこかにいるのだろうか。

 私は、その夜、机の引き出しを開けた。

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。



こちらの作品もよろしくお願いします
▶ 【連載版】伯爵令嬢セシリアは今日も修羅場に遭遇する
異世界恋愛/婚約者の浮気/修羅場コメディ/証人集め/婚約解消/冷静令嬢/ざまぁ/ハッピーエンド
本作品の文章・タイトル・設定等の無断転載、無断複製、生成AIへの入力および学習利用を禁じます。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ