5 葬送の舞
魔族の襲撃により、ラグナディア雷帝国は現時点で住人の3分の1が死亡、多数重傷者を抱えることとなった。
回復魔法が使える者は総出で治療している。
住人は経験者が圧倒的に少なかったため、ミュゼリアとベアルリアが指揮を執って、一人一人の命を可能な限り繋いでいた。
「ベルゼブブは魔法学校を狙っていたようですね。雷帝が魔法学校の生徒として通っていると知っていたのでしょうか。まぁ、教師としている可能性は考えられますが・・・クク、どこで情報が漏れたのでしょうね」
ベルフェゴールが笑いながら、ハーブティーとクッキーをダナフォルトの前に差し出す。
「まさか、お前がベルゼブブを誘導したわけじゃないだろうな?」
「あははは、それはありえないってことは、ダナフォルト様がよくご存じでしょう? 目の契約があるのですから、ね」
ベルフェゴールがダナフォルトの目を指す。
「まず、私はベルゼブブが嫌いです。品が無い悪魔は嫌いなのでね。それなら高貴な魂を持つダナフォルト様といたほうがいいですから」
「・・・高貴ねぇ」
ダナフォルトがハーブティーを一口飲んで、息をつく。
立ち上がって、ふっと笑みを浮かべた。
「どうされたのですか?」
「俺も平和ボケしてたな、ってつくづく思ったんだよ。上位魔族が復活しているとは・・・ガードグ、エレナ、ドルゴールとの旅が終わった時点で、永久に平和が続くと思い込んでいたんだ」
「人間はそうゆうものですから。いいほうにいいほうに考えたくなるのです。そして、悪いものは誰かのせいにしたくなる」
「・・・・・」
「ダナフォルト様」
ベルフェゴールが目を細める。
「ダナフォルト様が、もし、悪魔になりたいのでしたらいつでも歓迎しますよ」
「ベルフェゴール・・・」
「私、怠惰のベルフェゴールの席ならば、是非お譲りしたく思います。いえ、ダナフォルト様なら・・・・」
真剣な表情で片手を胸に当てる。
「魔族の王にでも・・・」
「遠慮しとくよ。あいつらの仲間でいたいからな」
「でも、ドルゴールも死んでしまったでしょう?」
「・・・・・・!」
ダナフォルトの足が止まる。
「ダナフォルト様が、人間が嫌いなのはよくわかっておりますよ。私に嘘はつけませんから」
「・・・でも、あいつらが守り抜いたものを否定するわけにはいかない・・・俺の中で3人とも生き続けるんだよ。じゃあ、その辺片付けといて」
「はぁ・・・やはり、つれない方ですね。全く・・・」
「俺が外に出るまでには終わらせて、ちゃんとついてこいよ」
「かしこまりました。ダナフォルト様」
ダナフォルトが手をひらひらさせて部屋から出ていった。
ベルフェゴールがため息をついて、本を片付けていく。
「ダナフォルト様・・・・・」
「雷帝ダナフォルト様!?」
「嘘だろ? 雷帝? 子供なのか!?」
「そんなわけないだろう。だって、かつての英雄はもう死んだと」
「でも見たんだ! この目で、ダナフォルトが・・・」
屋敷の柵を開くと人だかりができていた。
ダナフォルトが無言のまま、真っすぐ前を見て歩いていく。
「だって、あいつはレベル0だ!! ありえるかよ!」
住人の混乱が伝わってきた。
全員、軽症だが何かしらの傷を負っている。
ダナフォルトがぱっと周りを見て、アステリア魔法学校の者がいないか確認していた。
「ダナフォルト様」
人間と妖精族のハーフの少女、メイドのアルトがダナフォルトの前に走ってきた。
短い髪は2つに結び、黒いベールのようなものを被っている。
「こちらになります。準備は整っております」
「あぁ、ありがとな」
アルトが歩き出すと、刃物のようなものが飛んできた。
シュンッ
突然、ベルフェゴールが現れて、刃物をキャッチする。
「!?」
「ん?新品の刃ですねぇ、綺麗な刃です。でも、これは雷帝に向かって投げるものではないでしょう?」
ベルフェゴールが刃を白い布で拭きながら言う。
「じゃあ、ちゃんと説明しろよ!!! 今まで何やってたんだ!? 本当にお前が雷帝なのか!?」
「待って、ルグルさん」
「黙ってられるかよ!」
太った男がダナフォルトの前を遮る。
キィンッ
すぐにベルフェゴールとアルトが刃を突き付けた。
「っ・・・・」
「ダナフォルト様に近づくな」
「ダナフォルト様に触れるなら殺します。下種な人間どもが」
ベルフェゴールが吐き捨てるように言う。
「お、俺は、家族を失ったんだぞ!?」
「クククク、じゃあ、私が貴方もご家族のところへ連れていってあげましょうか? あまり、私を甘く見ないでください。ダナフォルト様の命に逆らわないようにするため、殺さないだけですから」
ベルフェゴールが目を吊り上げた。
「よせ、2人とも」
ダナフォルトが手を上げる。
ベルフェゴールとアルトが瞬時に離れた。
「そうだよ。俺は112年前、3人の英雄と共に魔王を倒した、雷帝ダナフォルトだ」
ダナフォルトが凛とした口調で言う。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「あ・・・・」
少しの沈黙が流れた後、一人の女性兵士が声を上げた。
「・・・どうして今まで自分が雷帝だということを言わなかったの?」
「だって、雷帝が生きてるって・・・そんな話一度も・・・・しかも、子供?」
「そうよ。聞いたことなかった・・・帝国の兵である私でさえ・・・」
ざわめきが広まっていく。
怒りのような感情はどんどん伝染していった。
ダナフォルトは自分が責められることを承知でいたから、ミュゼリアたちを連れてこなくてよかったと安堵していた。
「言わない決まりがあった。正体を明かしたから、後で説明する。今は・・・」
「ただの説明で納得すると思うかよ!」
「そうだ! 自分ばかり隠れて、大事なときに自国にいないなんて、何が雷帝だ!! おい、聞いてるのか!?」
「俺は家族を! 俺の命よりも大切な家族を亡くした! 魔族に殺された! あんな一瞬で魔族を殺す力を持ってるんだ。お前は大切な者を目の前で亡くす無力さなんか経験したことないだろうが」
男が号泣しながら叫ぶ。
「ゲルドフ、その辺にしておきなさい」
「どんなに力を持ってたってな! 何もしなければただの役たたずだ!」
「・・・・・・」
あらゆる罵声を浴びながらダナフォルトが歩き出す。
手を出そうとすると、ベルフェゴールが睨みつけるので、誰も行動には移せなかった。
「こちらになります」
「ありがとう。アルト」
アルトが綺麗に寝かせた、ラグナディア雷帝国の死者の前に立つ。
死者の周りでは遺族たちが悲しみに暮れていた。
「は・・・・・?」
「いつのまに・・・あ!リヨン!」
「ここからは、入ることは許されません。死者を弔う聖なる域となりますので」
アルトが強い口調で言う。
ついてきた住人たちが、足を止めた。
ダナフォルトがふわっと飛んで、死者の頭のほうに降りていた。
「俺は見ての通り色々あって歳をとらない。何度も死者を送ってきた。先日は、最後の仲間も死んだ。戻ってきたら、まさかラグナディア帝国の住人も死んでるとはな・・・」
ダナフォルトは目を一度こすってから、大きな杖を出した。
魔力が急速にダナフォルトの元へ集まってくる。
ふぁさぁぁぁ
死者の周りに、真っ白な雪のような花が現れた。
花びらがひらひら舞い落ちてくる。
「綺麗・・・・」
大人の足のほうからひょこっと顔を出した子供が呟く。
「・・・・・」
アルトが何も言わずに、ハープを出して、弦を弾く。
「ったく、つくづく馬鹿だよな。ドルゴールが言っていた、『守るべきもの』を守れなかった。でも、今は死者の魂が道を間違えないように、できることはする。雷帝としてではない。ラグナディア雷帝国の民として、だ」
「・・・・・?」
住民は何が始まるのかわからず、困惑していた。
「古の舞らしいですよ? 皆さん知らないのですか?」
ベルフェゴールが後ろを向いて住民に問いかけたが、誰もがぽかんとしていた。
「ま、私も知りませんけどね」
肩をすくめる。
「ダナフォルト様」
「あぁ、準備はできてるよ」
ダナフォルトが天を仰いでから、アルトのほうを見る。
ポロン
ダナフォルトがハープの音に合わせて、杖を大きく振りながら舞を始めた。
ラグナディア帝国が建国される前よりも、ずっと昔から伝わってきた、魔力が高くなければ舞えない、『葬送の舞』だった。
青い光、赤い光、黄色い光、紫の光・・・・。
多くの光がダナフォルトの杖の周りに集まり、戯れるように住人のほうへ行った後、空高く消えていく。
「あ・・・アリア・・・」
『ふふ・・・お母さん、大丈夫だからね。もう泣かないで』
黄色い光から、子供の声が聞こえた。
「レナ、どこに行くんだ?」
『空に行くの。もう大丈夫だから、心配しないでね』
呆然として見ていた住人たちは、自分の家族の魂と最期の会話をすると、その場に崩れるようにして泣いていた。
ダナフォルトは死者の魂を送りながら、遠い昔にエレナを送った日のことを思い出していた。
― エレナのための葬送の舞か・・・先に言っておくが、俺の時はやらなくていいからな。化けて出てやる口実が無くなる ―
― ドルゴールが化けて出ても怖くないって。どうせ、ドラゴンの皮膚の色が変わる程度だろ? -
― その時になったら、俺の本気を見せてやる ―
― 死んでから見せにくるなよ ―
ガードグは、ダナフォルトとドルゴールの会話を聞いて爆笑していた。
弔ったばかりのエレナの文句が聞こえてきそうだと思いながら・・・。




