27 月夜の闘技場にて
魔導闘技大会は進むほど、大いに盛り上がっていた。
実戦に不慣れな者も多かったが、勝ち上がるほど力をつけていった。
観客にも熱が入り、ベルゼブブの件以降初めて、ラグナディア雷帝国全体が活気に満ちていた。
ダナフォルトも時折笑いながら民の戦闘の様子を眺めていた。
ベルフェゴールだけが、ダナフォルトの緊張感を感じ取っていた。
まだ、神秘罰騎士団は現れていない。
パパパパパパーン
1日目終了の合図が流れる。
「師匠様!!」
リハーナが弾みながらダナフォルトに駆け寄ってくる。
後ろから疲れ切ったクラウドとナターシャが歩いてきていた。
「勝ち上がりました!」
リハーナが満面の笑みで興奮気味に言う。
「あぁ、よかったな」
「はい! 私の魔法、どうでしたか・・・? 水帝エレナ様と比べて・・・」
「エレナと?」
ダナフォルトが目を丸くする。
「あ、すみません! え、エレナ様の足元に及ばないのはわかってますが・・・・い、今のは忘れて・・・」
「はは、エレナと旅した頃に似てるかもな」
「え・・・」
「エレナも昔から洗練された魔法が使えたわけじゃない。何度も戦って魔法を磨いてきたんだ。エレナが強かったのは、逃げなかったからだよ」
懐かしそうに、長い瞬きをした。
「リハーナも逃げないからな。そうゆうところはよく似てるよ」
「ほ、本当ですか?」
「ちょっと、リナお姉さまに変なこと吹き込まないでくれる?」
モルガーナが巻き髪をふわっとさせながら降りてくる。
「モルガーナ!」
「リナお姉さまは逃げてもいいのです。むしろ敵からは真っ先に逃げてください」
「はぁ・・・」
「何よ、その目」
「別に」
モルガーナとダナフォルトの視線が火花を散らしていた。
「お疲れ、クラウドとナターシャ。ん? やけに疲れてるな」
「自分の実力の無さを痛感してね、恥ずかしい限りだよ」
「私も、何もできなかった・・・」
ナターシャが悔しそうに俯く。
「ラグナディア雷帝国屈指の進学校、アステリア魔法学校の生徒会役員2人が出てこのザマだ・・・生徒に会わせる顔が無い」
「会長はまだみんなから声援受けてたし、魔法が見えてました。でも、私は・・・本当に副会長やってていいのかわかりません」
「いやいや、待てって。2人してそう落ち込むなよ。祭りなんだから」
「だって・・・」
今にも泣きそうなナターシャを見て、ダナフォルトが戸惑っていた。
「甘いのよね」
モルガーナが小声で言って、腰に手をあててため息をつく。
クラウドもナターシャも戦闘に出てくる間も与えず、リハーナが相手を倒していた。
リハーナに近づこうとする敵がいれば、モルガーナが押さえた火力で吹き飛ばす。
完全に2人は蚊帳の外で、取り残されていた。
「出ることに意義があるんだから、気軽に楽しんでくれよ」
「・・・・あぁ・・・」
クラウドが肩を落として、暗い表情のまま頷いた。
「明日も楽しみだな」
ダナフォルトが伸びをして立ち上がる。
ふっと、モルガーナがダナフォルトに近づいた。
「ダナフォルト・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・わかった」
2人が周りには聞こえない周波数の声で話す。
パンパン
「さぁ、今日の夕食は私が作りますよ。ミュゼリアたちもお疲れでしょうからね」
ベルフェゴールが手を叩いた。
「クラウドたちも来る? 美味しいよ、うちの料理」
「ありがとう。でも、今日は遠慮しておくよ」
「会長が行かないなら、私も・・・・」
ナターシャがクラウドの顔色を見る。
クラウドは一人で落ち込んだまま、立ち直れないでいた。
「それは残念ですねぇ。また是非来てくださいね」
ベルフェゴールが胸に手をあてて、笑いかける。
「あ、今日は、ミュゼリアもベアルリアもアルトもクロエも疲れてるしな。俺も手伝おうか?」
「いいえ。私一人で大丈夫です。ダナフォルト様はお料理が下手でございますので、遠慮させていただきます」
「・・・下手ではないと思うんだけど。たまたま、間違えることもあるだけで」
ダナフォルトが不服そうに言う。
「師匠様、料理できないのですか?」
「いや、そ・・・」
「そうですね。3か月前、ミュゼリアとベアルリアが、お腹を壊して寝込んでしまいまして」
ベルフェゴールがダナフォルトが答える前に割り込んだ。
「お腹を壊した?」
「数年前の消費期限の調味料を使ったんだよ。でも、ほら、味が出るかなと思って。俺が食べて美味かったし・・・」
「・・・普通の人間は脆いのですからね」
「ベルフェゴールに言われると複雑だな」
「ふふ、じゃあ、師匠様が作るときは私もサポートしますよ」
「・・・・・」
「帰るぞ」
リハーナが笑うと、ダナフォルトが気まずそうに歩き出した。
アルバスとすれ違うと、軽く手を挙げて挨拶をする。
「あー、リナお姉さまお待ちください。私も行きます!」
モルガーナが表情をころっと変えて、リハーナについていった。
星が瞬く夜、静まり返った闘技場の中心にダナフォルトが降り立つ。
瞳は赤く光っていた。
ダナフォルトが、ゆっくりとフードを取る。
「ダナフォルト、やっと来たのね」
モルガーナが杖を持って、真ん中に立っていた。
「5分遅いわ」
「・・・・雷帝は色々と忙しいんだよ。で? こんな時間に結界を張って来いだなんて、まさか愛の告白とかじゃないだろ?」
ダナフォルトが鼻で笑う。
「冗談じゃないわ・・・・待ってて」
モルガーナが杖を下に向ける。
詠唱を始めると、闘技場に複数の赤い光の線が浮かび上がった。
どの光も真っすぐに、ある場所を指している。
「魔力の追跡か? リハーナのいた場所を指してるな」
「そうよ。でも、追跡じゃない」
モルガーナが息をつく。
「観戦中、リナお姉さまを攻撃しようとした痕よ。58回ね」
「!?」
ダナフォルトが目を見開く。
怒りで血管が浮き出ていた。
「私が全て防いだの。リナお姉さまに見つからないようにね」
「全方位から・・・って・・・」
「攻撃する直前まで相手のことは見えなかった。誰が狙っていたか、顔さえ見ることはできない。見えないように防ぐのに必死で、ただ、痕跡だけ残るようにすることしかできなかった」
モルガーナがダナフォルトを見上げる。
「もし、私が見逃したら、リナお姉さまは連れていかれてたわ。相手も私をモルウェンだってわかったのかもね。次はもっと対策を練ってくるかもしれない」
「・・・・・」
「ダナフォルト、貴方は確かに強い。でも、雷帝という立場がある。リナお姉さまを守れないのよ」
モルガーナが杖を見つめながら、冷たい口調で言う。
「1日目でも相当盛り上がったでしょ? 魔導闘技大会は十分じゃない? 明日からの開催は中止して・・・」
「いや、続行する」
「ダナフォルト!」
モルガーナがダナフォルトに杖先を向けた。
目が微かに潤んでいる。
「リナお姉さまは死なないかもしれない! でも、痛みはあるのよ! 神秘罰騎士団に連れていかれたら何をするか・・・」
「もし、リハーナに何かあれば、この国ごと魔界に沈めてやるよ」
冷淡な声だった。
「え・・・・」
ぶわっ
ダナフォルトが魔力を解放すると、一瞬で闘技場が闇に包まれた。
モルガーナが杖を落としそうになる。
「神秘罰騎士団は魔界では生きられないだろうからな。リハーナは俺が救う」
「ダナフォルト・・・魔界に沈めるって・・・他の一般国民にどんな影響があるかわかって言ってるの!?」
「わかってるよ。弱い者は死ぬか、人の形を失うか・・・」
「雷帝のすることじゃない、正気じゃないわ!」
モルガーナが信じられないといった表情で、ダナフォルトに訴える。
「モルウェン、俺はおかしいのか?」
「おかしいって・・・言うまでもないでしょ。おかしいに決まってるじゃない・・・雷帝が自国を魔界に堕とすなんて、本気で言ってるの? わ、わかったわ。また、私を騙そうとして・・・」
「本気だよ」
ダナフォルトが真っすぐモルガーナの目を見る。
「っ・・・・・・」
モルガーナが息を呑んで、額に汗をにじませた。
「そりゃ、驚くよな・・・俺は、やっぱり英雄じゃないんだよ。3人と肩を並べられるほどの人格者じゃない」
ダナフォルトが自分の手を見つめながら言う。
黒々とした電流が蛇のように流れていた。
「ダナフォルト・・・」
「状況はわかったよ。さんきゅ、モルウェン。とりあえず、俺は方針を変えない。もし、何かあったら自分の身は自分で守れよ」
「・・・・・・」
ダナフォルトがふわっと飛んで、闘技場から消えていく。
モルガーナが魔法を解いて、杖を握り締めた。
髪を触りながら、ダナフォルトのいた場所を見つめる。
「まったく、バカな英雄ね。水帝エレナ・・・あの子、どうしてくれるのよ。本当にもう・・・」
モルガーナが天を仰いだ。
ダナフォルトの結界が、月明かりに吸い込まれるように無くなっていく。
モルガーナが闘技場を歩きながら、いくつかの魔法陣を張っては消していた。




