19 禁断の楽園
「あ、ベルフェゴール。倉庫に行きますか?」
ミュゼリアが自分の身長よりも、積み上げた本をグラグラさせながら言う。
「ん? この本の量は?」
「ダナフォルト様が新しい本をたくさん購入したそうで、古い本は倉庫に保管しておきたいそうです。結界が必要なようで」
「なるほど、手伝うよ。禁書もあるということだね」
「はい。古い本は禁書ばかりだろうで」
ベルフェゴールがミュゼリアの本を半分を自分の手元に移動させた。
「ダナフォルト様、最近変わりましたね? 霧が晴れたような・・・表現が難しいですが・・・明るくなりましたね」
「はは、リハーナ様が来てからかな?」
「なっ・・・・・・」
ミュゼリアが本をぐらつかせた。
「クククク、ここでやきもちを妬いていても、ダナフォルト様は直接言わなきゃわからないよ?」
「だ・・・ダナフォルト様はみんなのダナフォルト様ですから! す、す、好きだなんて、そりゃ大好きですけど・・・」
「ははは、さすがダナフォルト様はモテるね」
「・・・・・こ、この話はここまでです・・・ダナフォルト様には・・・」
「言わないよ」
「・・・お願いします」
口をもごもごさせながら、どんどん頬を赤くする。
「えっと・・・魔導闘技大会の話聞きました。私もベアルリアと出るつもりです。ダナフォルト様の許可が出れば・・・なのですが」
「きっと、大丈夫。喜ぶでしょうね」
「そうでしょうか・・・?」
「屋敷には私がいるから問題ない」
「・・・はい。ありがとうございます」
ミュゼリアが窓の外を見つめた。
「ダナフォルト様を見かけませんでしたか? お話したいと思いまして、ベアルリアも朝から探していたのですが見つからず、アルトも学校まで見に行きましたがいなかったそうで・・・」
「あぁ・・・ダナフォルト様なら・・・そうだね・・・」
ベルフェゴールがすぐに何かを察知して、長い溜息をつく。
「楽園にでも行ったのかな?」
「楽園・・・ですか・・・? 初めて聞きましたが」
「ここしばらくは、大丈夫だったんだ。そうだね、ダナフォルト様も完ぺきではないんだよ。完璧を演じるのは疲れるんだろうね」
「ん? 転移先のことでしょうか? ダナフォルト様は転移先を教えてくださらないのでわかりませんが、お休みできたら幸いです」
ミュゼリアが不思議そうな顔をする。
「ま、そんな感じだ。きっと、すぐに戻る」
「・・・・?」
「それよりも、本日の夕食は何を作ろうか? たまにはミュゼリアとベアルリアの好きなものにしよう・・・」
ミュゼリアはもう少し聞きたそうにしていたが、ベルフェゴールがさりげなく話を逸らしていた。
レベナント家、屋敷には長い長い隠し階段を下りた先に、多重結界の張られた地下の部屋があった。
部屋の存在を知る者は、ダナフォルトとベルフェゴールしかいない。
ダナフォルトがゆっくりと歩いていって、ランプに火を灯す。
部屋が明るくなり、王宮の一室のような煌びやかな光景が広がった。
真ん中には絨毯の上に魔法陣が描かれている。
ダナフォルトの詠唱により、発動していた。
『あ、お兄さま・・・』
「よぉ」
『お兄さまー!!』
長い黒髪と白い肌、大きな瞳を持つ、リハーナによく似た美しい少女が現れる。
いきなり、勢いよくダナフォルトに抱きついた。
「っと・・・」
ダナフォルトがその場にしりもちをついた。
『お兄さまとしばらく会ってなかった気がするのです』
「はは、フォルティナに時間の感覚なんてないくせに。こうやって召喚してやっと、会えるんだからな」
ダナフォルトが体を起こして、フォルティナの髪を耳にかけた。
フォルティナがワンピースの裾を直して、満面の笑みを浮かべる。
『お兄さま・・・少し大人っぽくなりました?』
「いつもそう言われる気がする。ま、生きてる時間も長いしな」
フォルティナの下に描かれているのは、悪魔の召喚陣だった。
魂と契約し、召喚する。
ダナフォルトはフォルティナの魂と魔力の供給契約を結んでいた。
フォルティナの魂を、通常の人間の死を辿らず、悪魔の一柱にする魔法だ。
禁忌とされていて、現存する書物には記述が無い。
世の理を曲げる魔法の代償は、未知のままだった。
『呼んでくださって、とっても嬉しいです。最近はどうなっているのでしょうか? ラグナディア雷帝国はいつも通りですか?』
「上位魔族が現れて、大変なことになってるんだよな」
『でも、お兄さまは強いから解決してしまうのでしょう?』
「別に俺は強くないって、フォルティナがよくわかってるだろう?」
『そんなことありません!』
「俺はレベル0なんだから、弱くていいんだよ」
ダナフォルトが力なく笑う。
『もうっ、お兄さまは私の言葉を信じてくれない。駄々をこねますよ』
「こねてみろ」
『やっぱ止めておきます。子ども扱いされたくありませんから』
フォルティナがツンとしていた。
「はは、そういや、魔導闘技大会開くんだよ」
『はっ・・・この状況、久しぶりにお兄さまを独占できてしまうのですね。あわわ、何をしましょう、何からしたらいいのでしょう』
「俺の話聞いてる? 魔導闘技大会って、もっと食いつくと思ったんだけど」
ダナフォルトが呆れたように言った。
『とととと、とりあえず、お風呂にしましょうか? で、でも、久々に会ったからって、いきなり裸ははしたないですか?』
「・・・話、全然噛み合ってない気がするんだけど。まぁ、これがフォルティナだよな」
『お兄さま、今日は1日一緒にいてくださるのですか?』
フォルティナが両手で頬を隠しながら、ダナフォルトの目を見る。
ダナフォルトの瞳はルピーのように光っていた。
「いるよ。いさせてくれ、色々ありすぎて少し疲れたんだ・・・」
『珍しいですね。お兄さまが弱音を吐くの』
「ドルゴールも死んで、上位魔族は復活した。ラグナディア雷帝国に魔族が紛れ込んだんだ。俺も動かざるをえなくてね」
ダナフォルトが伸びをしながら、ベッドのほうへ歩いていった。
『ふふ、お兄さまは、私がいないと生きていけませんものね』
「よく知ってるじゃん」
『大好きなお兄さまのことですから』
フォルティナが魔法陣を踏むと、魔法陣がうっすら光った。
「・・・フォルティナにそっくりな少女に会ったんだ」
ダナフォルトが両手を広げて寝転がった。
「記憶はないみたいだけどな」
『そうですか。では、ますます私が恋しかったでしょう?』
フォルティナがいたずらっぽく笑う。
「・・・・・・・・」
『お兄さま、愛してしますわ。王宮で苦しんでいた私を救ってくださったときからずっと、ずっと、愛しているのですよ』
「いつの話してるんだよ。それに、救ってなんかいない。救えなかったじゃないか・・・あの国は・・・」
『いいえ、救ってくださいました。路頭に迷っていた血のつながらない私を、妹として匿ってくださいました』
フォルティナがするすると服を脱いで、ピンクの下着になった。
『お兄さまは魔力が枯渇して疲れてますね。ベルフェゴールとの契約で、常に魔力は0。瞳を赤くして、魔力を集めなきゃ、魔法を使えない』
フォルティナがダナフォルトの頬に手をあてる。
『でも、私が与えればお兄さまは魔力を持つことができる』
「悪魔だよな。フォルティナは・・・」
『っ・・・!』
ダナフォルトがフォルティナの手を掴もうとすると、フォルティナがびくっとした。
「ん?」
『な、なんだか・・・久しぶりだとなんだか緊張しますね。あまりじろじろみないでくださいね』
「今更、恥ずかしがるなよ」
『お兄さまも、もっと恥ずかしがってください。義理であっても妹に手を出すのですよ。禁断の・・・あ・・・』
「・・・柔らかい」
ダナフォルトがフォルティナの胸に顔をうずめる。
『お兄さまってば・・・』
「お前を妹として見てきたことなんか、一度もないんだよ。100年以上前に連れて来た時から・・・悪魔にしたのは俺なのに、この上なく美しい女神に見える」
フォルティナがダナフォルトをぎゅっと抱きしめる。
『照れますね』
「・・・なぁ、リハーナはフォルティナだろ?」
『・・・・・』
フォルティナが視線を逸らす。
「あいつ、アンデッドなんだよ。どの書物にも記載はなかった。他国から持ってきた本を探しても探しても、見つからない。禁忌に触れてることは確かで・・・」
『お兄さまはどう思いますか? こんなふうに恋人・・・のようなことをすればわかるのではないですか?』
「さっきは、禁断とか言ってたくせに」
『禁断とは言いましたが、したくないわけではありません』
「はぁ・・・できるかよ、んなこと・・・」
ダナフォルトがフォルティナに唇を重ねる。
フォルティナが熱い息を漏らして、強く舌に吸いついた。
『ぁ・・・魔力を与えましたよ。瞳を解いてください。いつものお兄さまのお顔を・・・』
ダナフォルトが瞬きをすると、瞳の色が元に戻った。
魔法陣は煌々と輝いている。
『やっぱり、赤い瞳よりも、黄金の瞳がお兄さまには似合いますね』
「・・・・」
フォルティナが優しい笑みを浮かべる。
「はは・・・悪魔は俺だな。矛盾してるんだ。本当は、フォルティナを穢したくないんだよ。大切な大切な・・・世界で一番大切な女の子だ。ずっと、俺の届かないところにいてほしい。でも・・・」
『ふふ、可愛いお兄さま』
「?」
『悪魔でも、天使でも、お兄さまはお兄さまです。お兄さまが嫌だと言っても、どこまででもついていきますからね』
ベッドの薄いカーテンが揺れる。
ダナフォルトとフォルティナの時間が溶けるように過ぎていった。




