14 新校長の上辺と裏
カナト=ヴァンの訃報は魔法薬調合ミスによる事故として伝えられた。
ほとんどの生徒たちが、カナトが死ぬところを見なかったことが救いだった。
悲しみは変わらないが、思ったよりも混乱は続かなかった。
ナミだけはしばらく休むよう、先生から言われていた。
「感情に左右されて、魔力がブレすぎだ。あれなら、咄嗟の時に動けない」
「はい・・・すみません」
「感情が高ぶるのは当然だから、謝ることじゃないよ。でも、魔力は正常に保てるように。呼吸を意識するんだ」
「はい!!」
リハーナが目を閉じて、魔力を放出する。
アステリア魔法学校の庭で、ダナフォルトがリハーナに指導していた。
「そう、いい感じだね。結構きついでしょ?」
「ふぅ・・・そうですね。呼吸・・・呼吸、と・・・」
リハーナの額にうっすらと汗が滲む。
「あぁ、そのままキープしててくれ。リハーナ、君とカナトに共通して話していた者はいる?」
「いないかと思います。彼とは選択授業でも被っていません」
「・・・そっか、なるほどね」
ダナフォルトがため息をついた。
「師匠様・・・このところ、元気ないですね?」
「別にいつもと変わらないって」
「いつもため息をついているような・・・」
「学校自体が嫌だからなぁ。帝国外の魔族の監視もやらなきゃいけないし、疲れるんだよなぁ」
「そうなのですね・・・」
リハーナがダナフォルトを覗き込む。
「私も早く、師匠様の補佐ができるようになればいいのですが」
パチパチパチパチ
「いいなぁ、ダナフォルト様に直接指導いただけるなんて」
「ハーネス先生」
アステリア魔法学校の校長に就任したハーネスが拍手をしながら近づいてくる。
屈強な肉体と、浅黒い肌が特徴的な先生だった。
知識も多く、魔力もあり、軍出身ということもあって、生徒からの信頼も厚かった。
「ハーネス、久しぶりだな」
「ダナフォルト様、『魔族の刻印』の件、聞いております。別のところに行っており、気づきませんでした。校長就任して早々、大変申し訳ございません!!!」
ハーネスがダナフォルトと視線が合うなり、勢いよく頭を下げた。
「いや、普通は気づけないよ。問題はこの学校に魔族が入ってるってことだ」
「そうですね。俺が帝国騎士団長から教師になって1年ですが、魔族の気配を感じたことはありません」
「だよな。おそらく、上位魔族だし・・・面倒だよ」
ダナフォルトとハーネスが軽く会話をしていた。
「師匠様、ハーネス先生と仲がいいんですか?」
「ハーネスが帝国騎士団長だったときに、一緒に魔族の討伐に行ったことがあるんだよ。もう、10年くらいの付き合いだ」
「はははは、ダナフォルト様がほぼ倒していたので、俺たちはダナフォルト様の戦闘の様子を見ているだけでしたが」
ハーネスが苦笑いをしながら頭を掻いた。
「俺のクラスの先生にはならないの?」
「いえいえいえ、とんでもない。それだけは堪忍をと、先生方に伝えています」
「もっとラフに話していいのに」
「とんでもございません!!」
「あーぁ、ハーネスの校長就任式、見たかったな」
「ダナフォルト様・・・」
「ははは、当時を思い出すな。戦闘で後方から全く動けなかったハーネスが、よくここまで出世したよ」
「む、昔の話はその辺でお願いします」
ダナフォルトがいたずらっぽく言うと、ハーネスが戸惑っていた。
「えっと、ダナフォルト様が学校で笑ってるの初めて見たかもしれません」
リハーナが目を丸くしてダナフォルトを見る。
「え? そうなの?」
ハーネスが聞き返す。
「リハーナ」
「だって、師匠様教室ではため息ばかりついてるじゃないですか」
「暇なんだよ、ガキはガタガタうるさいしな」
ダナフォルトが瞼を重くする。
「ダナフォルト様は先生にはならないのですか? 雷帝ならそちらのほうが」
「ないない、俺が教えられることなんてないって。そもそもレベル0だし、俺の戦い方は誰にも真似できないしな」
ダナフォルトが手をひらひらさせた。
「師匠様は学校嫌いなんです」
「学校嫌い・・・なるほど。ダナフォルト様でも苦手なものもあるのですね」
「そりゃそうだろ」
ハーネスが、口に手をあてて頷いていた。
「なるほど・・・魔族を殺す時はあんなに活き活きしていらっしゃったので・・・このようにだるそうに話すダナフォルト様は、意外に思えてしまって」
「戦闘狂みたいに言うなよ。あ、リハーナ、魔力がぶれたぞ」
「ふふ、すみません」
「なんだよ」
「なんでもないですよ。集中力が切れてしまったので、魔力を練り直します」
子供のようなダナフォルトに、噴き出しそうになっいたのを誤魔化していた。
「ダナフォルト」
生徒会長のクラウドがダナフォルトのほうへ歩いてくる。
「クラウド・・・」
「言っておくけど、あのときカナトを刺したのは仕方なかったからな」
「この前は申し訳なかった!」
突然、クラウドが深々と頭を下げる。
「俺が甘かった。魔族について、勉強していたつもりなのに、何もできなかった。それどころか足を引っ張ってしまい・・・君を誤解して、退学嘆願書の署名を集めてしまったことも・・・」
「いや、いいって。マジで気にしてないから」
ダナフォルトが軽く引きながら手を振った。
「クラウド、早い情報共有ありがとう。君が詳細を覚えていてくれたおかげで、職員会議でも見張りや結界を張り巡らせることができた」
「生徒会長として当然のことをしたまでです」
「これからもよろしく頼むよ」
「かしこまりました!」
ハーネスとクラウドが硬い握手を交わす。
「もう、こんな時間か。じゃ、俺はこれから会議だから」
「はい」
「・・・・・」
ハーネスが庭から出ていくと同時に、生徒会書記・会計補佐のヌヌが駆け寄ってきた。
身長が低く整った顔立ちの中性的な妖精族の少女だ。
すれ違った後、振り返って、ハーネスがどこかへ行くのを眺めていた。
「会長、ナターシャが会長を探してた。本日配った資料について問い合わせが多く来てる。一度全校生徒の前で話したほうがいいと話してた」
「ちょうど、今行くところだよ」
「僕もすぐに向かう。でも、まだ、書類がまとまってなくて、職員室に行ってからになる」
「あぁ、わかった。急がなくていいよ」
「うん」
クラウドが袖をまくって、颯爽と庭から出ていった。
「・・・・・」
ヌヌが立ち止まって、クラウドがいなくなるのを見送っていた。
「・・・・・」
「ん? 俺に何か用事か?」
ヌヌがダナフォルトを見上げてから、ゆっくりと右側を指さす。
「ダナフォルト、上位魔族は校長だった」
「は・・・・?」
ダナフォルトが息をのむ。
「待って、校長って・・・?」
「ハーネスだ」
ヌヌが耳につけていたピアスを取って握り締める。
「いや、ありえない。俺は10年以上前からあいつを知ってるけど・・・」
「昔のハーネスはわからない。今のハーネスは、上位魔族だ」
「どうしてわかる?」
「僕のお姉ちゃんは・・・・妖精族の村で、上位魔族ルシファーに殺された。僕は奴を倒そうと、魔法学校のあるこの地に来た。奴には、『世界樹の葉』でマーキングしてるからわかる」
涙声で言う。
ピアスに埋め込まれた魔法石が赤く輝いていた。
「何年前のことだ?」
「1年前のことだよ。誰にも信じてもらえなかった。でも・・・」
「・・・・・」
ダナフォルトが深く息を吐いて、奥歯を噛む。
「わかった。見るよ」
「この魔法石を見て。青から赤に変色した。ダナフォルトが本当に雷帝なら、魔力が見える」
「・・・・・・・」
「112年前の英雄なら、ルシファーだとわかる」
ヌヌが背伸びをした。
ダナフォルトが瞳を赤くして、腕を組む。
「師匠様・・・?」
「・・・・ヌヌの言ってることは正しい」
「え・・・」
「・・・・ハーネスが上位魔族ルシファー・・・だ」
ダナフォルトは、瞬時に、魔力のズレを感じ取った。
ピアスから放たれる魔力は、新緑の蔦が細く伸びるように、ハーネスが出ていった方角に繋がっていた。




