12 『魔族の刻印』
-------------------------------------------
― XXX年前
アクエリア水帝国の街の入り口で、エレナが魔族の少女の傷を治していた。
魔族の少女は幼げな顔立ちで、見た目は6歳くらいの人間と変わらず、ぼろぼろの服を着ていた。
『大丈夫? 痛いところは無い?』
『うん、お姉ちゃんは旅してるって言ってたよね?』
『そうだよ』
『旅の話、聞きたいなぁ』
魔族の少女がニコッと笑う。
『エレナ、彼女から離れろ!』
『きゃっ・・・』
ダナフォルトがエレナの手を掴んで、思いっきり引っ張った。
ダナフォルトは魔力が無い分、魔族の少女の魔力の変化がはっきり見えた。
エレナのわずかな隙を狙っていた。
『な、何するの!?』
『じゃあね! お姉ちゃん。もう、治ったから大丈夫。ありがとう』
魔族の少女が、門から出ていった。
『あ・・・まだ完全に治癒が・・・』
エレナが追いかけようとしたとき、ちょうどガードグとドルゴールが道具屋から戻ってきた。
『もうっ、ダナフォルトってば・・・離して!』
エレナがダナフォルトの手を振りほどく。
『薬草もそろえたし、しばらく大丈夫そうだ』
『いやー、種族関係なく賑わってたよ。今日は祭りらしいんだ。情報収集もかねて酒場に行こうぜ。酒が飲めないのは、ダナフォルトだけだな。ハハ、ちょっとだけ飲んでみるか? うまいぞ?』
『いいって。ガードグとドルゴール見て、酒飲もうとは思わないって』
ドルゴールがダナフォルトの肩に手を回す。
『ん? エレナ、どうした?』
『・・・・・』
ガードグが聞くと、エレナが視線を逸らす。
『この街に魔族が紛れ込んだんだ。エレナが治癒魔法使って、怪我を治したんだよ。禁止行為だ』
『あー・・・なるほど』
ダナフォルトが言うと、ガードグが全てを察したように頷いた。
『でも、あの子は・・・おそらく元々人間だった子よ』
『そうだよ。『魔族の刻印』だ』
ダナフォルトが瞳を赤くして、低い声で言う。
『一度魔族になったら魔族なんだよ』
『ねぇ、魔族って本当に全員・・・分かり合えないのかな』
『エレナ・・・』
ダナフォルトが呆れて、頭を掻いていた。
『だって、元々人間だったんだよ』
エレナが全員の目を見て訴えるように言う。
『ほら、人間に近い魔族だっているかもしれない・・・って思わない? だって、あの子はまだ小さな小さな少女だったよ? ご両親の話もしてくれて・・・魔族にさせられた』
『あぁ・・・』
ガードグがエレナを見て頷く。
『それに、さっきだって私に攻撃してこなかったもの。色々話を聞いていたの。今日この街でお祭りがあることとか教えてくれて、私も来るといいよって言ってくれたの・・・』
『エレナ』
エレナが杖を握り締めて頷く。
『説教はガードグに任せるよ。ドルゴール、右側から回ってくれ。俺は左側から行く』
『了解』
ダナフォルトとドルゴールが町中に結界を張り巡らせるために走っていた。
魔族の少女は絶対に戻ってくると確信していた。
少女が行動に移したのは祭りの夜だった。
多くの魔族を引き連れて、一気に人間に襲い掛かってきた。
『どうしてこんなことするの?』と、攻撃の直前、エレナが魔族の少女に問いかけた。
― そんなのも、わからないの? —
魔族の少女は牙を出して、怪我を治したときと同じ満面の笑みで答えた。
― ドラゴン族も、妖精族も、人間も、美味しいからに決まってるでしょ ―
ダナフォルトとドルゴールの連携で、幸い死者を出さずに済んだ。
でも、怪我人を多く出してしまったため、エレナは自分を責めていた。
魔族になれば、魔族の考えになる。
人間性を失ってしまうのだ。
残酷な魔法だった。
ダナフォルトたちは『魔族の刻印』のある者が他にいないか調べるのに、数日滞在していた。
混乱状態になるのを避けて、『魔族の刻印』について、住人に話さなかった。
アクエリア水帝国と『魔族の刻印』について、詳細を記載した文書は魔族の手によって焼き払われていた。
112年後の文献には残っていない。
-------------------------------------------
「んー・・・・」
「いかがでしょうか?」
「今のところ、魔族の魔力が入ったような、特有のブレは無いみたいだね。ここに魔族はいないよ」
ダナフォルトが汗を拭って、瞳を元に戻した。
長く息を吐いて、校内の木に寄りかかる。
「よかった・・・私の学校はアステリア魔法学校とは違って、まだまだレベルの低い生徒が多いので、本当によかったです・・・」
ヘカテー魔法学校の校長がほっと胸を撫でおろす。
リハーナが少し離れたところから、ダナフォルトとヘカテー魔法学校の校長のやり取りを見つめていた。
「ラグナディア雷帝国に、まだ魔族がいるとは」
アルバスが顔をしかめて腕を組む。
「他の魔法学校も行ったけど、何も感じなかったんだよな。やっぱり、違和感があるのはアステリア魔法学校だけだ。正直、かなり巧妙な手口を使ってる。俺の瞳のことを知ってる魔族だろうな」
「ダナフォルト様、アステリア魔法学校で『魔族の刻印』を押された生徒は他にもいるのですか?」
アルバスがダナフォルトに詰め寄る。
「確証はないけど、いるとは思ってるよ。先生か生徒か・・・わからないけどね」
「なんと!?」
「公にしないでね。これ以上、住人を混乱させたら面倒だからさ」
「あぁ・・・でも、明日は大々的な行事が・・・」
アルバスが頭を抱えた。
「はい。私ども、他校の校長も出席予定でした。司祭と帝国騎士団長も参加されますよね?」
「そうだ。元帝国騎士団長であり、現在、戦術魔法学を教えているハーネス先生のアステリア魔法学校の校長就任式がある。そのあと、私からこれからの教育について話そうと・・・」
「行事ごとは後回しにしてよ。校長就任式なんか後回しにしてもいいじゃん」
ダナフォルトがアルバスの言葉を遮って、だるそうに言う。
「・・・はい・・・そうですよね、承知しました。昨日徹夜で考えた文書はどこかで共有させていただきます。では、直ちに他の魔法学校の校長、騎士団長に伝えてまいります。失礼します」
「あ、待って」
「!」
ダナフォルトがアルバスを引き留めて、耳打ちする。
「・・・か、かしこまりました」
「よろしくね」
サアァ
アルバスが浮遊魔法を使って、ヘカテー魔法学校の天窓から出ていった。
「どうした? リハーナ」
「申し訳ありません、私の不注意で大事になってしまい」
「いや、早期発見できてよかったんだよ。リハーナは何も悪くないんだから」
「でも・・・・・」
リハーナが俯いたまま、両手を握り締めていた。
ヘカテー魔法学校の校長が、髪を耳にかけて、リハーナの傍に歩いていく。
「リハーナ、私は貴女に感謝してるの。もし、ダナフォルト様がここに来てもらえなかったら、前のことが怖くて、びくびくして過ごさなきゃいけなかったの」
力なく笑う。
「情けないんだけど、私もそこまで戦闘経験ないの。レベルは65あるけど、魔族をたった2体倒しただけ。それで、校長になっちゃったから・・・おかしいよね」
「・・・・・・・」
「ほら、私たちの学校レベルが低い子も多くて、まだまだ魔法を使える子が少なくて・・・以前魔族が襲い掛かってきたときに、ほとんど誰も動けなくてね・・・」
ヘカテー魔法学校の校長が、リハーナの頭を撫でる。
「たくさんの生徒と先生を亡くしてしまったの。もう、あんなこと絶対に起こってほしくない。起こしちゃいけないから」
「・・・先生」
「リハーナ、ごめんね・・・・ありがとう」
ヘカテー魔法学校の先生が、リハーナを抱きしめて目を潤ませていた。
ダナフォルトがヘカテー魔法学校の校舎の、少し欠けた時計台を見つめる。
握り締めた拳には、爪の跡が食い込んでいた。




