11 魔族の足音
「ねぇ、ベルフェゴール、学校ものすごく行きたくないんだけど」
「今までちゃんと行ってたじゃないですか」
「雷帝だってバレてから、めちゃくちゃ気まずいんだよ。先生もどこかよそよそしいしさ」
ダナフォルトがソファーで伸びをしながら、ベルフェゴールを見上げる。
「クククク、見てましたよ。面白かったですねぇ。100年前は英雄だったのに、退学嘆願書を出されるとは・・・爆笑してしまいました。この短時間であれだけの署名を集める生徒たちもすごいですね」
「笑いすぎだろ」
「これだから人間と関わるのは止められないんですよね。特に子供は大人の影響を受けやすく、純粋で可愛らしいですねぇ」
ベルフェゴールが楽しそうにテーブルを拭いていた。
「ガキと過ごすのは面倒なんだよな」
「ご安心を。ダナフォルト様が退学できないように手を回しておりますので」
「だろうと思った。最悪だ・・・」
ベルフェゴールが笑いながら、テーブルにハーブティーを置いた。
ダナフォルトが体を起こして、カップに口をつける。
「・・・でも、お前がアステリア魔法学校に拘るのは何か理由があるんだろ?」
「ダナフォルト様のさらなる成長を祈ってのことですよ。ダナフォルト様は多くの人々と関わってこそ、英雄としての輝きが増すのですよ。私は、ダナフォルト様の光を見たいのです」
「ったく・・・話を逸らすのが上手いよな」
「悪魔ですから」
ダナフォルトが体を起こして、ハーブティーに口をつける。
「あ、弟子を取ったようじゃないですか。あれだけ、頑なに弟子を取ることを拒絶していたのに、意外でしたね。そもそも、心臓が止まっていることを確認したんじゃないんですか?」
「俺の召喚獣を全部倒した。あいつアンデッドなんだよ」
「なんと!」
ベルフェゴールが大げさに驚いた。
「全部、見てたくせに。いちいちリアクションするなって」
「一応驚いてみました。プライバシーは大事なので」
「聞いた限りでは、3回死んだらしい。でも、勝ったんだ。弟子として認めざるを得ないだろ」
ダナフォルトが、ベルフェゴールが作ったチーズケーキをナイフとフォークで切る。
「ん、これ美味しいな」
「ダナフォルト様の好きなブルーベリーを使用しております」
「・・・・なぁ、あいつってフォルティナなのか?」
ベルフェゴールの動きが一瞬止まった。
ダナフォルトがちらっとベルフェゴールを見る。
「さぁ、どうでしょうね?」
「・・・さすがに、それは無いか。フォルティナは・・・・まぁ、3回も死ぬような奴じゃないしな」
自分に言い聞かせるようにして、背もたれに寄りかかった。
トントン
「あ、あの・・・ダナフォルト様。お休みのところ失礼します」
ドアの向こうから、戸惑うようなミュゼリアの声がした。
「どうした? 入れ」
「失礼しま・・・」
「失礼します。師匠様」
ミュゼリアがドアを開けると、大きなトランクを持ったリハーナが入ってきた。
「すごい・・・本がたくさん。古い魔導書もたくさんあるのですね。さすが師匠様のお部屋です。こちらは魔道具ですね。ご自身で錬金されたのでしょうか」
リハーナが部屋の中をぐるっと見渡していた。
「ごほっ・・・」
ダナフォルトが咽そうになってハーブティーを飲み干す。
「なんで屋敷に入ってきてるんだよ」
「弟子は常に師匠様と一緒に居なくてはいけないと思いまして、ここに住まわせていただきたいと思っております。もちろん、家事も一通りできますので、お手伝いいたします」
リハーナが満面の笑みで話す。
「ダナフォルト様、彼女がダナフォルト様の弟子になったというのは本当なのですか?」
ベアルリアがミュゼリアよりも前に出て聞いていた。
「本当だよ」
「「えーっ!?!?!?!?」」
ミュゼリアとベアルリアが同時に屋敷中に響くような声で叫ぶ。
ダナフォルトとベルフェゴールが耳を塞いだ。
「そんな・・・ダナフォルト様に女性の弟子・・・」
ミュゼリアが絶望的な表情で呟く。
「そっ」
「全て事実ですよ。リハーナ様はダナフォルト様の厳しい試験を突破し、ダナフォルト様の弟子になったとのことです」
ベルフェゴールが、ベアルリアの言葉を遮った。
「ということですので、お部屋の用意をしなくてはいけませんね」
「別に一緒に住むことないだろ? どうせ学校で会うんだから」
「いえ、弟子であるからには、師匠様を見て学ばなければいけません。師匠様を支え、師匠様のお役に立たなければ」
「私も同感でございます。ダナフォルト様の執事をしております、ベルフェゴールというものです。よろしくお願いします」
「は、はい・・・」
ベルフェゴールが胸に手をあてて、頭を下げる。
リハーナもつられるように、スカートをつまんで挨拶をしていた。
「・・・・・・・」
ダナフォルトがチーズケーキを食べながら、何か断る理由を探していた。
「み、認めません!」
「ミュゼ?」
熱暴走したミュゼリアが杖を出す。
「いや、ちょっと・・・」
「認めません。だって、ダナフォルト様はみんなのダナフォルト様です! それに、レベルも私よりも低いのに・・・弟子になる実力があるとは思えません」
「いいわ・・・」
リハーナがため息をついて手を前に出す。
すっと杖が現れた。
「私の本当のレベルは62。いつもは魔力を押さえてるの。魔法学校に通いたかったからよ」
サアァァァア
リハーナの魔力がどんどん高くなっていく。
「!!」
ざわっ・・・
ベルフェゴールとダナフォルトが同時に動いた。
ベルフェゴールが双剣を持って、ミュゼリアとベアルリアの前に立つ。
― Östèndè vèräm nätÅ«räm tūäm ―
ダナフォルトが瞳を赤くして唱える。
「・・・!?」
リハーナの手を掴んで袖をまくった。
「何? これ・・・」
「『魔族の刻印』だ」
「『魔族の刻印』?」
リハーナの腕には、悪魔の文字が浮き出ていた。
― ディズ・ランディア ―
シュウウゥウウウウウ
ダナフォルトが手をかざしながら唱えると、瞬時にリハーナの腕から刻印が消えていく。
「な、何だったのですか? 今のは・・・」
「『魔族の刻印』は人間をじわじわと、魔族にする魔法だ」
「っ・・・!?」
リハーナがびくっとして、自分の腕を見つめた。
「そ・・・そんな魔法あるの?」
「古の魔族しか知らない高等魔法だよ。ベアルリア」
「高等魔法・・・じゃあ・・・」
「あの刻印を残したのは、かなり強い魔族だね。ベルゼブブと同じくらいに」
ベルフェゴールが双剣を消しながら言う。
「リハーナの状態を見るに、1日前につけられたものだろう。まだ、魔族化していなかった」
「す、すみません。私、全然気づかなくて・・・」
「いや、俺もベルフェゴールもリハーナが本来の魔力を出すまで気づかなかった」
「でも・・・・」
リハーナが震えながら腕を押さえる。
少し赤みを帯びて、熱くなっていた。
「刻印は消滅したから、もう危険はないよ。ベルフェゴール、ローズマリーとシナモンのハーブティーを頼む」
「承知しました」
ダナフォルトの瞳が元に戻っていった。
「昨日か今日、誰かと会った? もしくは、ラグナディア雷帝国から出るような用事があったとか・・・」
「いえ、ずっとラグナディア雷帝国にいましたし、屋敷の者とは荷物整理を手伝ってもらいましたが・・・あとは、アステリア魔法学校に通っていただけで、特別な何かはしていません」
「ダナフォルト様・・・・」
ミュゼリアがダナフォルトのほうを見る。
「・・・おそらくアステリア魔法学校に魔族が混じってるな」
「!!」
ダナフォルトが腕を組んで、口に手をあてる。
うっすらと感じ取っていたことだった。
リハーナが何か話しかけようとすると、ベルフェゴールがカップを差し出して、ソファーに座るように促していた。




