エピローグ
ムーア・バイセンを三ヶ月の禁錮刑に処す。
執政府が団長に下した処分の内容だ。罪状は、噛み砕いていえば無実の人間に罪を着せようとしたこと。被害者はもちろん俺だ。
正直、高名な団長のこと。あれやこれやとゴネたなら、簡易裁判を長引かせることも減刑も成った筈なのだ。しかし一切を弁明することなく粛々と処分を受け入れた。更には俺の異質に関しても今後口外しないという約定付き。後処理に関しては副団長が全て取り仕切ってくれたのだが、どんな魔法を使ったのやら。
いや、もう違うか。団長、副団長。この呼び名は相応しくない。
ギルド『霧雨の陣』は、団長がギルド主宰権を失うに伴って、解散となったからだ。
「これで俺たちも晴れて野良落ちか」
「野良は免許証を持ってない人のことでしょ。混同しないの」
テーブルの向かいに座る銀髪に叱られた。
トゥーン通りにある屋外のカフェテラス。同じ年頃の若者で賑わう中、俺たちは白い丸テーブルに座り、細々とスナックを口に運んでいた。たまには挑戦も良いだろうと、今日は珈琲を頼んでみた。背伸びしたはいいが、正直、眠気覚まし以外で飲もうとは思えない味だった。
「それで、他の奴はどうするって?」
突き抜けるような青空を見上げながら、訊いた。
「クライセンはそのまま警察の連結組織に厄介になるみたい。休学してた大学に戻るって話もあるらしいけど」
リーフィは東雲茶が注がれたカップを下ろすと、手元の書類の内容を読み上げた。
団長と共に俺たちを犯罪者扱いした男爵子女だが、騙された被害者でもあると認定されて、多少の罰金で済んでいる。
「リヒトはそもそも行方知らず。ハヴェスト家からも出て行っちゃったって」
「シュレンは? ギルドがなくなった以上、今度こそ親衛隊行きな気がするけどな」
「私は何も聞いてないなあ」
へえ、あれだけリーフィに首ったけの男がどうしたことだ。
「ただ、お兄さんは持ち直したみたいよ。駄目元で試したヴィオさんの模型が効いたんだって」
「そいつは何よりだ」
兄貴の快復も目出度いが、前に聞いた話の通りなら、これであいつにも自由勝手の猶予が出来たことになる。
「ヴィオさんは幻創協会に籍があるから、問題なし。……はあ、結局、所属を慌てて探さなきゃいけないのは、私たちだけってことよね。今年の新人に混じってギルド探しかあ」
「どうにかなるだろ」
何気ない一言だった。だがリーフィの顔には驚きが浮かぶ。
「何だよ」
「いいえ? 随分と前向きだなーと思いまして」
「ふん」
焦ってもしょうがない。世の中、なるようにしかならない。どんと構えていることも時には必要だ。
「おやおや、昼間っからデートかい?」
――唐突に、冷やかし声が聞こえた。
「流石、心をひとつにして合作を作り上げただけあって、仲睦まじいことこの上ない」
声の主は確認するまでもない。元副団長だ。座ったまま顔だけを横に向ける。見慣れた肉体美が俺たちのテーブルに近づいてきた。
「歩いてたら、たまたま見かけてさ」
「相変わらず、幻料を着てるんですね」
ヴィオーチェ・リファエル。関係者から体を鍛えるのが趣味と思われている女だが、それが真っ赤な嘘だと、俺たちはもう知っている。
「随分と面白い模型ですよね」
あの時は急いていて深く訊けなかったので、ここぞとばかりに質問をぶつける。
模型について深く訊くことはマナー違反。だが、気にする必要はないだろう。この女は俺にについて散々調べ倒したのだ。
「しかしなんでまたその外見なんですか。筋肉が好きなら実際に鍛えればいいでしょうに」
「馬鹿言うんじゃないよ」
鼻で笑われた。
「アタシは筋肉が好きなんじゃない。人間の体が好きなのさ」
「はあ」
「人の体はイイよ? まさしく神の造りたもうた芸術さ。ひとつの目的を果たす為に洗練された肉体は特に素晴らしい。
鍛え抜かれた戦う男の体に惹かれる。絶妙なバランスを保つアスリートの体もまた素敵。男を惑わさずにはいられない蟲惑な女体のラインは反則ってね。遠い国では、巨漢達がぶつかり合う格闘技があるんだが――あれも良い。ま、ただ目的もなくブクブク脂肪がついただけの体は論外だけど」
目を輝かせ、俺たちには到底解らない境地を語る偽筋肉女。
こちらの呆れを見て取ったか、言葉を切るとふっと鼻を鳴らして胸を叩いて見せた。
「そんなものだろ? 模型なんて。他人には理解されない情熱の滾りが生み出すものさ。己の内で燃えるこだわりを作り出してこそ最も輝くんだ。だからアタシは」
「【神の造型】があれば、戦士の肉体と、女としての魅力に溢れた体。その両方を同時に備え続けることが出来ますもんね」
「ご明察」
大した想い入れだよ。イカれてる。
「それにね」
何故か俺を見る。
「これだと、幻料の量も少なくて済むんだ」
「え?」
「あんたほどじゃないが、アタシも幻料容量は少ないクチでねえ。平均の半分ちょいしか持ち合わせていない。本当は理想の肉体を一から作り上げたかったんだけど、材料が足らなくて。結局は自分で着ることにしたんだ」
――そうか。そうだったのか。
本当、紐解いてみないと解らないもんだな、人ってのは。
「ところで、お二人さん。進路はお決まりかい?」
「まさに今、それを考えていたところです」
途端、リーフィの顔が曇った。
「どこか紹介して下さい。二人くらい募集があるところ」
「別に二人じゃなくてもいいだろ」
俺が言うと、ぎょっと顔を引きつらせた。
「ええ! だって、折角」
「いや、今回のことで思ったんだよ」
腕を組む。
「お前が側にいると結局どこかで頼っちまう。独り立ちできない。だから、ここいらで一人で頑張ってみるのも手かなと」
「……もうっ!」
「ってえ!」
思わずテーブルに突っ伏した。天板一枚を隔てた下で、俺の足が蹴飛ばされたのだ。まだ完全に治ったわけじゃないって解ってるのか、こいつ!
「ははははっ!」
横から豪快な笑い声。クソ、笑い事じゃねえ。
「そんな二人に耳寄りな話だ。丁度団員を募集しているギルドがあってね、どうだい? もちろん募集は二人以上」
「ホントですかっ?」
素知らぬ顔で足を離したリーフィが、身を乗り出した。
「どんなギルドですか? 団長の経歴や拠点は」
確認した内容に思わず吹き出してしまう。そりゃそうだ。あんな事件の後じゃ、団長の経歴や人柄は確認せざるを得ないよな。
「団長の名前はヴィオーチェ・リファエル」
元副団長は、しれっと自分の名を告げた。
「……えっ?」
「拠点はここ、ルノウハン。元々宿屋として使われ、先日まで別のギルドがアジトにしていた物件をそのまま使う予定だね」
俺たちはあんぐりと口を開ける。おい待て。ちょっと待て。
「候補は今のところ二人。団長と、シュレン・ラ・インボルドっていう準爵家の次男坊さ」
「ギルド主宰権……持ってたんですか」
得意気な顔に質問をぶつけると、まあね、と副団長改め団長は大きく頷いた。
「正式な立ち上げには五人要る。だから、あんた達二人が入ってくれれば残り一人だ。正式認可にぐっと近づけるんだが――どうだい、参加してくれるかい?」
断られるとは微塵も考えてなさそうな自信満々の笑み。
俺とリーフィは互いに顔を見合わせ、そして同時に吹き出し、
「喜んで!」
声を揃えて、そう応えたのだった。
これにて完結となります。
最後まで読んで下さった方、本当にありがとうございました。
ここで終わっても問題ないように作ったつもりですが、同時に続けられる余地も残しています。
同人ソフトの作業と並行するのは無理だな、ということで今の今まで手つかずのままになっているのですが…。
続きを書きたいいう未練もたっぷりあるので、完結は未チェックのままとさせて下さい。
サークル「影法師」にて連載中のビジュアルノベル「マイナスエイヴ」もよろしくお願いします。
こちらはダークヒーロー色の濃い復讐譚。
ホームページにてフリー配布中。近々最新の四話公開予定です。




