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第八話 パンプキンの罠と、話しかけるべき木

関所の手前で梅太郎たちが引き返したのを見届けて、俺は編集画面を開いた。


北の道は、隣の城下町へつながっている。先回りして、様子を確かめておきたい。


移動先に、アーイラル城下町を指定する。対象は【自分】。


保存を押すと、タッタッタッ、と軽い効果音が鳴った。視界が、端から順に黒く染まっていく。


次に目を開けたとき、俺は石畳の道に立っていた。


アーイラル城下町は、賑わっていた。


武器屋に道具屋、宿屋。必要な施設は、一通り揃っている。どうやら、このRPGで初めて買い物ができる町らしい。


「おお、ちゃんと武器が売ってるじゃないか」


少し感心した。


これまでの道中では、まともに買い物ができる場所すらなかった。ようやく、RPGらしくなってきた気がする。


……と思ったのだが。


「防具、一種類しかないのかよ」


店の品揃えを確認すると、防具はたったの一種類。しかも、仲間全員が装備できる仕様らしい。


全員共通装備。


便利といえば便利だが、ずいぶんと思い切った手抜きである。


まあ、今さら驚くことでもないか。


気を取り直して、城のほうへ目を向けた。


城の前には、門番が立っている。見るからに、簡単には通してくれそうにない。


そして、町の中央付近には、妙なキャラクターがうろちょろしていた。


……あからさまに怪しい。


イベント設定を確認すれば、何か分かるかもしれない。


だが、俺は画面を閉じた。


「いや、やめておこう」


知らないほうが楽しめることもある。この世界の先に何が待っているのか。俺自身、少しくらいは冒険を楽しみたい。


マップを見る限り、町の場所移動は、正常に設定されているようだった。


俺は、噴水の影に身をひそめた。


しばらくして、梅太郎とシャフトが、町の入口に姿を見せた。


城を目指して歩き始めると、町の中央付近から、一人のキャラクターが近づいてくる。


商人のような格好。頭には、オレンジ色の帽子。


そして、何も言わずに、ひたすら近づいてくる。


一歩。


また一歩。


「……近い近い」


話しかけてもいないのに、なぜか距離を詰めてくる。


梅太郎たちは、横に避けた。


相手も、横に動いた。


反対側へ逃げた。


相手も、反対側へ動いた。


「追尾性能、高すぎだろ!」


梅太郎が叫ぶ。


「しかも、無言なのがこわいな」


シャフトが、静かに言った。


梅太郎たちは逃げ続けたが、ついに路地の奥へ追い込まれてしまった。


逃げ場はない。


仕方なく、梅太郎が、相手に声をかけた。


「……何か用か?」


すると、オレンジ色の帽子をかぶった男が、ようやく口を開いた。


「俺の名前は、パンプキン。うひひひ、なに? お城に入りたい? それだったら、これを持っていけ」


【王の手紙?を手に入れた!】


……ん?


王の手紙を手に入れた。


そして、なぜか、梅太郎のお金が減った。


「いや、なんで金まで取られてるんだよ!」


梅太郎の叫びが、路地に響く。


パンプキンは、何も説明しない。ただ、必要そうなアイテムを渡して、金を奪っていった。


なんという、無慈悲な半強制イベント。


しかも、これで終わりではなかった。


梅太郎たちは、そのまま城の門番に話しかけた。


「なんだそれは? そんなもんで入れるわけないだろ。立ち去れ」


門番は、手紙を受け取ろうともしない。


「……そりゃ、そうだよな」


物陰から見ていた俺も、納得してしまった。


あんな怪しい男から渡された手紙だ。門番が信用しないのも、無理はない。


困った梅太郎たちは、いったん、はじまりの町へ戻った。


俺は、もう一度、場所移動で先回りした。


村長の家の戸の隙間から、中をのぞく。梅太郎は、事情を話していた。


「村長。アーイラル城に入りたいんだが、門番に追い返されてしまった」


すると、村長は、あっさりと言った。


「なんだ、そんなことか。アーイラル城の王とはマブダチよ」


……マブダチ?


ずいぶん軽い関係だな。


村長は、懐から一通の手紙を取り出して、梅太郎に渡した。


【王への手紙を手に入れた!】


「最初から、くれよ!」


梅太郎が、頭を抱える。


隣で、シャフトも深くうなずいていた。


「手順を踏ませたかったんだろうけどな」


「踏ませすぎだろ。その間に、森で何回、戦ったと思ってるんだ」


まったくだ。


森で無駄にレベルアップさせられた身としては、どうしても思ってしまう。


――最初から、くれよ、と。


梅太郎たちは、再びアーイラル城下町へ向かい、今度こそ、城に入った。


王に事情を話すと、王は間髪入れずに言った。


「なに? あいつの頼みなら仕方ない。あい、わかった」


【関所の通行証を手に入れた!】


……あっさりと、くれたな。


それだけではない。


「これも持っていくがよい」


【大根を手に入れた!】


……大根?


画面を二度見した。


「いや、また大根かよ!」


どう考えても、村長に渡すためのアイテムだ。用途が分かりやすすぎる。というか、ほかに使い道が思いつかない。


潔いといえば、潔い。


梅太郎たちは、再び、はじまりの町へ戻った。


村長に大根を渡すと、村長は、大喜びした。


「おお! これは立派な大根じゃ!」


そして、梅太郎に何かを差し出した。


【切り干し大根を手に入れた!】


「……何に使うんだ、これ」


梅太郎が、アイテム欄を確認する。


【切り干し大根】


【分類:大事なもの】


【捨てることはできません】


「大事なもの扱いなのかよ!」


大根を渡したら、切り干し大根が返ってきた。しかも、捨てられない。


そもそも、はじまりの町と城下町を往復するだけでも、エンカウント率が高い。梅太郎たちは、行きも帰りも、モンスターと戦わされている。


そして、苦労して手に入れたものは、用途不明の切り干し大根。


「……梅太郎たち、不憫すぎるだろ」


そっと、画面から目を離した。


だが、これで条件は揃った。南の関所へ向かえば、先へ進めるはずだ。


そう思ったときだった。


シャフトが、ぽつりと口を開いた。


「あのパンプキン野郎、ムカつくから懲らしめに行こうぜ」


「いいな、それ。金も返してもらわないと」


……同意である。


俺も、あいつには一言、言ってやりたい。


梅太郎たちは、南の関所へ向かう前に、アーイラル城下町をくまなく探した。


しかし、パンプキンの姿は、どこにもない。


町の中央にもいない。武器屋にも、道具屋にも、宿屋にもいない。


「どこ行ったんだ、あいつ」


「逃げ足だけは速いな」


二人は、あちこちを歩き回っていた。


だが、何も起きない。


イベントも発生しない。道も開かない。


はじまりの町へ戻ってみても、村長が満足そうにしているだけだった。


やがて、梅太郎たちは、足を止めた。


「……これ、進まなくないか」


「ああ。どこにも行けない」


俺も、噴水の影で、編集画面を開いた。


「いや、さすがに話が進まないだろ」


イベント一覧を確認する。


……あった。


ちゃんと、イベントは存在していた。問題は、その発生条件だった。


【イベント条件:特定のオブジェクトに話しかける】


【対象:枯れ木】


「枯れ木?」


マップを確認する。


城下町の中央付近、家の隣に、葉の落ちた枯れ木が一本、立っていた。


見覚えのあるグラフィックだった。はじまりの町の北で、帰り道を塞いでいたのと同じ枯れ木だ。


「……使い回しか」


素材が少ないのは、この世界の宿命らしい。


……まさか。


その枯れ木に話しかけると、場所移動イベントが発生する設定になっている。


「いやいやいや! 普通、ぶつかったら移動するだろ!」


枯れ木に話しかけないと進めない。そんなの、初見で気づくわけがない。


これは、さすがに、初見殺しの設定だった。


イベントそのものは、間違っていない。だからといって、勝手に変更していいのだろうか。


これまで何度も、俺が直した設定が、謎のアクセスによって元に戻されている。むやみに触るのは、危険だ。


「……梅太郎たちに、気づいてもらうしかないか」


画面を閉じた。


設定を書き換えれば簡単だが、直したそばから戻されるのは、もう分かっている。ここは、ヒントだけ出すのが安全だ。


俺は、噴水の影から出て、梅太郎たちへ歩み寄った。


「あの、梅太郎さん」


「ん? あ、村にいた人」


梅太郎が、振り返った。


「たまたま通りかかったんですが、困っているように見えたので」


「ああ、実はどこにも進めなくてさ」


「そうですか。ところで、あそこの枯れ木、気になりませんか」


俺は、家の隣の枯れ木を、そっと指さした。


「ただの枯れ木だと思うけど」


「一度、話しかけてみてはどうでしょう」


梅太郎は、しばらく黙った。


そして、真顔で言った。


「木に話しかける? そんなこと、植物学者しかやらないぞ」


(おい、植物学者に謝れ)


「……とにかく、一度だけ試してみてください」


「梅太郎。こいつ、さっきから、ずっと噴水の後ろにいたぞ」


シャフトが、ぼそりと言った。


「えっ」


俺の背中に、冷や汗が流れた。


「まあ、いいじゃないか。他に手はないんだし」


シャフトは、それ以上は何も言わなかった。見られていたのか。いや、今は、それどころではない。


「……しょうがないな」


梅太郎は、枯れ木に向き直った。


そして、恐る恐る、声をかけた。


「……おい。何か用か?」


次の瞬間、タッタッタッ、と軽い効果音が鳴った。


その音に合わせて、町も、噴水も、梅太郎たちの背中も、端から順に黒く塗りつぶされていく。


闇は、俺の足元までは、届かなかった。


最後に残ったのは、あの効果音の余韻だけだった。

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