第九話 パンプキンの家と、容赦なき制裁
梅太郎たちの背中が黒に飲まれて消えたあと、俺は一人、噴水の前に取り残された。
闇は、また俺の足元までは届かなかった。置いていかれたのは、これで二度目だ。
編集画面を開き、枯れ木のイベントを確かめる。
【移動先:パンプキンアジト】
「……パンプキンアジト?」
どうやら、あの男の根城へつながっているらしい。
移動先にそこを指定し、対象を【自分】にして保存を押した。
タッタッタッ、と軽い効果音が鳴る。視界が、端から順に黒く染まっていった。
次に目を開けると、足の裏から、ごつごつした木の感触が伝わってきた。
足元は、大きな木の枝の上だった。
さっきまで目の前にあった枯れ木は、せいぜい百七十センチほどの高さだった。それなのに、今、俺が立っている枝は、道幅ほどもある。
見上げると、目の前に、途方もなく巨大な大木がそびえ立っていた。幹の上のほうは、雲に届きそうなところまで続いている。背景には、どこまでも青い空が広がり、遠くには、城が小さく見えた。
「……でかすぎるだろ」
思わず、声が漏れた。
これは絶対、最初から作ったものではないな。
枝の端まで歩いて、下をのぞき込む。
はるか下に、地面が見えた。落ちたら、ただでは済まなそうだ。
そして、枝のすぐ下に、大きな家が建っていた。さらに太い枝の上に、どっしりと乗っている。あれが、パンプキンのアジトらしい。枝の端から、アジトの屋根へ向かって、木製の梯子が下りていた。
「こんなマップまで、用意されていたのか……」
景色に見とれていると、足音が近づいてきた。
梅太郎とシャフトが、枝の端に立って、下を見下ろしている。
「こんなところに、どうやって立派な家を建てたんだ?」
梅太郎が、首をかしげた。
「それに、この木、でかすぎないか」
シャフトが、静かに言った。
実にまともな疑問だった。
俺も聞きたい。
誰が、何のために、こんな場所にパンプキンのアジトを作ったのか。
……まったく、想像がつかない。
二人が梯子に手をかけて、下りていくのを見て、俺は、木の瘤の陰から離れた。
先回りして、中を確かめたい。
編集画面を開き、移動先にパンプキンアジトの内部を指定する。対象は【自分】。
タッタッタッ。
視界が黒く染まり、また開けた。
家の中は、外見からは想像できないほど、しっかりとした作りだった。
暖炉があり、本棚があり、木の床と壁に囲まれた、暖かみのある空間が広がっている。
「ずいぶん立派な家だな」
確かに、雰囲気はいい。
ただし。
「……こんなところで、火を使うなよ」
暖炉を見て、思わずツッコんだ。
巨大な木にぶら下がるような場所に建つ家である。火事になったら、どうするつもりなのか。
まあ、背景の一部だろう。そういうことにしておく。
俺は、本棚の影に身をひそめた。
いた。
パンプキンが、家の中をうろちょろしている。
ほどなくして、梯子を下りてきた梅太郎とシャフトが、中へ入ってきた。
だが、先ほどまでとは、様子が違った。
二人が近づくと、パンプキンは、逃げるように離れていく。
「……今度は逃げるのか」
こっそり編集画面を開くと、案の定だった。
【イベント設定:主人公から離れる】
さっきは追いかけてきたくせに、今度は逃げ回るらしい。どこまでも面倒なやつだ。
逃げるパンプキンを追いかけて、梅太郎たちは、ついに壁際まで追い詰めた。
梅太郎が、一歩前に出る。
「やい、貴様! 金を返せ!」
パンプキンは、いつもの不気味な笑い声を上げた。
「うひひひ、騙される方が悪いんだ」
【梅太郎は、お金を取られた!】
「……は?」
画面を見つめた。
いや、ちょっと待て。
金を返せと言いに来たんだよな。
なんで、また取られているんだ。
「おい! また金が取られたぞ!」
シャフトも、怒っている。
当然だ。俺だって、怒っている。
梅太郎は、もう一度、パンプキンに詰め寄った。
「二度までも、許さねえぞ!」
「うひひひ、騙される方が悪いんだ」
【梅太郎は、お金を取られた!】
「またかよ!」
さすがに、三度目はないだろう。
……いや、待て。
急いで、イベント設定を開いた。
【イベント開始条件:話しかける】
【スイッチ:オン】
【イベント終了:設定なし】
「……なるほど」
イベントを実行すると、スイッチはオンになる。
しかし、イベントそのものは、終了しない。
つまり、何度話しかけても、同じイベントが繰り返される。金を取られ続けるわけだ。
「これ、わざとやってるのか……?」
設定ミスなのか、それとも、意図的なのか。
少し考えたが、俺は後者だと思った。
金を奪う。逃げる。追い詰められても、反省しない。しかも、何度でも奪う。
パンプキンというキャラクターの嫌らしさを、これでもかというほど引き出している。ここまで徹底していると、むしろ、見事ですらあった。
……いや、やっぱり腹は立つけど。
「おい、キリがない。行こうぜ、梅太郎」
シャフトが、呆れたように言った。
賢明な判断である。
これ以上ここにいても、財布が空になるだけだ。
梅太郎とシャフトは、パンプキンのアジトを後にした。
梯子を登って、枝の上へ戻っていく。
俺は、梯子で見つかるわけにはいかない。編集画面を開いて、移動先を、さっきの枝の上に指定した。
タッタッタッ。
枝の上へ戻ったとき、二人は、ちょうど梯子を登りきったところだった。俺は、また木の瘤の陰に、さっと身を隠した。
枝の上で一息ついたシャフトが、ふと思いついたように口を開いた。
「おい、この家ともども落とそうぜ」
……。
「……は?」
次の瞬間。
バシッ!
突然、効果音が鳴り響いた。
視界が、一瞬で、真っ黒に塗りつぶされる。
そして――
「ピューン……」
「バジャーン!」
「はっはっはー!」
足元の枝が、大きく揺れた。
何が起きたのか、まったく分からない。
ゆっくりと、黒が明けていく。
枝の下をのぞき込むと、そこにあったはずの梯子は、消えていた。
そして、巨大なパンプキンのアジトも。
跡形もなく、なくなっていた。
「……本当に、落としたのかよ」
呆然とした。
シャフトは、何事もなかったかのように立っている。梅太郎も、特に驚いた様子はない。
いやいや。
家ごと落とすって、どういうことだ。
編集画面を開くと、効果音の一覧に、さっきの音が並んでいた。
【SE:落下】
【SE:着地】
【SE:はっはっはー】
「……最初から、用意されてた素材か」
最後の甲高い笑い声は、誰かの声ではなく、ただの効果音だった。
マップを確認すると、巨大な大木も、枝も、パンプキンのアジトも、最初から用意されていたマップ素材だった。
つまり――
「絶対、このマップを見て思いついたイベントだろ……」
巨大な枝の下に、家がある。
だから、そこにパンプキンのアジトを置いた。そして、家を落とすイベントを作った。さらに、そこから逆算して、パンプキンというキャラクターが生まれた。
そんなところだろう。
家のあった場所を、見つめた。
パンプキンは、金を奪うだけの嫌なやつだった。
だが、よく考えると、彼は、このマップのために生まれ、このイベントのために配置され、最後には家ごと落とされる運命だったのかもしれない。
「……なんか、ちょっとかわいそうだな」
ほんの少しだけ、同情してしまった。
もちろん、金を奪われたことは許していない。
梅太郎とシャフトは、来たときの場所に戻って、足を止めた。
タッタッタッ、と軽い効果音が鳴る。
その音に合わせて、二人の背中が、端から順に黒く塗りつぶされて消えていった。
俺も、編集画面を開いた。
移動先は、アーイラル城下町。対象は【自分】。
タッタッタッ。
次に目を開けたとき、俺はアーイラル城下町の石畳の上に立っていた。
枯れ木の横には、見慣れないグラフィックが追加されている。
一マス分ほどの、小さな何か。
潰れたような形をしていた。
「……なんだ、これ」
気になって、調べてみた。
【調べる:ぐちゃぐちゃになっている】
「説明が雑すぎるだろ!」
いや、雑というより、容赦がない。
家ごと落とされた結果が、これなのか。
さっきまで、パンプキンに同情していた自分が、少しだけ揺らいだ。
梅太郎とシャフトは、そんなグラフィックを気にする様子もなく、歩き始めた。
パンプキンへの怒りは、ひとまず収まったらしい。
そして二人は、ようやく本来の目的地へ向かう。
南の関所。
今度こそ、余計な寄り道をせずに、先へ進めるはずだ。
……たぶん。




