第十話 南の森と、ビーフ or チキン?
梅太郎たちが城下町を出ていくのを見送って、俺は編集画面を開いた。
次の目的地は、南の関所だ。先回りして、様子を確かめておきたい。
移動先に、南の関所を指定する。対象は【自分】。
タッタッタッ、と軽い効果音が鳴った。視界が、端から順に黒く染まっていく。
次に目を開けたとき、関所の石壁の脇に、俺は立っていた。
入口には、槍を持った門番が一人。前に見かけた、あの兵士だ。
しばらくして、梅太郎とシャフトが、森の道から姿を見せた。
「通してくれないか」
梅太郎が、門番に声をかける。
門番は、少しだけ考えるような間を置いてから答えた。
「……確かに、通っていいぞ」
そう言うと、門番は、すっと横にどいた。
「お、ちゃんと動いてるな」
近くの茂みの中で、俺は小さくうなずいた。
前に直した条件が、ちゃんと機能している。
……と思ったのだが。
二人は、いつまで経っても、関所を通ろうとしない。
「……何やってるんだ、あいつら」
梅太郎とシャフトは、門番の前に立ったまま、何度も話しかけていた。
「通してくれないか」
「……確かに、通っていいぞ」
「もう一回、いいか」
「……確かに、通っていいぞ」
「通してくれないか」
「……確かに、通っていいぞ」
門番は、そのたびに、一マスずつ横へずれていく。
そして、とうとう、森の木にめり込んだ。
「またかよ!」
茂みの中で、声を殺して叫んだ。
条件は直したはずだった。ただ、話しかけるたびに動く、という部分は、そのまま残っていたらしい。
編集画面に手を伸ばしかけて、やめた。
「……まあ、いいか。面白いし」
門番には悪いが、今は先へ進もう。
梅太郎たちは、ようやく関所を越えて、南の森へ入っていった。
ここから先は、先回りをやめて、二人の後ろを、少し離れて歩くことにした。
いちいち先に行って確かめるのも、面倒だ。何か起きたら、その都度、直せばいい。
編集画面を閉じて、木の陰から木の陰へ、二人の背中を追った。
森の中を少し進んだところで、シャフトが、突然、足を止めた。
「あっち、怪しいから行ってみようぜ」
西のほうを、指さしている。
梅太郎は、そちらを一瞥しただけで、まっすぐ進もうとした。
すると、シャフトが、もう一度言った。
「あっちが怪しいから、行ってみようぜ」
……しつこいな。
どうやら、あちらに重要なイベントがあるらしい。
梅太郎は、渋々、西へ進路を変えた。
「……あーい」
「……ん?」
何か聞こえた気がした。
あたりを見渡しても、それらしい人影はない。
二人は、さらに一歩進んだ。
「……あーい」
また聞こえた。
「何だ、今の声」
梅太郎も、首をかしげている。
気になって、編集画面を開いた。
【イベント条件:接触】
【効果音・セリフ:「あーい」】
一歩進むたびに、見えないイベントに触れて、声が鳴る仕組みらしい。
「……何なんだ、この仕様は」
バグではない。ちゃんと意図して、設定されている。
だからこそ、余計に、意味が分からない。
それなのに、二人は、気にする様子もなく、森を進んでいく。
「あーい」
「あーい」
「あーい」
「いや、気にしろよ!」
声を殺して、突っ込んだ。
二人は、どんどん奥へ進んでいった。
すると、道の先に、みすぼらしい格好のおじさんが立っていた。
おじさんは、梅太郎たちに近づくと、唐突に話しかけてきた。
「ビーフ or チキン?」
「……は?」
梅太郎も、シャフトも、固まっている。
そりゃそうだ。
森の中で、見知らぬおじさんに、いきなり肉の種類を聞かれたのだ。困惑するなというほうが、無理である。
そして、画面に、選択肢が現れた。
【選択してください】
▶ YES
はい
「……どっちも、肯定じゃないか」
思わず、声が出そうになった。
ビーフかチキンかを聞かれているのに、選択肢は、英語と日本語の「はい」だけ。
「何だ、この選択肢……」
梅太郎が、頭をかいた。
「どれでもいいか。とりあえず、YESで」
梅太郎が、決定を押した、その瞬間。
茂みから、大きなクマが飛び出してきた。
【クマが現れた!】
「いや、なんでだよ!」
戦闘が始まった。
クマの攻撃は、やたらと強かった。梅太郎もシャフトも、何度も爪を食らって、苦戦している。
それでも、どうにか力を合わせて、クマを倒した。
【クマを倒した!】
「……」
「……」
「……ん?」
戦闘が、終わった。
それだけだった。
追加のイベントも、アイテムもない。おじさんが、また現れることもない。
「……そんだけ?」
「終わりか? 何だったんだ、今の」
シャフトが、首をかしげている。
「あっちが怪しいから、って来たのにな」
「本当に、怪しかっただけか」
二人とも、納得がいかない様子だった。
俺も、どうにも納得できなかった。
編集画面を開いて、テストプレイを、やり直すことにした。
二人を少し手前へ戻して、同じイベントを、もう一度、確かめる。
「あーい」
「あーい」
「あーい」
「ビーフ or チキン?」
選択肢が、表示された。
YES
▶ はい
「……腹立つな、この選択肢」
今度は、「はい」を選んでみた。
すると、おじさんが、突然、襲いかかってきた。
クマほどの強さはなく、梅太郎たちは、あっさりと倒した。
【あーいおじさんを倒した!】
「……」
「……」
「……え?」
終わりか。
今度も、それだけだった。
選択肢によって、クマが出るか、おじさんが襲ってくるか、が変わるだけのイベントらしい。
「何なんだ、このイベント……」
もしかすると、何か隠された意味があるのかもしれない。
そう思って、古いメモを確認した。
【最終更新:25年前】
【イベント案】
『授業中に思いついた。小テストの裏に書いたイベント。
制作にも慣れたので、分岐を複雑にしてイベントを動かしてみたい。
そうだな、これは絶対やってほしいイベントだから、必ずやらなければならない。
とりあえず動かしたい。』
「…………」
黙って、メモを閉じた。
……うん。
今は、何もなさそうだ。
ただ遠回りして、俺たちは、いったい何を見せられているんだろう。
梅太郎たちは、何事もなかったかのように、森の探索を再開した。
「お前ら、少しは疑問に思えよ……」
あれだけのことがあったのに、二人とも平然としている。
この世界では、これくらい普通なのかもしれない。
深く考えないことにして、また、二人の後を追った。
やがて、道が突き当たり、西と南に分かれていた。
梅太郎が、西へ進もうとした、そのとき。
シャフトが、口を開いた。
「……こっちじゃない気がする」
「そうか。じゃあ、南だな」
梅太郎は、素直に進路を変えた。
その瞬間、画面の隅に、赤い文字が灯った。
【警告:不明なアクセスを検知しました】
「……またか」
足を止めた。
嫌な予感がする。しかし、今は、先へ進むしかない。
梅太郎たちは、南へ向かった。
すると、シャフトが、再び、つぶやいた。
「……こっちじゃない気がする」
「あれ?」
南の道を進んだ先は、行き止まりだった。
「おいおい、どうなってるんだ」
梅太郎が、あたりを見回している。
俺は、マップを確認した。
道が、つながっていない。進めるはずの場所なのに、なぜか、行き止まりになっている。
もう一回あーいおじさんイベントやるのか?
そんなわけがない。あのイベントほど無意味なものはない。
編集画面を開いて、南の道のイベント設定を確認した。
そして、目を疑った。
【イベント条件:特定スイッチがオン】
【対象スイッチ:鬼ヶ島・犬猿キジ撃破】
……は?
鬼ヶ島で犬猿キジを倒したときの、スイッチ。
それがオンになっていると、シャフトが「こっちじゃない気がする」と言い、道が閉じる設定になっていた。
つまり、鬼ヶ島で犬猿キジを倒したことが、今になって、進行を妨げている。
「くそ……また、邪魔されたな」
歯を食いしばった。
不明なアクセス。勝手に変わるイベント設定。そして、今回の進行妨害。
いったい、誰が、何のために、こんなことをしているのか。
ただ、ひとつ、気になることがあった。
本当に俺たちを先へ進ませたくないのなら、もっと徹底的に妨害するはずだ。道を、すべて塞ぐことだってできるだろう。
それなのに、今回の設定は、特定の条件で、シャフトに進路を変えさせるだけだった。
……何か、理由があるのだろうか。
考えても、答えは出ない。
余計な条件を削除して、南の道を進めるように、修正した。
「よし。今度こそ、先へ進もう」
梅太郎が、歩き出した。
行き止まりだったはずの場所に、すっと道が開けていく。
二人は、再び、森の奥へと歩き始めた。
俺は、編集画面を閉じながら、ひとつだけ考えていた。
――いったい、誰が、俺たちの進む道を変えているんだ。




