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第十一話 何もない町と、ショスタコビッチ

森を抜けた梅太郎たちの前に、賑やかな町が広がっていた。


建物が並び、人々が行き交っている。さっきまでの暗い森とは違い、ずいぶんと活気のある場所だ。


少し離れた木の陰から、その景色を眺めて、俺は胸をなで下ろした。


「おお、ようやく町か」


ここまで、妙なイベントばかりだった。今度こそ、普通に進めそうだ。


……と思った、そのとき。


町の入口から、一人の老人が、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。


そして、梅太郎たちの前で立ち止まると、開口一番、言った。


「ここには何もない。立ち去ってくれ」


「……は?」


梅太郎が、目を丸くした。


俺も、思わず声が出そうになった。


いやいや。


目の前には、これだけ立派な町が広がっている。建物もある。人もいる。道も、きちんと整備されている。


それなのに、何もない?


「いや、あるだろ。町が」


「ここには何もない。立ち去ってくれ」


老人は、同じ言葉を、同じ抑揚で繰り返した。


何を言っても、それしか返ってこない。梅太郎たちは、事情を聞くこともできないまま、町から追い返されてしまった。


とぼとぼと、森へ引き返していく。


「何なんだ、あのじいさん」


「分岐を間違えたわけじゃないよな。ちゃんと進んだ先に、町があったんだし」


梅太郎が、首をひねっている。


その後ろで、シャフトが、ぼそりと言った。


「あいつ、ムカつくから、戻ろうぜ」


……まあ、そうだろう。


あれだけ賑やかな町を見せておいて、「何もないから立ち去れ」はない。俺だって、もう一度、文句を言いに行きたいくらいだ。


俺は、木の陰で、編集画面を開いた。


イベント自体は、正常に動いている。ここまで見る限り、おかしな設定は見当たらない。


「しかし、最近は、ちゃんとできてるな」


少し感心した。


少なくとも、イベントの流れは成立している。


「やればできるじゃないか、制作者」


……まあ、さっきの老人の発言は、どうかと思うけど。


そんなことを考えていると、梅太郎たちは、また町の入口まで戻っていた。


その瞬間。


画面いっぱいに、白い霧のエフェクトが広がった。


霧が町を覆い、景色が、ぼんやりとかすんでいく。


「おっ、何か始まるのか」


息をひそめて、見守った。


やがて、霧が晴れ始める。


すると――


町の景色が、一変していた。


梅太郎たちの背後には、さっきと同じ、賑やかな町並みが残っている。ところが、前方には、崩れた建物と、荒れ果てた道が広がっていた。人影は、どこにもない。


下半分は、活気のある町。上半分は、ただの廃墟。


「おお……!」


思わず、声を上げた。


霧で景色を切り替えて、町の変化を見せる。作りかけのRPGにしては、なかなか凝った演出だ。


……と思ったのだが。


編集画面で確認すると、最初から、マップの下側が普通の町で、上側が廃墟として作られていた。霧のエフェクトは、その境目を、ごまかしているだけだった。


「……画面マジックかよ」


見事といえば、見事だ。


ただ、少しだけ、騙された気分になった。


梅太郎たちは、廃墟の中を、上へ向かって進んでいった。


敵が現れる。


【敵4が現れた!】


「敵4って……」


名前すら、決まっていない。


しかも、戦ってみると、やたらと弱かった。梅太郎たちは、ほとんど苦戦することなく、敵を倒していく。


「そりゃ、そうだよな」


はじまりの町とアーイラル城下町の間で、散々モンスターと戦わされたのだ。気づけば、ずいぶんとレベルが上がっている。


そのせいで、敵との戦力差が、ひどいことになっていた。


「ゲームバランス、どうなってるんだ」


ため息が出た。


とはいえ、先へ進めるなら、文句はない。


廃墟のいちばん奥、マップの上端に、洞窟の入口があった。


梅太郎たちは、その洞窟へ、足を踏み入れた。


俺も、少し間を置いて、後に続く。


洞窟の中は、少し変わった構造になっていた。


床には、宝物が、いくつも敷き詰められている。その奥には、静かな湖が広がっていた。洞窟というより、どこかの宝物庫のようだ。


「なんか、すごい場所だな」


梅太郎が、きょろきょろと見回している。


宝箱が並び、奥には湖。雰囲気だけなら、いかにも重要なダンジョンという感じがする。


俺は、宝箱の陰に身を隠した。


しかし、奥へ進んでみると、二匹のゴブリンが待ち構えていた。


肌色の体に、棍棒を持った姿。


二匹は、梅太郎たちを見つけると、声を上げた。


「何だ貴様ら? 何しに来た?」


「……何しに来たんだろうな」


梅太郎が、真顔でつぶやいた。


こっちが聞きたい。


ここが何の場所なのかも分からないし、何を目的に来たのかも、いまいち説明できない。


そんな困惑など気にする様子もなく、ゴブリンたちは棍棒を構えた。


「小癪な! あの世に送ってやるわ!」


「……ボスなのか?」


シャフトが、首をかしげた。


ダンジョンを攻略して、仕掛けを解いて、最後にボスと戦う。そういう流れなら、分かる。


だが、ここには、特に複雑な仕掛けもなかった。洞窟に入って、宝物を見て、奥へ進んだら、いきなり戦闘である。


「展開が急すぎるだろ……」


戦闘画面に切り替わった。


敵の名前が表示される。


【ショスタコビッチ】


【ショスタコビッチ】


「……ショスタコビッチ?」


画面を二度見した。


音楽家の名前だ。


なぜ、ゴブリンに、そんな名前がついているのか。


疑問は尽きない。


戦闘が始まると、ショスタコビッチたちは、技を繰り出してきた。


派手なエフェクトが、画面いっぱいに広がる。


斬撃のような演出。爆発のような演出。さらに、別のエフェクト。とにかく、いろいろな演出が盛り込まれていた。


「……盛り合わせかよ」


一度なら、まだいい。


だが、ショスタコビッチたちは、同じような技を、何度も繰り返してきた。


画面が光る。揺れる。派手な演出が続く。


「もういい、もうお腹いっぱいだ!」


梅太郎が、顔をしかめた。


その気持ちは、よく分かる。技の演出に力を入れるのはいい。だが、何度も繰り返されると、さすがにくどい。


しかも、梅太郎たちは、レベルを上げすぎていた。


ショスタコビッチの攻撃を受けても、さほど苦戦しない。こちらの攻撃が決まると、二匹は、あっさりと倒れた。


【ショスタコビッチを倒した!】


「……弱っ」


いや、弱いというより、こちらが強くなりすぎたのか。


何度も戦闘を繰り返してきたツケが、こんなところで出ている。ゲームバランスの調整は、後回しだったのだろう。


倒れたショスタコビッチは、最後に言い残した。


「く……無念……」


そして、消えていった。


「…………」


しばらく、画面を見つめていた。


「……うーん。このイベント、本編と関係あるのか?」


町は、廃墟になっていた。その奥の洞窟には、宝物があり、湖があり、ショスタコビッチと名づけられたゴブリンが二匹いた。


……それだけだ。


気になって、イベントのメモを探してみた。


すると、古いメモが見つかった。


【最終更新:25年前】


【イベント案】


『音楽の授業で、かっこいい名前を見つけた。


出したいから、そのためのマップとイベントを作る。』


「……ああ」


納得した。


納得してしまった。


「名前を出したかっただけかよ!」


マップを作った理由も、イベントを作った理由も、実にシンプルだった。


かっこいい名前を見つけた。だから、ゲームに出したかった。


その結果、宝物のある洞窟ができ、ゴブリンが二匹配置され、ショスタコビッチという名前がついた。


……なるほど。


いや、なるほどじゃない。


「ちなみに、あの町を滅ぼしたのは、こいつらなのか?」


ふと、疑問に思った。


最初に現れた老人は、町には何もないと言っていた。そして、霧が晴れると、町の上半分は廃墟だった。


その原因が、ショスタコビッチたちなのだろうか。


だが、メモには、何も書かれていない。


二匹が町を滅ぼしたのか。それとも、町が廃墟になったことと、このイベントは、まったく関係ないのか。


結局、何も分からなかった。


最初に出てきた老人も、無駄に登場しただけなのかもしれない。ショスタコビッチたちも、無駄に対峙させられただけなのかもしれない。


「……何だったんだ、今のイベント」


シャフトが、呆れたように言った。


「結局、よく分からなかったな。先に行こうぜ」


……ごもっとも。


俺も、同じ気持ちだった。


イベントの意味は分からない。町が廃墟になった理由も分からない。ショスタコビッチが何者なのかも分からない。


分かったことといえば、二匹のゴブリンが、音楽家の名前をつけられていたことくらいだ。


「まあ、進めるならいいか……」


編集画面を開き、マップの設定を確認した。


どうやら、森の西へ進むためのスイッチの条件が、ようやく揃ったらしい。


梅太郎たちは、洞窟の出口へ向かって、歩き出した。


出口をくぐった、その瞬間、タッタッタッ、と軽い効果音が鳴った。


その音に合わせて、二人の背中が、端から順に黒く塗りつぶされていく。


闇が引いたあと、洞窟には、俺一人が残っていた。


編集画面を開いたまま、少し考える。


森の西。次は、何が待っているのか。


毎回、梅太郎たちの後を追うだけでは、また何か起きたときに、やはり後手に回るな。


「……次のイベントは、先回りしてみようか」


そう決めて、移動先の欄に、森の西の名前を入れた。

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