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第十二話 兵士の加入と、人魚姫の悲劇

移動先の欄に、森の西の名前を入れて、保存を押した。


タッタッタッ、と軽い効果音が鳴る。視界が、端から順に黒く染まっていった。


次に目を開けたとき、足元には、湿った土の匂いのする森の道が伸びていた。


その先に、城の入口があった。


石造りの門の前に、二人の兵士が槍を持って立っている。


「……城?」


編集画面でマップを確認した。


どうやら、ここから城に入れるらしい。


「アーイラル城から、隣の城まで、近すぎないか」


城というのは、こんなに気軽に隣へ建てるものなのか。


まあ、ゲームの世界だ。細かいことは、気にしないでおこう。


イベント設定を開くと、ちゃんと用意されていた。


「うん。ここは、問題なさそうだな」


そう言ったところで、足音が近づいてきた。


俺は、近くの茂みに身を隠した。


梅太郎とシャフトが、森の道から姿を見せる。


二人は、城の入口に立つ兵士を横目に見ながら、そのまま通り過ぎていった。


「……え?」


茂みの中で、声が出そうになった。


「えー、話しかけないのか」


兵士が二人も立っているのだ。普通、何かイベントがあると思うだろう。


だが、梅太郎たちは、完全に無視している。


そのまま、森の奥へ歩いていき、次のマップへの出口をくぐった。


タッタッタッ。


二人の背中が、黒く塗りつぶされて消える。


「……まあ、いいか」


ため息が出た。


次は、橋らしい。移動先に橋の東の岸を指定して、対象を【自分】にした。


タッタッタッ。


視界が開けると、目の前に、大きな橋が見えた。


川幅は広く、橋もがっしりとした造りだ。俺は、橋のたもとの岩の陰に身を寄せた。


ほどなくして、梅太郎たちが、橋の東の岸に姿を見せた。


橋の入口まで進もうとして、ぴたりと足を止める。


【ここから先は、現在戦闘中だ。進むことはできない】


画面に、文字が浮かんでいた。


「おお!」


岩の陰で、思わず感心した。


先のイベントが終わるまで、通れないように設定されている。こういうところは、しっかりしているじゃないか。


「素晴らしい!」


制作者を褒めた。


……まあ、ついさっきまで、意味の分からない森を歩き回っていたのだが。


梅太郎は、橋を眺めて、シャフトに言った。


「仕方ない。戻ろう。さっき城があったから、話を聞いてみよう」


「そうだな」


二人は、来た道を引き返していった。


「よし、俺も戻ろう」


岩の陰から出て、後を追おうとした、そのとき。


二人の背中が、森の入口をくぐった瞬間に、端から順に黒く塗りつぶされていった。


タッタッタッ、と軽い効果音が鳴る。


「……あれ?」


城の手前の道へ戻るはずが、効果音が、いつもと違って聞こえた。


足を止めて、編集画面を開く。


【場所移動:廃墟の町】


「……おい!」


橋から戻るための移動先が、廃墟の町になっていた。


「褒めた矢先に、地味に間違えてるじゃないか!」


さっきまで、ちゃんとできていると思っていたのに。やはり、油断は禁物だ。


移動先を、城の手前の森の道に直した。


「……まあ、梅太郎たちも大変だな」


しばらくして、森の道の向こうから、二人が歩いてきた。


シャフトが、呆れたように言った。


「なんか、さっきの廃墟の街まで戻ったんだけど、何なんだ?」


「だよな。橋から引き返しただけなのに」


梅太郎が、首をひねっている。


二人は、今度こそ、城の入口へ向かった。


俺は、再び移動先を指定して、先回りした。


城門の脇の植え込みの陰から、様子をうかがう。


梅太郎が、一人目の兵士に話しかけた。


「何だ貴様ら。立ち去れ」


「冷てえな」


梅太郎が、ぼそりとこぼした。


まったくだ。もう少し、話くらい聞いてくれてもいいだろう。


梅太郎は、もう一人の兵士に声をかけた。


「ん? 何だっぺ? 先に進めないっぺちゃ?」


……何語だ。


「もう終わるんじゃないかなズラー」


「……どこの訛りなんだよ」


植え込みの陰で、頭を抱えた。


語尾が、安定していない。「っぺ」なのか、「っぺちゃ」なのか、「ズラー」なのか。いったい、どこの方言を参考にしたのだろう。


梅太郎とシャフトも、顔を見合わせている。


兵士は、そんな視線など気にせず、話を続けた。


「よし、わかったべ。わてが仲間に入ってやるズラー」


「……唐突だな」


シャフトが、ぼそりとつぶやいた。


先に進めないと言ったかと思えば、突然、仲間になると言い出した。話が、飛躍しすぎている。


兵士は、さらに続けた。


「その前に、王様に挨拶して行くべ」


そう言うと、城の中へ歩いていった。


梅太郎たちも、その後に続く。


俺は、編集画面を開いた。


移動先に、城の玉座の間を指定する。先回りしておこう。


タッタッタッ。


視界が開けると、そこは、天井の高い広間だった。


奥の玉座には、王様が座っている。俺は、大きな柱の陰に身を隠した。


入口の扉が、ゆっくりと開く。


梅太郎たちが、赤い絨毯の上を、こちらへ向かって歩いてきた。


遠い。


扉の向こうから、玉座までは、ずいぶんと距離があるようだ。梅太郎たちの姿が、豆粒のように小さい。


一歩。


また一歩。


絨毯は、まっすぐに伸びている。


……。


「長くないか」


画面がスクロールし続けているのが、見ているだけで分かった。赤い絨毯は、どこまでも続いている。


「どんだけ玉座まで距離があるんだよ!」


小声で、突っ込んだ。


ようやく玉座の前にたどり着くと、兵士は、王様に向かって頭を下げた。


「王様、兵士の仕事に飽きたので、冒険に出るっぺ」


「理由が雑すぎるだろ!」


梅太郎が、全力で突っ込んだ。


仕事に飽きたから、冒険に出る。それだけでいいのか。


王様は、特に気にした様子もなく答えた。


「くるしゅうない」


「……それだけ?」


柱の陰で、俺も、つぶやいていた。


許可をもらうための試験もない。別れの言葉もない。兵士が冒険に出る理由を、聞き返すこともない。


ただ、許可が出た。


【兵士が仲間になった!】


「……何だ、この脈絡も思い入れもない仲間の入り方は」


呆然とした。


兵士は、梅太郎たちのほうを向いて、元気よく言った。


「さあ、行くっぺ、梅太郎!」


そして、なぜか、先頭に立った。


「いや、リーダーになってるし!」


梅太郎が、思わず声を上げた。


ついさっきまで城を守っていた兵士が、いきなり仲間になり、いつの間にか先頭を歩いている。


しかも、名前は「兵士」。


「……名前、雑すぎないか」


シャフトも、首をかしげている。


俺は、柱の陰で、設定画面を開いた。


何かメモが残っているかもしれない。


すると、案の定、古いメモが見つかった。


【最終更新:25年前】


『兵士の名前はマーフィー。


だけど、似合わないので、兵士のままでいく。』


「あるじゃないか! 名前、つけてやれよ!」


声を殺して、叫んだ。


マーフィー。


ちゃんと名前まで考えていたのに、似合わないという理由で没になっていた。しかも、その名前を使わずに、「兵士」のまま仲間にしている。


……いや、せっかく考えたんだから、使えばいいのに。


メモを、そっと閉じた。


梅太郎たちは、そんな事情など知る由もなく、城を出ていった。


俺は、移動先に橋の東の岸を指定して、タッタッタッ、と先回りした。


橋に着くと、さっきまで戦闘中だったはずの場所は、すっかり平和になっていた。


岩の陰から見ていると、梅太郎たちが、橋を渡って、西の岸へ進んでいった。


俺も、少し遅れて、橋を渡る。


橋の向こうには、大きな岩場が広がっていた。


その上に、一人の人影が立っている。


人魚のような姿をした人物が、海に向かって、何かをつぶやいていた。


「これが本当の姿なの、ごめんなさい……」


そして、海の向こうへ向かって、名前を呼んだ。


「アンソニー……」


次の瞬間。


ピューン!


ザバーン!


人影は、岸壁から、海へ飛び込んでしまった。


「……え?」


岩場の陰で、固まった。


何が起きたのか、理解が追いつかない。


すると、岩場の手前に立っていた金髪の剣士らしきキャラクターが、一言つぶやいた。多分アンソニーだろう。


「ジェーン……」


……ジェーン?


剣士は、ゆっくりと、崖のほうへ歩き始めた。


そして、突然、叫んだ。


「ジェーーーーーン!!!」


そのまま、崖の向こうへ、落ちていった。


ピューン!


ボッコン!


「はっはっはー!」


……。


「また、その笑い声かよ!」


小声で、突っ込んだ。


あの効果音は、確か、パンプキンの家のときに見かけた、用意された素材だ。それが、よりによって、こんな悲劇の場面で使われている。


途中の効果音も、まったく状況に合っていない。


悲劇的な場面のはずなのに、効果音だけが、妙に楽しそうだった。


梅太郎たちは、しばらく、その場に立っていた。


……いや、立っていただけだった。


「……え、何もないのか?」


梅太郎が、首をかしげた。


「説明くらい、してほしいよな」


シャフトが、静かに言った。


イベントは、それで終わりだった。


三人は、何事もなかったかのように、歩き始めた。


俺は、気になって、再びメモを探した。


すると、ここにも、古いメモが残されていた。


【最終更新:25年前】


『これはゲームの説明書に画像であった1シーン。


同じシーンを再現してみたかっただけ。


名前もオリジナル。』


「……ああ、そういうことか」


静かに、納得した。


説明書に載っていた場面を、再現したかった。だから、イベントを作った。登場人物の名前も、独自につけた。


それだけだった。


町の廃墟化との関係も分からない。人魚が、なぜ海に飛び込んだのかも分からない。アンソニーが、なぜ後を追ったのかも分からない。


そもそも、なぜ、あのタイミングであの効果音が鳴ったのかも分からない。


だが、作り手にとっては、それでよかったのだろう。


「……ここまで、意味をなさないイベントを並べるRPGも、珍しいな」


苦笑した。


今のゲームなら、物語の整合性を取ったり、伏線を回収したり、プレイヤーが納得できる理由を用意したりすることが多い。もちろん、それは大切なことだ。


けれど、25年前のこのゲームは、違った。


面白いと思ったから作る。再現したいから作る。かっこいい名前を見つけたから登場させる。授業中に思いついたから、イベントにする。


理由は、それだけ。


物語として矛盾していても、イベントが本編に関係なくても、作りたいものを作る。


それが、このゲームには詰まっていた。


「……こういう大胆さも、生きるためには大事なのかもな」


ふと、そんなことを思った。


俺は、いつから、何をするにも、理由や正解を求めるようになったのだろう。


失敗しないように。間違えないように。誰かに迷惑をかけないように。


仕事でも、日常でも、何かを始める前に考えることが増えていた。もちろん、それが必要な場面もある。


でも、作りたいから作る。面白そうだから、やってみる。


それだけで始めても、いいのかもしれない。


このゲームを作った誰かは、きっと、そんなことを考えずに、ただ楽しんでいたのだろう。


少しだけ、笑った。


「……まあ、梅太郎たちには、もう少し説明してやってほしいけどな」


誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。


梅太郎たちは、そんな俺の感慨など知る由もなく、次のマップへの出口へ向かっていった。


二人の背中が、出口をくぐる。


タッタッタッ、と軽い効果音が鳴った。


その音に合わせて、端から順に、黒く塗りつぶされて消えていく。


俺も、編集画面を開いた。


移動先は、次のマップ。対象は【自分】。


タッタッタッ。

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