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第十三話 宝箱の罠と、レベル1の勇者

移動先の欄に、次のマップの名前を入れて、保存を押した。


タッタッタッ、と軽い効果音が鳴る。視界が、端から順に黒く染まっていった。


次に目を開けたとき、冷たい岩肌に囲まれた洞窟の入口に、俺は立っていた。


少し長めのダンジョンだ。


編集画面でマップを確認すると、敵の名前は相変わらず設定されていないものの、エンカウントの頻度は適度。宝箱も、要所に配置されている。道の長さも、敵の強さも、アイテムの配置も、絶妙なバランスだった。


これは……。


「有名RPGにも、引けを取らない洞窟じゃないか」


……いや、違う。


こんなまともなRPGは、求めていない。


今までのマップは、進めない道、逆になったイベント、意味の分からない敵、そして突然始まる謎の演出ばかりだった。それらを修正しながら進んできたせいで、急に成長したようなダンジョンに、物足りなさを感じているのかもしれない。


逆に言えば、よくあるRPGのほうが、つまらないんじゃないか。


そんな錯覚すら覚える。


俺は、洞窟の壁のくぼみに身を隠した。


ほどなくして、梅太郎たちが、入口から姿を見せた。


そんな俺の気持ちなど知るはずもなく、三人は、どんどん奥へ進んでいく。俺は、岩陰から岩陰へ、その背中を追った。


途中で、景色が変わった。


洞窟の岩肌が消え、地下の下水道のようなマップが現れたのだ。


「……急に変わりすぎじゃないか」


梅太郎が、足を止めて、あたりを見回した。


「さっきまで、ザ・洞窟だったよな」


「どういうつながりで、いきなり下水道に出るんだ」


シャフトも、首をかしげている。


俺も、同じことを思った。


まあ、いい。この程度なら、もう驚かない。


下水道のようなマップには、宝箱が一つ、置かれていた。


シャフトが、さっそく宝箱に近づく。


おっ。


宝箱か。


さあ、何が出る?


回復アイテムか。強力な武器か。それとも、ここまで頑張った冒険者へのご褒美か。


シャフトが、宝箱を開けた。


その瞬間――。


【青龍が現れた!】


「くそっ、罠か!」


梅太郎が叫んだ。


宝箱から出てきた青龍は、いきなり炎を吐いた。


火炎が、画面全体を包み込む。


「全体攻撃かよ!」


三人とも、大ダメージを受けた。


それでも、なんとか持ちこたえて、必死に攻撃を繰り返す。そして、ようやく、青龍を倒した。


……ふう。


宝箱から敵が出てくるのは、まあ、ある。強敵が潜んでいるのも、まあ、分かる。


だが、普通なら、これで終わりだろう。


そう思った、次の瞬間。


【紅龍が現れた!】


「何だっぺ!出すなら一緒に出せズラー」


兵士が、天を仰いだ。


青龍との戦闘で、三人のHPは、すでに削られている。


紅龍のグラフィックは、青龍を反転させただけ。技の構成も、青龍とまったく同じだった。つまり、さっきの戦闘を、もう一度やるだけである。


ただし、こちらは、瀕死寸前。


全体攻撃を受けるたびに、HPが、みるみる減っていく。


それでも、どうにか、紅龍を撃破した。


「……危なかった」


シャフトが、肩で息をしている。


岩陰で、俺も、胸をなで下ろした。


編集画面を開いて、宝箱のイベントを確認する。


なんで、一緒に出さないんだ?


青龍と紅龍を同時に出せば、一回の戦闘で済むだろうに。


イベント設定を調べていくと、古いメモが見つかった。


【メモ更新日:25年前】


『画面いっぱいの敵を出したら、一回の戦闘で入りきらなかった。連続で出てくる仕様を発見。使うしかない。敵は、某デュエル漫画を参考にした。』


「……なるほど」


仕様だったのか。


画面に敵を詰め込もうとしたら、一度に表示できなかった。でも、連続で出てくるなら、それはそれで面白い。そう思って、採用したわけか。


たまたま見つけた仕様を、どうしても使いたくなってしまったんだろう。


しかも、敵のデザインも、ほぼそのままな気がする。


……いや、これ以上は、詮索しないでおこう。


そっと、編集画面を閉じた。


梅太郎たちは、傷を癒やしてから、さらに奥へ進んでいった。


ダンジョンも、終盤に差しかかった頃、今度は、紫色の底なしダンジョンのようなマップに出た。


足場の下には、何も見えない。落ちたらどうなるのか分からない、というより、そもそも地面があるのかすら、怪しい。


しかし、梅太郎たちは、何の疑問も持たず、普通に通過していった。


「……まあ、そうだよな」


いちいち立ち止まっていたら、冒険が進まない。


そのとき、俺は、たまたま編集画面を開いていた。


そして、あるものに気づいた。


「ん?」


出口とは別の場所に、宝箱が配置されている。


だが、どう考えても、普通には行けそうにない。大穴の向こう側。足場なんて、どこにもない。なのに、宝箱だけが、ぽつんと置かれている。


よく見ると、マップの物体のグラフィックを半透明にすることで、通過できるようにするギミックが、仕込まれていた。


「おお、こんな仕掛けがあったのか!」


確認している間に、梅太郎たちは、出口へ向かっていった。


三人が出口をくぐる。


タッタッタッ、と軽い効果音が鳴って、背中が、黒く塗りつぶされて消えた。


……行っちゃった。


「いや、これ、もっと主張しないと誰も気づけないぞ」


普通に歩いていたら、絶対に見落とす。


だが、俺は気になった。


こんな裏技みたいな仕掛けを用意しているんだ。きっと、すごいお宝が入っているに違いない。


最強の武器とか。攻撃力が桁違いの剣とか。もしかしたら、ここでしか手に入らない、伝説の装備かもしれない。


大穴の前まで移動した。


よく見ると、穴の上には、うっすらと白く透明な何かが存在していた。


慎重に、足を踏み出す。


……渡れる。


「本当に渡れるじゃないか!」


向こう側まで進んで、宝箱を開けた。


煙のエフェクトが、ふわりと広がる。


ちゃっちゃっちゃー。


気の抜けるような効果音が、鳴った。


……ん?


何か、手に入ったのか。


そう思った瞬間、画面の表示が変わった。


【毒状態になった!】


「……は?」


気づけば、俺は、毒状態になっていた。


「何だよ、これ」


くそ。何も道具を持っていないぞ。


慌てて、所持アイテムを確認した。


すると、そこには、律儀に毒消しが入っていた。


……いや。


「こんなところの優しさ、いらないよ!」


罠を仕掛けておいて、毒消しまで用意してある。親切なのか、意地悪なのか、どっちなんだ。


毒消しを使って、状態異常を解除した。


そのとき、ふと、画面の隅に表示された自分のステータスが、目に入った。


【職業:勇者】


【レベル:1】


……。


レベル1。


そうだった。


俺は、この世界で、ずっとレベル1のままだ。


梅太郎たちの冒険を進めるために、マップを直し、イベントを修正し、敵の強さを調整している。でも、俺自身が成長するわけじゃない。


まあ、修正している側だから、仕方ないのかもしれない。


だけどさ。


異世界ものって、もっとこう……あるだろ。


ステータスを一つだけ最大値にできるとか。特殊スキルだけやたら大量に持っているとか。時間を巻き戻す能力があるとか。なんなら、タイムリープでもいい。


それなのに、俺に与えられた能力といえば、進めそうで進められないイベントを修正すること。


地味すぎる。


いや、役には立っている。役には立っているんだけど……。


「……なんだよ、この修正係」


急に、虚しくなった。


勇者という肩書きだけは立派なのに、レベルは1。敵を倒して成長するわけでもなく、特別な力があるわけでもない。ただ、誰かが作りかけた世界の不具合を、直しているだけだ。


……まあ。


それでも、やるしかない。誰もやりたくないことをやることは、嫌いじゃない。


きっとこの世界の冒険が終わらない限り、現実の世界にも、戻れない気がする。


うん、絶対そうだ。


なんとなく自分に言い聞かせた。


ステータス画面を閉じた。


少なくとも、まだ、修正する場所は残っている。


大穴の向こうから、出口へ向かって歩き出しながら、編集画面を開いた。


移動先は、梅太郎たちが向かった、次のマップ。対象は【自分】。


タッタッタッ。

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