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第十四話 名前のない街と、草むらの未来人

移動が終わると、足の裏に、石畳の硬い感触が伝わってきた。


洞窟を抜けた先は、街だった。


数軒の民家に、アイテム屋。そして、ひときわ目立つ立派な屋敷が一つ。


ここまでの冒険を考えれば、ずいぶんまともな街だった。


……いや、もう「まとも」という言葉の基準が、分からなくなってきたな。


民家の壁際に身を寄せて、梅太郎たちが来るのを待つことにした。


ほどなくして、洞窟の出口から、三つの人影が現れた。梅太郎、シャフト、兵士。


そのとき、画面が、勝手に動き出した。


俺の操作ではない。


視点が、ゆっくりと西へ移動していく。街の西側にある草むらが映し出され、数秒ほど止まったあと、何事もなかったかのように、元の画面へ戻った。


ただの画面移動にしては、妙に不自然だった。


草むらの中央には、誰かが隠れているような、不自然な揺れがある。けれど、キャラクターの姿は見えない。


「……何だ、これ」


イベントの演出だろうか。草むらに、何かあるのか。それとも、ただのバグか。


首をかしげていると、画面の隅に、赤い文字が灯った。


【警告:不明なアクセスを検知しました】


「くそ、急に来たな!」


慌てて、編集画面を開いた。


今度は、何をされた?


マップの移動先か。イベントの発生条件か。それとも、またスイッチを勝手に書き換えられたのか。


これまでの経験から、まずはイベント設定を確認する。


……おかしそうなところは、なさそうだ。


いや、初めて来たマップだから、正常かどうかも、よく分からない。それでも、これまでのように、明らかな条件の改ざんや、スイッチの変更は見当たらなかった。


ただ、さっき画面が映した草むらだけは、妙に気になった。


イベント一覧を確認しても、そこに何かが配置されているようには見えない。なのに、画面は確かに、あの場所を選んだ。


「……たまには、そんなこともあるのか」


警告が出たからといって、必ずしも何かを壊されたわけではないらしい。


ひとまず、設定画面を閉じた。


すると、兵士が、街を見回しながら、口を開いた。


「この街は、なんて名前ズラー?」


……確かに。


言われてみれば、街の名前が分からない。


入口に、看板はない。住民に話しかけても、特に説明はない。普通のRPGなら、街に入った瞬間に地名が表示されるか、入口付近の住民が教えてくれるものだ。


『ここは、〇〇の街だよ』


そんな定番の台詞すら、ない。


「さあな。誰かに聞いてみるか」


梅太郎が、近くの民家のほうへ歩いていく。


「まあ、名前くらいは、設定されてるだろ」


俺は、何気なく、編集画面を開いた。


ついでに、今さらながら気になったことも、調べてみる。


そういえば、ショスタコビッチのいた街。あそこは、何という名前だったんだろう。


確認してみると、答えは、すぐに出た。


【マップ名:廃墟】


「……廃墟?」


あの街、確かに途中で廃墟になったけど、最初は普通に人が暮らしていたよな。


そもそも、名前をつける気がなかったんだろうか。


「じゃあ、兵士が仲間になったときの城は?」


さらに確認した。


【マップ名:隣の城】


「……隣の城」


もっとあっただろう。


いや、あの城は、兵士が王様に挨拶するためだけの場所だった。名前をつけるほどの思い入れも、なかったのかもしれない。


そう考えると、なんとなく納得できてしまった。


「えーっと、それで、この街は……」


現在のマップ情報を、確認した。


【マップ名:新しいマップ】


「……ん?」


新しいマップ。


いや、確かに、新しいマップではある。でも、そういうことじゃないだろう。


街の名前が、設定されていない。メモ欄も調べてみたが、特に何も残されていなかった。


敵の名前が「敵4」だったり、宝箱に何も入っていなかったりするのは、もう見慣れた。それでも、これまで訪れた場所には、一応、それらしい名前がついていた。


なのに、この街だけ、名前がない。


「……あ!」


さっきの出来事を、思い出した。


画面が勝手に草むらへ移動した直後、不明なアクセスの警告が出た。


もしかして。


「さっきの不正アクセスで、街の名前を消されたのか?」


だとしたら、何のために?


街の名前なんて、消したところで、冒険に大きな影響はない。むしろ、わざわざそんなところを狙う意味が、分からない。


……いや、今までのことを考えれば、意味の分からない改ざんなんて、いくらでもあった。


それに、名前を消したのではなく、誰かがこのマップに入り込んだせいで、情報が上書きされた可能性もある。


しばらく、画面を見つめた。


「……まあ、いいか」


影響は、少ない。名前がなくても、梅太郎たちは、先に進める。


今は、見なかったことにしよう。


そんな独り言を終えた頃、梅太郎たちは、街の奥にある、立派な屋敷へ向かっていた。


「あそこ、いかにも何かありそうだな」


梅太郎が、屋敷を見上げている。


何か重要なイベントが、あるのだろうか。この規模の屋敷だ。偉い人が、住んでいるのかもしれない。


梅太郎たちが、入口に近づいた、そのときだった。


『コッチダヨ』


「……ん?」


梅太郎が、足を止めた。


「今、何か聞こえなかったか」


「聞こえたズラー」


どこからか、声がした。


さっきの草むらのほうからだった。


同時に、画面が動き出す。


街の西側。草むらが映し出された。今度は、草の一部が、わずかに揺れている。そして、すぐに、元の位置へ戻る。


「気のせいだな。屋敷に入ろう」


梅太郎は、気にせず、屋敷へ向かおうとした。


『コッチダヨ』


また、画面が動いた。


草むら。


元の位置。


『コッチダヨ』


草むら。


元の位置。


画面が草むらを映すたび、そこから、微かな電子音のようなものが聞こえた。


まるで、誰かが、こちら側へ通信を送っているようだった。


「…………」


民家の影で、黙って、画面を見つめた。


なるほど。


どうやら、あの草むらに、何かあるらしい。それは、分かった。さっきの不明なアクセスも、画面の勝手な移動も、こいつが原因なのだろう。


分かったから。


「……そろそろ、許してやれよ、梅太郎」


切に、願った。


屋敷に入ろうとしているだけなのに、何度も何度も、呼び止められる梅太郎。


しかし、本人は、頑なに無視している。


イベントを作った側も、ここまで無視されるとは、思っていなかっただろう。


「うるさいな、さっきから」


「どこかで、誰かが呼んでるっぺ」


「だから、あっちが先だって」


兵士が、草むらのほうを指さしても、梅太郎は、聞く耳を持たない。


やがて、シャフトが、ため息をついた。


「一回、行ってみようぜ。このままだと、ずっと鳴るぞ」


「……しょうがないな」


梅太郎たちは、渋々、草むらのほうへ向かった。


「……やっぱり、何かいるのか」


思わず、身を乗り出した。


その瞬間、梅太郎たちが、指定されたポイントに、到着した。


【イベント発生】


『デルデルデル……』


「何だ、この音」


梅太郎が、あたりを見回す。


俺も、同じことを思った。


『デチャッター!!』


効果音とともに、草むらの中から、キャラクターが現れた。


宇宙服を着た人物だった。


街の草むらから、宇宙服。


もう、何が出てきても、驚かない。


ただ、さっきの画面移動は、この人物が現れるためのものだったらしい。


人物は、梅太郎たちに向かって、話しかけた。


「ワタシノナマエハ未来人。アナタノナカマニナリマス」


【未来人が仲間になった!】


「……は?」


梅太郎の声と、俺の声が、重なった。


仲間になった。


今、仲間になったよな。


自己紹介して、仲間になると宣言しただけで。


……いや、兵士のときも、似たようなものだった。王様に一言、挨拶して、冒険に出たいと言ったら、仲間になった。


今回は、草むらに隠れていて、何度も呼びかけた末に、宇宙服の人物が現れ、そのまま仲間になった。しかも、登場前から画面を勝手に動かしてまで。


「兵士といい、未来人といい……仲間になる脈絡が、なさすぎるだろ」


仲間を増やすイベントというのは、もっとこう、あるんじゃないのか。


共に戦う理由があったり、助けた恩があったり、目的が一致したり。少なくとも、草むらから突然現れて「仲間になります」と宣言するだけでは、ないはずだ。


……いや。


駅で歩いているおっさんに声をかけたら、そのまま仲間になった。それと変わらないんじゃないか。


「……さすがに、それは言い過ぎか」


自分で、自分にツッコミを入れた。


未来人には、未来人なりの事情が、あるのかもしれない。ただ、今のところ、説明は一切ない。


画面を勝手に動かした理由も、なぜ草むらに隠れていたのかも。


「えっと、よろしくな。未来人」


梅太郎が、頭をかきながら、手を差し出した。


「ヨロシクオネガイシマス」


未来人は、機械のような抑揚で、握手を返した。


そして、そんな俺の疑問など知る由もなく。


梅太郎たちは、未来人を仲間に加えたまま、立派な屋敷へと入っていった。


四つの背中が、屋敷の扉をくぐる。


タッタッタッ、と軽い効果音が鳴った。


その音に合わせて、端から順に、黒く塗りつぶされて消えていく。


俺も、編集画面を開いた。


移動先は、屋敷の中。対象は【自分】。


タッタッタッ。

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