第十五話 ゴンザレスの依頼と、足りない容量
扉の前に着くと、重たい木の扉が、ぎい、と開いていた。
洋館の中は、赤い絨毯が敷き詰められていた。
正面には大きな窓があり、その向こうには森が広がっている。なかなか立派な造りだ。これまでのマップと比べても、ずいぶん気合が入っている。というより、これはきっとデフォルトマップだな。
俺は、玄関ホールの大きな柱の陰に身を寄せた。
ほどなくして、梅太郎たちが、扉をくぐってきた。
そのとき、二階の手すりの向こうから、怒鳴り声が降ってきた。
「うぬぬ、きゃつらめ。どこ行きおった!」
……なんか、怒ってらっしゃる。
何があったのかは分からないが、相当ご立腹のようだ。
二階にいたのは、いかにも洋館の主人らしい、立派な身なりの人物だった。その人物は、梅太郎たちに気づくと、手すりから身を乗り出した。
「お? 客人か? よくぞ来てくれた。見たところ、旅のものとみた。話を聞いてくれんか?」
「いきなりだな」
梅太郎が、小声でつぶやいた。
見ず知らずの旅人に、いきなり依頼。よくある依頼クエストの始まりだ。
柱の陰で、俺は、うんうんとうなずいた。こういうところは、ちゃんとRPGらしい。
梅太郎、シャフト、兵士、未来人の四人は、主人に招かれて、別室へ移っていった。
俺は、編集画面を開いた。
移動先に、洋館の別室を指定する。対象は【自分】。
タッタッタッ。
視界が開けると、部屋の隅に、背の高い本棚が並んでいた。その後ろに、身をひそめる。
部屋の中央には、テーブルと椅子が並べられていた。
全員が席に着くと、主人が、さっそく話し始めた。
「私の名前は、ゴンザレス」
ゴンザレス。
……ずいぶん、覚えやすい名前だな。
「最近、私の土地にスライムが住み着いており、困っておる。いつ襲われるか分からず、落ち落ち寝ておれん」
なるほど。スライム退治か。RPGの依頼としては、実に王道だ。
「討伐を試みたのだが、今、護衛たちが別用で行けないのだ」
護衛が別用。それは、大変だ。
「そこで頼みです。スライムを討伐してくれんか? 褒美はたっぷりあげるぞ」
「はい、喜んで」
シャフトが、即答した。
……早い。
梅太郎も、兵士も、未来人も、驚いたようにシャフトを見ている。
「お前、もう少し、考えてから答えろよ」
梅太郎が、小声で突っ込んだ。
本棚の陰で、俺も、同じ気持ちだった。
依頼の内容も、報酬の具体的な額も、敵の強さも分かっていない。それなのに、シャフトは、迷いなく引き受けた。
「そうか! よくぞ言ってくれた。それでは、裏口から住処まで行けるはずだ」
ゴンザレスは、満足そうにうなずいた。
「頼んだぞ、旅のもの」
こうして、スライム討伐の依頼が決まった。
……あっさりしている。
もし、ここで「いいえ」を選んでいたら、どうなっていたんだろう。もう一度、依頼を受けるか聞かれるのか。それとも、無限に「頼んだぞ」と言われ続けるのか。
考えるだけで、面倒だ。
シャフトが即答してくれたおかげで、無駄なやり取りをせずに済んだ。
胸をなで下ろして、編集画面を開き、イベント設定を確認した。
すると、メモが見つかった。
【メモ更新日:25年前】
『ここのイベントは、アンソニーイベントに続いて、説明書に載っていたシーン。貴族が「うぬぬ、きゃつらめ」と言っているシーンをただ作りたかった。』
「……なるほど」
これも、ただやりたかったシリーズか。
アンソニーのときと同じだ。説明書に載っていたシーンを、自分のゲームで再現したかった。それだけ。
ただ、アンソニーのイベントよりは、意味がありそうだ。少なくとも、今回は、スライム討伐という目的につながっている。
なんとなく、制作者のことが、分かってきた気がした。
面白そうだから作る。かっこいい場面だから再現する。そして、できあがったイベントに、あとから理由をつけていく。
……いや、実際のところは、分からないけどな。
編集画面を閉じた。
梅太郎たちは、ゴンザレスの洋館を出て、スライムの住処だという洞窟へ向かった。
俺は、先回りして、洞窟の入口の岩陰へ移動した。
洞窟は、南の森にあったダンジョンと、同じくらいの広さだった。長すぎず、短すぎず。適度な数の敵が出現し、道中には、無駄な寄り道もない。
そして、今回の洞窟には、一つ違いがあった。
敵に、名前がついているのだ。
【スライム】
赤いスライム。
【スライム】
青いスライム。
【スライム】
緑のスライム。
【スライム】
黄色いスライム。
「……全種類使ったんだろうな」
岩陰から、画面を見ながら、つぶやいた。
色違いのスライムが、次から次へと出現する。赤、青、緑、黄色。せっかく四種類あるのだから、全部登場させたかったのだろう。
その気持ちは、分かる。
分かるんだが……。
「こいつら、やたら強くないか?」
梅太郎が、肩で息をしながら言った。
スライムの攻撃が、四人のHPを、どんどん削っていく。火炎を吐く青龍と紅龍ほどではないにしても、なかなかの強敵だ。
「スライムって、もっと序盤に出てくる、弱いモンスターじゃなかったか」
シャフトも、首をかしげている。
こっちは、ようやくスライム退治の依頼を受けたばかりだぞ。
……いや。
そうだった。
このRPGは、俺の常識を裏切ってくるゲームだった。
スライムだから、弱い。宝箱だから、お宝が入っている。仲間になるなら、それなりの理由がある。そんな常識は、ここでは通用しない。
もう、細かいことを考えるのは、やめた。
特に、修正する必要もなさそうだ。敵は強いが、梅太郎たちは、順調に進んでいる。
俺は、編集画面も開かず、ただ彼らの冒険を眺めていた。
……そういえば。
最近、忙しすぎて、ゆっくりしたことがなかったな。
仕事では問題を解決し、家では家のことをこなし、空いた時間には趣味をちょっと入れ込む。何かをやっていないと、落ち着かない。そんな毎日だった。
でも、今は違う。
目の前では、梅太郎たちが、勝手に冒険を進めている。俺が手を出さなくても、敵を倒し、道を進み、少しずつ目的地へ近づいている。
もちろん、何かあれば、修正する必要はある。それでも、今は、何もすることがない。
「……たまには、こういうのもいいか」
何も考えず、ただ眺めている。
それだけなのに、妙に気持ちが落ち着いた。
そのとき、ふと、思った。
この世界は、俺が編集できる。マップを作ることもできる。イベントを設定することもできる。敵の強さだって、変えられる。
だったら――。
「……俺が、オリジナルのイベントを作ることも、できるんじゃないか?」
梅太郎たちのために、何か新しい冒険を用意してやる。
今までのように、誰かが作ったイベントの不具合を、修正するだけじゃない。俺自身が考えたイベントで、梅太郎たちを冒険させる。
そう考えると、少し、ワクワクしてきた。
例えば、ダンジョンとダンジョンの間に、ちょっとした町を作る。そこでは、強力な武器が、格安で買える。あるいは、簡単にレベルを上げられる場所を用意する。そうすれば、梅太郎たちも、楽になるだろう。
今までの冒険は、何かと苦労が多かった。少しくらい、俺が助けてやってもいいんじゃないか。
「よし、試してみるか」
編集画面を開いた。
まずは、マップの新規作成。
操作を進め、作成ボタンを押す。
【容量が足りません】
「……え?」
もう一度、確認する。
やはり、同じ表示だった。
「じゃあ、イベントだけでも……」
今度は、イベントの新規作成を試してみる。
【容量が足りません】
「……は?」
何だ、それ。
設定画面を開き、データ容量について調べた。
すると、そこには、見慣れない表示があった。
【データ領域:1】
【使用ブロック数:15/15】
「……十五?」
データ領域は一つ。そして、ブロックという単位で管理されているらしい。その最大容量は、十五ブロック。
現在、すべて使い切っていた。
「プレステか!」
思わず、声が出そうになった。
俺自身、プレイステーションで遊んだ経験はない。ただ、レトロゲームの本で読んだことがあった。当時のメモリーカードは、十五ブロックが最大容量だったという話だ。
まさか、異世界に来てまで、容量不足に悩まされるとは思わなかった。
いや、そもそも、ここは異世界なのか。俺は、作りかけのRPGの中にいるだけなのかもしれない。だとしたら、この容量制限も、元のゲームの仕様なのだろう。
「……まあ、管理者にも悪いし、新しいイベントを作るのは、やめておくか」
勝手にデータを増やして、何か問題が起きても、困る。
それに、よく考えれば、強力な武器を格安で売ったり、簡単にレベルを上げられるようにしたりするのも、どうなんだろう。そんなことをしたら、冒険が、つまらなくなってしまうかもしれない。
苦労して、敵を倒す。迷いながら、先へ進む。ようやく手に入れた武器で、強敵を倒す。
そういう積み重ねがあるからこそ、冒険は、楽しいのだ。
「……コツコツ苦労して進んでいくから、楽しいんだよな」
自分で言って、少し、笑ってしまった。
なんだか、人生みたいだ。
何もかも簡単にできたら、きっと面白くない。苦労した先に何かがあるから、進んでいける。
……まあ、現実の苦労は、もう少し減らしてほしいけどな。
そんなことを考えているうちに、梅太郎たちは、洞窟の奥へと進んでいた。
そして、ついに、一番奥へ到着した。
いかにも、ボスが待ち構えていそうな場所だ。
梅太郎たちが、奥の扉の前で足を止める。
「……いるな、これ」
「いるっぺ」
シャフトが、静かに刀に手をかけた。
その背中が、扉をくぐった瞬間、タッタッタッ、と軽い効果音が鳴った。
その音に合わせて、端から順に、黒く塗りつぶされていく。
俺も、編集画面を開いた。
……さて。
今度は、何が出てくるんだ。
移動先は、洞窟の奥の部屋。対象は【自分】。
タッタッタッ。




