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第十六話 スライム大統領と、奪われた土地

洞窟の最奥。


先回りした先には、赤い絨毯が敷かれ、西洋風の壁に囲まれた部屋が広がっていた。


中央奥には、一段高くなった場所に玉座がある。


そして、その玉座の前には、顔が青く、西洋風の服を着たキャラクターが立っていた。左右には、アメーバのような青いスライムが、一体ずつ。


……なんだ、この組み合わせ。


俺は、入口近くの太い石柱の陰に身をひそめた。


ほどなくして、梅太郎たちが、奥の扉から入ってきた。


玉座に座っていた青い顔の人物が、ゆっくりと口を開いた。


「……吾輩の名前は、スライム大統領」


スライム大統領。


……大統領?


「貴様ら何者だ? あの貴族の手先か? であれば、生かしておけん。覚悟せよ」


そして、左右のスライムを指さした。


「行くぞ、スケさん、カクさん!」


「……ん?」


柱の陰で、首をかしげた。


水戸黄門か?


いや、待て。


自分で呼んでおいて、なぜ自信がなさそうなんだ。


それに、スライムなのに大統領。左右のスライムは、スケさんとカクさん。


……これ、絶対に、青い顔のキャラクターから名前をつけただろ。


俺がいろいろ考えている間に、戦闘が始まった。


【ボス戦開始!】


スライム大統領が、魔法を連発する。左右のスライムも攻撃に加わり、四人のHPが、削られていく。


しかも、こちらの魔法攻撃が通らない。


「うわ、なかなか強いな……」


梅太郎が、歯を食いしばった。


ただのスライム退治だと思っていたら、まさかのボス戦。しかも、魔法が効かないとなると、攻撃手段も限られてくる。


四人は、苦戦しながらも、なんとか攻撃を続けた。回復を挟み、ギリギリのところで持ちこたえる。


そして――。


【スライム大統領を倒した!】


なんとか、勝利した。


……ふう。


スライムという名前からは、想像できない強さだった。


柱の陰で息をついていると、シャフトが、一歩前に出た。


「さあ、このゴンザレスの土地から出ていけ!」


……ん?


何を言っているんだ。


「……なに? 何を言っている」


スライム大統領が、困惑した様子で聞き返した。


「……ん? 何のことだ?」


梅太郎も、首をかしげている。


いや、俺も分からない。


戦闘に勝ったら、普通は「やった!」とか「これで依頼完了だ!」とか、そういう流れになるんじゃないのか。


なぜ、いきなり土地を追い出そうとしている?


すると、スライム大統領が、事情を説明し始めた。


「そもそも、この土地は、吾輩たちがずっと統治してきた場所である。最近、ゴンザレスという男が、無理やり吾輩の敷地内に洋館を建て始めたのだ」


「…………」


話が違う。


完全に、話が食い違っている。


ゴンザレスは、自分の土地にスライムが住み着いて困っている、と言っていた。だが、スライム大統領の話では、もともとここは、スライムたちの土地だったらしい。


つまり……。


どちらかが、嘘をついている。


「……どっちを信じるんだ?」


編集画面を開きかけて、手を止めた。


イベントの設定を確認すれば、何か分かるかもしれない。けれど、今は、もう少しだけ、この先を見てみたい気もした。


どちらが本当のことを言っているのか。このまま進めれば、分かるのだろうか。


「くそ、あの野郎、騙しやがったな!」


シャフトが、怒りをあらわにした。


「お前、褒美が欲しかったんじゃないのか」


梅太郎が、冷静に突っ込んだ。


「依頼を受けるとき、秒で返事してただろ」


「それとこれとは、別だ」


シャフトが、きっぱりと言い切った。


……切り替えが、早すぎる。


スライム大統領は、そんなシャフトを見て、うなずいた。


「よし。吾輩も、あいつを懲らしめたいと思っていた。一緒に来てくれないか?」


梅太郎、シャフト、兵士、未来人の四人は、顔を見合わせた。


そして、全員が、うなずいた。


……決まったらしい。


スライム大統領の話を聞いただけで、ゴンザレスの屋敷へ乗り込むことになった。


さっきまで、スライム大統領を倒していたのに、今度は一緒に戦う側になる。敵と味方の切り替えが、忙しい。


そのとき、兵士が、話に割って入ってきた。


「よし、スライム大統領がこの地を離れている間、わてがこの地を統治してやるズラー」


「そうか、頼むぞ、兵士」


「…………」


そうか、頼むぞ、兵士、じゃない。


「簡単に統治権を渡しすぎだろ!」


梅太郎が、俺の代わりに、全力で突っ込んだ。


ついさっきまで敵だった相手が、土地を離れるから代わりに統治してくれと言い、兵士が、それを引き受ける。しかも、スライム大統領は、何の疑いもなく、了承している。


そして、兵士は、さっそく玉座に座った。


満足そうな顔をしている。


「…………」


柱の陰から、しばらく、その光景を眺めていた。


いや、まあ。


分からなくも、ない。


現在のパーティーは、梅太郎、シャフト、兵士、未来人の四人。そこに、スライム大統領が加わるとなれば、五人になってしまう。RPGのパーティー人数を考えれば、誰かが抜けなければならない。


……だからって、統治者にするのか。


しかも、本人は、玉座に座って満足している。


兵士、お前、冒険に出たかったんじゃなかったのか。


心の中でツッコミを入れたが、当然、誰にも届かなかった。


こうして、兵士は、この土地に残ることになった。


梅太郎、シャフト、未来人。そして、スライム大統領。


四人は、ゴンザレスの屋敷へ向かうため、洞窟を後にした。


スライム大統領が、どこまで本当のことを話しているのか。ゴンザレスは、本当に土地を奪った悪人なのか。まだ、分からないことは多い。


だが、一つだけ、確かなことがある。


……このRPG、依頼を受ける前に、もう少し事情を聞いたほうがいい。


そう思いながら、四人の背中を見送った。


出口をくぐった瞬間、タッタッタッ、と軽い効果音が鳴った。


その音に合わせて、端から順に、黒く塗りつぶされていく。


俺も、編集画面を開いた。


移動先は、ゴンザレスの洋館。対象は【自分】。


タッタッタッ、と軽い効果音が鳴って、視界が開けた。


洋館の裏口の脇だった。俺は、勝手口の横の樽の陰に身を寄せて、中の様子をうかがった。


廊下の先に、広い部屋が見える。


そこでは、ゴンザレスが、歴代の肖像画を眺めていた。壁には、何人もの人物の絵が飾られている。その周りには、ピエロなど、妙に気味の悪い人形が、ずらりと並んでいた。


「……何だ、この屋敷」


思わず、つぶやいた。


趣味が悪い。


ゴンザレスの趣味なのか、二十五年前の制作者の趣味なのかは分からないが、とにかく、あまり長居したくない空間だった。


ほどなくして、裏口の扉が、静かに開いた。


梅太郎、シャフト、未来人、それにスライム大統領が、忍び足で入ってくる。


四人は、人形の裏側に身を隠して、ゴンザレスの様子をうかがい始めた。


まず、シャフトが、人形の隙間から中をのぞき込む。すると、梅太郎もスライム大統領も、負けじと前に出てきた。


「おい、押すなよ」


「押してない。お前が前に出すぎなんだ」


ガタッ。


人形が、倒れた。


「やべ」


樽の陰で、俺も、思わず声を漏らした。


ゴンザレスが、振り向く。


……。


……気づかれなかった。


「いや、気づかないのかよ」


梅太郎が、小声で突っ込んだ。


あれだけ派手な音がしたのに、ゴンザレスは、再び肖像画へ視線を戻した。


すると、シャフトが、懐から何かを取り出した。


吹き矢だった。


「……何で持ってるんだよ」


梅太郎が、あきれた顔でささやく。


シャフトは、静かに構えて、狙いを定めた。


梅太郎が、小さく合図を送る。


「……いけ!」


ピュッ!!


グサッ。


「ウッ……」


画面が、赤い光に包まれた。


派手な演出は、何もない。ただ、短いうめき声と、赤い光が走っただけだ。それだけで、何が起きたのかは、十分に伝わってきた。


「おっしゃ! よくやった!」


スライム大統領が、大喜びしている。


「……無邪気に葬るな」


梅太郎が、ぼそりとつぶやいた。


その通りだ、と俺も思った。


ついさっきまで、スライム大統領は、自分の土地を奪われた被害者だった。その土地を取り戻すために、梅太郎たちに協力を求めた。そして今、屋敷に忍び込んで、吹き矢で襲撃。


展開が、早い。


しかも、誰も、ためらっていない。


……いや、ゲームだからな。


きっと、そういうことなんだろう。


そんな妙な納得をしている間に、四人は、ゴンザレスに気づかれる前に、さっさと屋敷を後にしていた。


俺も、少し遅れて、裏口から外へ出た。


外では、スライム大統領が、満足そうに口を開いていた。


「吾輩たちは、お前たちを気に入ったぞ! 仲間になって、一緒に冒険にいこうぞ!」


【スライム大統領が仲間になった!】


「……また、仲間が増えた」


梅太郎が、頭をかいた。


兵士に、未来人に、今度は、スライム大統領。


気づけば、梅太郎の冒険は、ずいぶん大所帯になっていた。


……ところで。


こいつらは、そもそも梅太郎が何のために冒険しているのか、ちゃんと知っているのだろうか。


本来の目的は、おじいさんとおばあさんの喧嘩を止めることだ。魔王を倒すことでも、土地を取り戻すことでも、未来からやってくることでもない。ましてや、吹き矢で誰かを襲撃することでもない。


「…………」


いや。


そんなことを、いちいち聞くのは、野暮というものか。


梅太郎たちは、何事もなかったかのように、歩き始めた。


向かう先には、大きな穴に橋が架かっている洞窟がある。鬼ヶ島で見たものと、似たような地形だ。


また何か、妙なイベントが待ち受けているのだろうか。


四人の背中を見送りながら、ふと、足を止めた。


梅太郎。


シャフト。


未来人。


スライム大統領。


……。


「……あれ? 兵士は?」


さっきまで一緒にいたはずの兵士の姿が、どこにもなかった。


……いや。


そうだった。


兵士は、洞窟の玉座に座って、満足そうな顔をしていた。統治者として、残ったのだった。


数えるまで、思い出せなかった自分が、少し恥ずかしい。


それにしても、誰も、兵士のことを話題にしないのは、どうなのか。


「……まあ、あいつのことだ。楽しくやってるだろう」


そうつぶやいて、編集画面を開いた。


移動先は、橋の架かった洞窟。対象は【自分】。


タッタッタッ。

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