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第七話 はじまりの町と、逆になった兵士のイベント

洞窟の床から立ち上がって、俺は編集画面を開いた。


梅太郎たちは、エンマ大王を倒して、最初の村へ戻されたはずだ。先回りして、様子を確かめておきたい。


移動先に、最初の村を指定する。対象は【自分】。


保存を押すと、タッタッタッ、と軽い効果音が鳴った。視界が、端から順に黒く染まっていく。


次に目を開けたとき、足元には、踏み固められた土の道が広がっていた。


【現在地:はじまりの町】


「……はじまりの町?」


画面の表示を見て、首をかしげた。


ここは、最初の町の名前らしい。


村じゃなかったのか。


……まあ、どうでもいいか。


編集画面を開いたまま、現在の状況を確認した。


北の海岸へ続く道には、枯れ木が一本立っている。これでは、来た道を戻ることはできない。


「なるほど。ちゃんと塞いであるんだな」


前に、帰り道がまるごと抜けていたことを思えば、むしろ親切なくらいだ。


イベント一覧を開くと、村長の項目に変化があった。


【村長イベント:発生条件を満たしています】


「お、次は村長か」


エンマ大王を倒したことで、進行の条件が整ったらしい。


……それにしても。


「なんで、はじまりの町なのに村長なんだ」


町長じゃないのか。


地味に気になる。


そのとき、足音が聞こえた。


梅太郎とシャフトが、町の入口に立っている。エンマ大王の戦闘が終わって、移動してきたのだ。


俺は、近くの家の影に身を寄せた。


二人は、まっすぐ村長の家へ向かっていく。


玄関の戸は、少しだけ開いていた。その隙間から、中をのぞいた。


「おお、戻ったか!」


村長が、二人を迎える。


梅太郎が、胸を張った。


「敵を倒してきたぞ! これから、おじいさんとおばあさんの喧嘩を止めに行く!」


「そうか……」


村長は、どこかしょんぼりしていた。


「どうしたんだ」


梅太郎が尋ねる。


村長は、うつむいたまま答えた。


「大根が……大根がないのじゃ……」


「大根?」


「うむ……」


……。


今、それ関係あるのか。


心の中で、突っ込んでしまった。


せっかく敵を倒して帰ってきたのに、村長は大根のことで落ち込んでいる。この世界の優先順位は、どうなっているのだろう。


とはいえ、イベント自体は、ちゃんと動いている。


話を終えた二人は、南の出入口へ向かった。


町の外へ出ようと、梅太郎が足を踏み出す。


ところが。


「……ん?」


前に進めない。


もう一度、歩こうとする。やはり動かない。


「なんでだよ」


見えない壁に塞がれているようだった。


シャフトも、手を伸ばして、空中を叩いてみる。


「進めないな。壁があるみたいだ」


「だよな。なんだこれ」


……まったくだ。


編集画面を開いた。


南の出入口には、場所移動が設定されていた。【移動先:森】。ところが、発動の条件が、別のスイッチになっている。しかも、そのスイッチをオンにする処理は、どこにも見当たらなかった。


「条件だけ付けて、オンにする側を作ってないのか」


もう、スイッチには慣れた。


村長のイベントを開いて、会話が終わったら、村長スイッチをオンにする処理を足す。


続いて、南の出入口の移動先を開いた。


発動の条件を、村長スイッチがオンのとき、に変える。


保存を押すと、梅太郎の足が、ふっと軽くなった。


「あ、行ける」


「よし、行こう」


二人は、町の外へ出ていった。


俺は編集画面を閉じて、少し離れた木の陰から、後に続いた。


目の前には、木々の生い茂る森が広がっている。


「おお、森だ!」


梅太郎が歩き出し、シャフトもその後を追った。


森に入ると、さっそく敵が現れた。


【敵1が現れた!】


「……ん?」


画面を二度見した。


敵1。


梅太郎が刀を振るう。


【敵1を倒した!】


少し進む。


【敵2が現れた!】


また戦闘。


さらに進む。


【敵1が現れた!】


「名前、つけてないのかよ」


思わず、声が出た。


敵キャラクターには、名前の欄がある。そこが、すべて初期値のままだった。


「おい。敵1って何だよ」


シャフトも、首をかしげている。


「名前、まだなんじゃないか。作りかけだし」


「作りかけにも、ほどがあるだろ」


梅太郎の突っ込みが、森に響いた。


おまけに、倒して数歩歩くと、また敵が出る。エンカウント率が、どう見ても高すぎる。


「レベル上げさせたかったのか、これ」


二人は、淡々と敵を倒していく。確かに、レベルは上がっていた。強くなるという意味では、悪くない。


「……まあ、上がるならいいか」


細かいことは、気にしないことにした。


やがて、森の奥で道が二つに分かれた。


北へ向かう道と、南へ向かう道。


編集画面で確認すると、北は隣の城下町、南は関所につながっていた。


梅太郎は、少し考えてから、南の道を選んだ。


「先を急ごう」


シャフトも、うなずく。


二人は、南へ進んでいった。


しばらくして、関所にたどり着いた。


入口には、兵士が一人、槍を持って立っている。


「止まれ!」


兵士が、二人を制した。


「ここから先へ進むには、アーイラル城の王の許可が必要だ!」


「許可? 持ってないぞ」


梅太郎が、困ったようにシャフトを見る。


そのとき、兵士が、一マスだけ横にずれた。


道が、ぽっかりと開く。


「……あれ?」


梅太郎が、首をかしげた。


「なんか、空いたぞ」


「許可が必要だって言ったのにな」


二人は、顔を見合わせている。


俺は、慌てて編集画面を開いた。


「……なんで?」


許可が必要だと言ったのに、道が開いた。


兵士のイベントを確認する。設定そのものは、存在していた。ただし、話しかけられたときの処理が、おかしい。


【話しかけられたら:兵士が一マス移動】


「……一マス?」


話しかけたら、兵士が横にずれる。だから、道が開く。


なるほど。


いや、なるほどじゃない。


「これ、王の手紙をもらったときの動きだろ」


王の手紙を受け取るイベントを開く。


【王の手紙を受け取った】


【兵士:移動なし】


「逆だ!」


思わず、声が出た。


王の許可がないときに兵士が動いて、許可をもらったときには動かない。


動くかどうかの設定が、きれいに入れ替わっていた。


その間にも、梅太郎は、もう一度、兵士に話しかけていた。


「王の許可が必要だ!」


兵士が、さらに一マス、横にずれる。


「おお、また動いた」


「もう一回、話しかけてみるか」


「王の許可が必要だ!」


また、一マス。


兵士の体が、森の木に、ずぶりと沈み込んだ。


「……おいおい」


笑ってしまった。


バグを見つけたら、何度も試したくなる。仕事でも、そういうことはある。でも、実際にキャラクターが木にめり込んでいくのを見ると、やっぱりおもしろい。


梅太郎もシャフトも、すっかり面白がっていた。


「おい、もう半分埋まってるぞ」


「まだ動くかな」


「やめてやれよ」


自分で言っておいて、梅太郎が、自分で止めている。


俺は、笑いをこらえながら、イベントの設定を直した。


話しかけただけでは、兵士は動かない。王の手紙を持っているときだけ、道を開ける。


木にめり込んだ兵士の座標も、元の位置に戻しておいた。


兵士が、すっと関所の前へ戻る。


「よし。今度こそ、正常だ」


保存を終えると、梅太郎が、もう一度、兵士に話しかけた。


「王の許可が必要だ!」


兵士は、今度は微動だにしない。


「……動かなくなったな」


「ここは、通れないってことか」


梅太郎が、頭をかいた。


「さっきの分かれ道、北にも行けたよな。そっちを回ってみるか」


「そうだな。隣の城下町なら、城に近いかもしれない」


シャフトが、すぐに答える。


二人は、来た道を引き返していった。


北の道は、隣の城下町へつながっている。そこから、城へ行けるのかもしれない。


「……北に行けそうだな」


俺は、小さく息を吐いて、二人の後を追った。


アーイラル城下町は、もうすぐだった。

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