第六話 鬼ヶ島のボス、まさかの設定ミス
洞窟に入ってすぐ、俺は足を止めた。
このまま二人についていくだけでは、何かに詰まるたびに後手に回る。梅太郎たちが歩いている間に、先回りして奥を確かめておいたほうがいい。
編集画面を開き、移動先に鬼ヶ島の内部を指定した。
タッタッタッ、と軽い効果音が鳴って、視界が黒く染まった。
次に目を開けたとき、俺は薄暗い通路に立っていた。
「……暗いな」
目の前には、不気味なダンジョンが続いている。
壁は湿って黒ずみ、ところどころに松明が灯っている。奥へ進むほど、空気が重くなる気がした。
雰囲気だけなら、かなり本格的だ。
「へえ。ちゃんとダンジョンになってるじゃないか」
少し感心して、マップを確認する。構造は驚くほどシンプルだった。
道は一本道。途中に行き止まりが一つあり、その先に宝箱が置かれている。
「まあ、迷わなくていいのは助かるな」
宝箱のイベント設定を開いた。
【宝箱イベント】
【入手アイテム:なし】
「……何もないって」
思わず声が出た。
宝箱があるのに、中身がない。開けても何も起きない宝箱。それはもう、ただの箱だ。
「入れてあげてよ……」
アイテム設定を開く。
ここで強力な武器を手に入れたら、先の戦闘バランスに響くかもしれない。無難なところでいい。
【入手アイテム:回復薬】
【入手個数:1】
「よし。これでいいだろ」
宝箱に最低限の役割を与えて、奥へ進んだ。
しばらくすると、大きな門が見えてきた。
「おお、いよいよか」
門をくぐると、さらに広い空間に出た。
高い天井。広々とした床。奥には何かが待ち構えていそうな場所がある。
まさにボス戦の舞台だ。
「これは期待できそうだな」
周囲を見回した。
……。
…………。
何も起きない。
敵が出てくるわけでもない。誰かが話しかけてくるわけでもない。ボスらしき姿すらない。
「……なんだ、これ」
編集画面を開いてみた。
【イベント設定:1件】
「いや、一つしかないのかよ」
マップはある。ボスが立つための場所もある。
なのに、設定されているイベントは、たった一つだけ。ボスのいるはずの場所に、こんな項目が入っていた。
【場所移動:はじまりの町】
「……ここで町に戻されるの?」
せっかく大きな門をくぐって、いかにも決戦という場所にたどり着いたのに、待っているのは帰還イベントだけ。
「省いたな……ボスの分を」
ため息が出た。
確かに、マップを作るだけでも時間はかかる。敵の設定、会話、戦闘、勝利後のイベント。全部を用意するのは大変だろう。
だが。
「さすがにRPGだぞ。このガッカリ感はないだろ……」
ボスの設定を探すことにした。何か手がかりが残っているかもしれない。
設定画面を調べていると、古いメモが見つかった。
【最終更新:25年前】
【ボスイベント案】
【ここにはエンマ大王】
「……エンマ大王?」
画面を見つめた。
鬼ヶ島にエンマ大王。
……なぜ?
鬼ヶ島なんだから、鬼のボスじゃないのか。
いや、ここまでの流れからして、まともな設定を期待するほうが間違っているのかもしれない。
「まあ、完成に向けて作ってやるか」
設定を作り始めた。
まずは戦闘グラフィックだ。
エンマ大王のグラフィックは、当然ない。候補の一覧を眺めて、鬼のグラフィックのところで指が止まった。
「……鬼ヶ島のボスなんだから、見た目は鬼でいいだろ」
名前はエンマ大王のままだが、見た目だけは鬼にしてやる。
せめてもの抵抗だった。
次は強さの調整だ。
梅太郎たちは、ここまでの戦闘で少しずつレベルが上がっている。弱すぎてもつまらないし、強すぎても困る。
二人の現在のレベルを確認し、それに合わせて敵のパラメータを設定した。
マップ上のグラフィックは、候補の中から、紫色の敵っぽいものを選んだ。
「……まあ、これでいいや」
名前はエンマ大王。戦闘グラフィックは鬼。マップ上の姿は紫色の敵。
統一感があるのかないのか、よく分からない。だが、今は先に進めることが大事だ。
メモをもう一度開いた。そこで、ふと疑問が浮かぶ。
「……そういえば、なんでこいつは梅太郎を狙ってるんだ?」
敵を置いて、戦わせて、倒したら終わり。それでもゲームにはなる。でも、理由くらいはあってもいいだろう。
メモをスクロールすると、下のほうに続きがあった。
【エンマ大王:ラスボスの手下】
「……ラスボスの手下」
なるほど。梅太郎は、ラスボスの手下に狙われているわけか。展開としては妥当だ。
だが。
「ラスボスって、誰なんだ?」
設定画面を開こうとした。
ラスボスの名前は何なのか。どんな姿をしているのか。なぜ梅太郎を狙っているのか。
調べようと思えば、すぐに分かるはずだった。
なのに、指が止まった。
……なんだろう。
こんなワクワク、久しぶりだ。
毎日、残業続き。仕事では、過去に何が起きたのかも、何を直せばいいのかも、だいたい分かっている。トラブルが起きれば原因を探し、対処して、報告する。
まるで、知っていることを繰り返すだけの、強くてニューゲームみたいな生活だった。
でも、この世界は違う。
25年前に作られた、未完成のRPG。何が起こるのか分からない。誰が敵なのかも、ラスボスが誰なのかも分からない。
自分で設定を直しているのに、先の展開は知らない。
……せっかくなら、梅太郎と一緒に冒険したい。答えを先に知ってしまうのは、もったいない気がした。
俺は、そっと設定画面を閉じた。
「……よし。続きは、梅太郎と一緒に確かめよう」
エンマ大王のイベントを作り始めた。
まずは会話だ。
【エンマ大王】
「梅太郎……」
「お前を、この先へ進ませるわけにはいかぬ」
「……あのお方のために、お前を排除しなければならない」
「よし、こんな感じか」
あのお方。それが誰なのかは分からない。だが、少なくとも、ただの通りすがりの敵ではないらしい。
会話イベントを保存した。
戦闘に勝利したあとは、もともと入っていた「最初の村への移動」が動くようにつなげる。
「帰り道を作るのも面倒だし、戦闘が終わったら、村に戻してあげよう」
これで、準備はできた。
壁に背中を預けて、床に座り込んだ。長い通路を歩いて、脚が重くなっていた。初めてのテストプレイを開始する。
画面の中で、梅太郎たちはダンジョンを進んでいた。途中で敵と戦い、レベルを上げ、宝箱から回復薬を手に入れる。
そして、ついに大きな門をくぐった。
「来たな……」
広い空間の奥に、紫色の敵が現れた。
【エンマ大王が現れた!】
「梅太郎……」
エンマ大王が口を開いた。
「あのお方のために、お前を排除しなければならない」
「誰だよ、あのお方って!」
梅太郎が即座に突っ込んだ。
「ふっ……知る必要はない!」
「いや、気になるだろ!」
会話イベントは、設定したとおりに動いている。
「よしよし。ちゃんと動いてる」
そして、戦闘が始まった。
梅太郎は刀を構えたあと、すぐに技を繰り出した。
「きんたん!」
梅太郎の体が光る。
【梅太郎のHPが回復した!】
続いて、シャフトも動いた。
「回転の軸!」
シャフトが勢いよく回転し、エンマ大王に斬りかかる。
【エンマ大王にダメージ!】
「おお、技を覚えてるのか!」
いつの間にか、二人とも技を習得していたらしい。回復技に攻撃技。なかなか頼もしい。
……と思ったのも束の間だった。
エンマ大王のターン。
一撃。
梅太郎のHPが、ゼロになった。
続いて、シャフトも攻撃を受ける。
【シャフトは倒れた!】
「えっ?」
戦闘開始から、わずか一ターン。
【全滅しました】
「ええー、なんでー!」
慌てて、エンマ大王の設定を確認した。
さっき、梅太郎たちのレベルに合わせて調整したはずだ。なのに、まったく歯が立たなかった。
パラメータを開く。
【HP:999999】
【攻撃力:999999】
【防御力:999999】
「……カンストしてるじゃん!」
誰がこんな設定にしたんだ。
変更履歴を確認すると、見覚えのある記録が残っていた。俺が保存したあとに、数値が書き換えられている。
しかも、変更したのは俺ではない。
「……またかよ」
画面の隅に、赤い文字が灯った。
【警告:不明なアクセスを検知しました】
「いや、もうウイルスじゃないのか? この世界にもあるのか、そんなもの……」
だが、管理画面の裏側までは触れない。
俺にできるのは、変更された設定を見つけて、直すことだけだった。
「……くそ。いたちごっこか」
エンマ大王のパラメータを見つめる。
一度直しても、また変えられる。
それなら、何度でも直してやる。
「望むところだ!」
もう一度、エンマ大王のパラメータを調整した。HPも攻撃力も、梅太郎たちが勝てる範囲に戻す。今度は、極端な数値になっていないことも、念入りに確かめた。
そして、再びテストプレイを開始した。
梅太郎とシャフトは、エンマ大王と向き合った。
「今度こそ、いくぞ!」
梅太郎が刀を振るう。
シャフトも技を繰り出す。
エンマ大王も反撃するが、今度は一撃で倒れることはない。梅太郎は回復技を使い、シャフトは攻撃を重ねた。
少しずつ、エンマ大王のHPが減っていく。
「くっ……この程度で、倒れると思うな!」
「いや、こっちだって負けられないんだよ!」
梅太郎の最後の一撃が決まった。
【エンマ大王を倒した!】
「よし!」
思わず、声を上げていた。
画面の中で、エンマ大王が倒れていく。
そして、イベントが発生した。
【最初の村へ移動します】
梅太郎とシャフトの姿が消え、画面が切り替わった。
「……お疲れさん」
壁に頭をもたせかけて、深く息を吐いた。
ようやく、一つのボス戦を完成させることができた。
ただ、気になることは残っている。
あのお方とは誰なのか。なぜ、エンマ大王の設定が勝手に変えられたのか。そして、この世界に干渉しているのは誰なのか。
答えは、まだ分からない。
だが、少なくとも梅太郎たちは先へ進んだ。
俺も、もう少しだけ、この冒険に付き合ってみようと思った。




