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第五話 犬猿キジの裏切り、そして仲間のバグ

暗転が明けると、足の裏に、乾いた土の感触があった。


鬼ヶ島の南岸だ。


目の前には、深い穴に架けられた木の橋。その向こうに、黒々とした洞窟の口が開いている。


【現在地:鬼ヶ島入口】


【イベント設定:正常】


「お、今回はちゃんとできてるじゃないか」


橋もある。洞窟もある。イベントも、きちんと設定されている。


さっきの海岸とは大違いだった。


梅太郎の姿は、まだない。亀の背に揺られている最中なのだろう。俺は橋のたもとの岩陰に腰を下ろして、待つことにした。


しばらくして、足音が近づいてきた。


梅太郎が、のんびりと橋の手前までやってくる。


そこへ、茂みの中から三つの影が、次々と飛び出した。


「梅太郎さん、仲間に入れてくださいワン!」


「おいらも!」


「私もご一緒します!」


犬、猿、キジだった。


【犬が仲間になった!】


【猿が仲間になった!】


【キジが仲間になった!】


「お、順調だな」


梅太郎は三匹を連れて、橋を渡り始めた。俺は、一定の距離を保って後に続く。


橋の中ほどで、足元の板が、ぎしりと鳴った。


行く手の洞窟から、青鬼と赤鬼、それに天狗が、一列になって飛び出してくる。


「出たな!」


梅太郎が刀を構えた。


【戦闘開始】


青鬼の金棒が唸り、赤鬼の拳が空を切り、天狗の羽団扇が風を巻く。犬が噛みつき、猿が棍棒を振るい、キジが上から突っつく。


しばらくして、橋の上に静けさが戻った。


【青鬼を倒した!】


【赤鬼を倒した!】


【天狗を倒した!】


【梅太郎のレベルが上がった!】


【犬のレベルが上がった!】


【猿のレベルが上がった!】


【キジのレベルが上がった!】


「よし、みんな強くなったな!」


梅太郎が、嬉しそうに拳を握る。


その直後だった。


【犬が仲間から外れた!】


【猿が仲間から外れた!】


【キジが仲間から外れた!】


「え?」


画面を、二度見した。


戦闘が終わっただけで、仲間が外れるのか。


何か理由があるのかもしれない。俺は、もう少し様子を見ることにした。


橋を渡りきり、洞窟の入口に立った梅太郎の前に、さっきの三匹が、すっと現れた。


犬が、一歩前に出る。


「梅太郎よ。ここまでよく来たな」


猿が、腕を組む。


「だが、ここまでだ」


キジが、翼を大きく広げた。


「お前を倒せとの命令です!」


どこからともなく、低い声が響いた。


「犬猿キジよ、よくやった。梅太郎を成敗しなさい」


「「「御意!」」」


三匹が、一斉に武器を構える。


「ええっ! さっきまで仲間だったじゃん!」


「そういうこともあるワン!」


「どういうことだよ」


梅太郎が、淡々と突っ込んだ。


そのとき、背後で足音がした。


黒い服に、茶色い髪。腰には刀を差している。


シャフトが、そこに立っていた。


いつから、そこにいたのか。橋を渡ってくる姿は、俺には少しも見えなかった。


「おう、頑張れよ!」


「シャフト! お前、どこから来たんだ」


「頑張れよ!」


「いや、それはもういいから」


梅太郎が、少しだけ疲れた顔をした。


「それより、一緒に戦ってくれ」


「おう、任せろ!」


シャフトは刀の柄に手をかけて、梅太郎の隣に並んだ。


【シャフトが仲間になった!】


梅太郎とシャフトの二人と、犬、猿、キジの三匹が向き合う。


つい数歩前まで仲間だった三匹が、今は敵だった。


犬が飛びかかり、猿が棍棒を振り回し、キジが空から襲いかかる。それを、梅太郎とシャフトが、淡々とさばいていった。


やがて三匹は、揃って地面に伏せた。


【犬を倒した!】


【猿を倒した!】


【キジを倒した!】


「ふう」


梅太郎は、刀を鞘に収めた。


「疲れた。もう村に帰りたい」


「頑張れよ!」


「そこは、『頑張れよ』じゃないだろ」


シャフトは、肩をすくめただけだった。


二人は、来た道を引き返した。橋を渡り、南の岸へ戻ってくる。


すると、茂みから、またあの声がした。


「梅太郎さん、仲間に入れてくださいワン!」


犬が尻尾を振りながら、駆け寄ってくる。


「おいらも!」


「私もご一緒します!」


猿とキジが、後に続いた。


「またかよ」


梅太郎が、肩を落とした。


俺は、頭を抱えそうになった。


さっき倒したばかりだろう。


【犬が仲間になろうとしています】


【猿が仲間になろうとしています】


【キジが仲間になろうとしています】


画面の文字が、そこで止まった。


梅太郎も、シャフトも、犬も猿もキジも、全員が同じ姿勢のまま、ぴたりと動かなくなった。風に揺れていた草まで、静止している。


「……フリーズかよ」


編集画面を開く。原因は、すぐに見つかった。


三匹が裏切ったあとも、仲間になるイベントが、有効なままだったのだ。


条件を設定する項目を探すと、「スイッチ」という欄があった。初めて見る機能だ。オンとオフを切り替えて、イベントを動かす条件にする仕組みらしい。


「……ああ、フラグか」


名前が違うだけで、中身は見慣れたものだった。仕事でも、毎日のように扱っている。


これなら、わかるぞ。


「裏切った時点でフラグを立てて、再加入のイベントは、フラグが立っていないときだけ動くようにすればいい」


三匹が裏切ったらスイッチをオンにして、再加入のイベントはスイッチがオフのときだけ動くようにする。


保存して、テストプレイを実行した。


画面が切り替わる。梅太郎とシャフトが、南の岸に立っていた。


三匹は、仲間になろうとしない。


「よし、直ったな」


編集画面に戻って、息が止まった。


【再加入イベント:有効】


「……あれ?」


さっき設定したはずなのに、元に戻っている。


画面の隅に、赤い文字が灯った。


【警告:不明なアクセスを検知しました】


「またか」


誰かが、直したそばから、設定を書き換えている。


俺は、もう一度スイッチを設定し直した。保存したあと、今度は反映されているかを、念入りに確かめた。


【再加入イベント:無効】


間違いない。


テストプレイを走らせると、梅太郎とシャフトは二人きりのまま、南の岸に立っていた。三匹は、現れない。


「今度こそ、直った」


安堵した、そのとき、梅太郎が、動き出した。


「よし、帰るか」


二人は、南の岸から村へ向かって歩き出した。


だが、数歩進んだところで、梅太郎が足を止めた。


「あれ」


見えない壁にぶつかったように、それ以上、前へ進めない。


シャフトも、手を伸ばして、空中を叩いてみる。


「頑張れよ!」


「いや、頑張ってどうにかなる壁じゃないんだけど」


俺は、編集画面を確認した。


【移動先:なし】


「……帰り道くらい、用意しておけよ」


声が漏れた。


設定を足せば、戻れるようにはなる。だが、洞窟の奥へ続く道は、きちんと設定されていた。


今すぐ直さなくても、先へは進める。


「……まあ、今は後回しだ」


俺は、帰り道の設定を、そっと閉じた。


「しょうがないな」


梅太郎が、頭をかいた。


「先に進むか」


「おう、任せろ!」


二人は、渋々といった様子で、洞窟のほうへ歩き出した。


俺は編集画面を閉じ、その後を追った。


それにしても、直したそばから、変更される。


いったい誰が、何のために。


答えは、まだわからない。

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