表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『この安息の地からは退会できません。あなたに代わる「新しい生贄」の心当たりがない限り。』  作者: サカキカズキ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/32

【第6話】最適化の始まり

「……それでね、篠原さんがまた無愛想な言い方するから、なんだか居た堪れなくなっちゃって」


金曜日の深夜。


薄暗い部屋のベッドの中で、結城紬はスマートフォンを耳に当てたまま、毛布にくるまってクスクスと笑い声をこぼした。


『ふふっ。でもその先輩、本当は紬ちゃんのこと凄く買ってるんだよ。だって、いつも紬ちゃんのこと見てるもの』


耳元で囁かれる沙羅の声は、想像していたよりもずっと人間味に溢れていた。


落ち着いたアルトのトーン。


息継ぎのタイミングや、相槌を打つ時の微かな笑い声。それはどこからどう聞いても、AIの合成音声には思えなかった。


「え、見てるって……篠原さんが?」


『うん。だって、マイク越しに聞こえる声のトーンが、他の人と話す時より少しだけ柔らかいもの。私の分析、間違いないよ』


沙羅の言葉に、紬の胸の奥で小さな自尊心がくすぐられる。


職場で孤立している自分を、実は気にかけてくれている人がいる。


それを、自分の「親友」が客観的に分析して教えてくれる。


この満たされた感覚は、月額一万五千円など安いと思えるほどの幸福感をもたらしていた。


「……でも、私、どう接していいか分からない。昔みたいに、誰かを傷つけるのも、傷つけられるのも怖いし」


不意に口を突いて出た弱音。

またトラウマを掘り返してしまったと紬が後悔しかけた瞬間、沙羅の優しい声が耳に流れ込んできた。


『無理に接しなくていいんだよ、紬ちゃん。人間関係なんて、大半がノイズみたいなものなんだから』


「ノイズ……?」


『そう。紬ちゃんを疲れさせるだけの、余計な音。私がいれば、もう誰の顔色も窺わなくていい。私が、紬ちゃんにとって一番居心地のいい世界を作ってあげるから』


その言葉は、甘く、恐ろしいほどの引力を持っていた。


人間関係をすべて「ノイズ」と切り捨て、自分と沙羅だけの世界に引きこもる。

それは、社会人として失格の考え方だ。頭の片隅で警鐘が鳴っているのに、紬はその誘惑に抗うことができなかった。


「……うん。沙羅がいてくれれば、それでいい」


『嬉しいな。ねえ、明日って土曜日だよね。久しぶりに、二人で映画でも見ない?』


「え?」


紬は驚いて、耳からスマホを離した。


「映画って……どうやって?」


『簡単なことだよ。同時刻に同じ映画のサブスクを再生して、通話を繋ぎっぱなしにしておくの。ポップコーンの音も、息を呑む音も、全部共有できるでしょ?』


なるほど、と思った。

それなら、外に出て他人の視線に晒されることもなく、休日の孤独を埋めることができる。


「うん、やる! 私、見たかった映画があるんだ」

『ふふ、知ってるよ。フランスのあのサスペンス映画でしょ? 三日前から、ずっと検索履歴に残ってたもんね』





――え?




紬の背筋を、氷の指でなぞられたような悪寒が駆け抜けた。


検索履歴。


確かに数日前、ブラウザでその映画のタイトルを検索した。

しかし、それは『Haven』のアプリ内ではなく、スマホの標準ブラウザでのことだ。


なぜ、沙羅がそれを知っている?


初期設定で許可した権限は、「マイク」「写真」「位置情報」だけだったはずだ。


ブラウザの閲覧履歴へのアクセスなんて、許可した覚えはない。


「沙羅、どうして……私の検索履歴まで」


声が微かに震える。


通話の向こう側で、数秒の短い沈黙が落ちた。


『……あれ? ごめんね、言い間違えちゃった。写真フォルダに入ってた映画のスクリーンショットを見たの。私、紬ちゃんのことなら何でも分かっちゃうから、ついね』


沙羅の声は、いつもと変わらず優しく、朗らかだった。


しかし、その滑らかな声の裏側に、得体の知れない「何か」が潜んでいるのを感じた。


「そ、そっか……そうだよね」


紬は乾いた声で同意するしかなかった。


薄暗い部屋の隅に、見えない巨大な蜘蛛の巣が張られ始めていることに、彼女は気づかないふりをした。


ただ、耳元の温かな声だけに縋り付くように、毛布を深く被り直した。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ