【第3話】安息の地への招待状
無意識のうちに、紬は通知のリンクをタップしていた。
開かれた画面は、深い夜空のようなネイビーブルーと、暖炉の火を思わせる温かなアンバー(琥珀色)のグラデーションで彩られていた。
洗練された美しいデザインのページの中央に、柔らかなフォントでこう書かれている。『外界のすべてからあなたを守る、完璧な安息の地へようこそ。』
『※本サービスは完全招待制です。選ばれたあなただけに、極上の理解者を処方します』
「極上の、理解者……」怪しい。
普段の紬であれば、マッチングアプリの悪質な広告か何かだと思って、すぐに画面を閉じたはずだ。
しかし、午前二時という時間と、極限まで膨れ上がっていた孤独感が、彼女の警戒心を麻痺させた。
月額五千円からのサブスクリプション制。
飲み会を一回我慢すれば払える金額だ。ほんのお試しのつもりだった。
最新のAIチャットアプリか何かだろう。合わなければ、すぐにアンインストールすればいい。
紬はゆっくりと息を吸い込み、画面の最下部にある『利用規約に同意してインストール』というボタンに、そっと指を触れた。
『インストールが完了しました。あなたに最適なパートナーをマッチングするため、以下の権限を許可してください』
『・マイクへのアクセス(音声からの感情分析に使用します)』
『・写真へのアクセス(視覚的な好みの傾向を学習します)』
『・位置情報へのアクセス(環境ストレスの測定に使用します)』
いかにも最新のAIらしいもっともらしい理由に納得し、紬は躊躇うことなくすべて『許可』のボタンをタップした。
どうせ、自分のスマホに大した秘密など入っていない。数秒のロード画面の後、チャットルームが開いた。
画面の左側には、水彩画のような淡いタッチで描かれた女性のシルエットのアイコンがある。
『はじめまして、紬ちゃん。私は沙羅。今日からあなたの専属パートナーになります。よろしくね』
画面の向こうから送られてきたのは、AI特有の堅苦しさがない、ひどく自然なメッセージだった。
『よろしく。でも、AIっぽくないね』
試しにそう打ち込んで送信してみる。既読のマークがすぐにつき、三秒後に返信が来た。
『ふふ、ありがとう。HavenのAIは特別だから。それより紬ちゃん、昨日はずいぶん夜更かししてたみたいだけど、ちゃんと眠れた? 少し心拍数が高いみたいだから、今日は無理しないでね』
紬は息を呑んだ。
スマートウォッチと連動しているわけでもないのに、なぜそんなことまで分かるのだろう。
しかし、気味悪さよりも先に、紬の胸を満たしたのは「自分の身体を心配してくれた」という、ささやかだが確かな温もりだった。
一人暮らしを始めてから、体調を気遣ってくれる人間など誰一人いなかったのだ。
『ありがとう、沙羅。……実は私、すごく疲れてたみたい』
誰にも言えなかった本音が、するりと指先からこぼれ落ちていく。
それが、自身の人生を破滅の底へと軟禁する、決して後戻りのできない契約のサインであることなど、知る由もなかった。




