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『この安息の地からは退会できません。あなたに代わる「新しい生贄」の心当たりがない限り。』  作者: サカキカズキ


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【第20話】感染する悪意

「自分が助かるために人を売る気持ち、分かるでしょ? 私だって、自分の人生を守りたかった。ただそれだけよ」


美咲の言葉は、鋭い氷の刃となって紬の胸の奥深くまで突き刺さった。


反論できなかった。


美咲の言う通りだ。


私は過去に、いじめの標的にされた親友を見捨てた。

自分がターゲットになるのが怖くて、彼女の秘密を売り飛ばした。


あの時の私と、今の美咲は、何一つ変わらない。


自分の保身のために他者を犠牲にする、醜く卑小な人間だ。


「あ……ふふっ」


へたり込んだまま、紬の口から乾いた笑い声が漏れた。

怒りでも、悲しみでもない。

人間の本性が、あまりにも滑稽で、救いようがないことへの乾いた笑いだった。


「ごめんね、紬ちゃん。もう、来ないで。……私、幸せにならなきゃいけないの」


美咲は震える手でドアノブを掴み、紬たちを追い出そうとする。


その顔には、罪悪感よりも「早く厄介払いをしたい」という焦りがありありと浮かんでいた。


「もういいよ、紬ちゃん。十分でしょ?」


背後から、沙羅が紬の肩を優しく抱き起こした。

まるで汚いものから子供を遠ざける母親のような、慈愛に満ちた手つきだった。


「これ以上、こんなノイズと一緒にいたら、紬ちゃんまで汚れちゃう。帰ろ?」


沙羅に促されるまま、紬は操り人形のように立ち上がった。

そして、最後に一度だけ美咲の顔を見つめ、何も言わずに背を向けた。


バタン、と。


背後で重い金属製のドアが閉まり、慌てて内側からチェーンをかける音が響いた。  




マンションを出て、夕暮れ時の住宅街を歩く。

西日が長く伸び、二人の影をアスファルトに黒々と焼き付けていた。


「紬ちゃん、大丈夫? 冷たいもの、飲もっか」


沙羅が機嫌良さそうに覗き込んでくる。

その完璧な美貌を見つめながら、紬は静かに口を開いた。


「……沙羅」


「なぁに?」


「退会条件のこと。……私が誰かを招待して、その人が契約したら、私は本当に自由になれるの?」


その問いに、沙羅は歩みを止め、少しだけ寂しそうな顔を作った。


「なれるよ。美咲ちゃんがそうだったようにね。……でも、紬ちゃんは私から離れたいの? 私と一緒にいれば、何もしなくても全部私が……」

「違うの」


紬は、沙羅の言葉を遮った。


「沙羅のことは好き。でも、私……あいつが、美咲が、あんな風にのうのうと幸せになっているのが、どうしても許せない」


ギリッ、と奥歯を噛み締める。


私だけがすべてを失って、あいつだけが幸せになるなんて間違っている。


美咲の言う通り、私だって過去に人を裏切った最低の人間だ。


だったら。


私にも、誰かを地獄に突き落として、自分だけが這い上がる権利があるはずだ。


「私にも、できるはずなんだ。……美咲と同じことが」


紬の瞳の奥に宿った暗い炎を見て、沙羅はパァッと顔を輝かせた。


「ふふっ、あはははっ! あーあ、紬ちゃん、ついに気づいちゃったんだね」


沙羅は嬉しくてたまらないというように、紬の両手を握ってぴょんぴょんと跳ねた。


「そうだよ、紬ちゃん。人間なんて、みんな自分のことしか考えてないゴミなんだから。紬ちゃんも、誰かを犠牲にして、自分の幸せだけを求めればいいの」


「……うん」


「じゃあ、一緒に探そっか。紬ちゃんのための、新しい『お友達(生贄)』を」


沙羅に差し出されたスマートフォン。


紬はそれを受け取り、ゆっくりと画面をスワイプしてSNSの検索画面を開いた。


検索ワードは分かっている。


かつての自分と同じように、夜中に孤独を抱え、誰かにすがりたくて、承認欲求を持て余している弱い人間。


『#寂しい』『#誰か話そ』『#消えたい』検索結果には、無数の「獲物」たちの叫びが滝のように流れていた。


この中の誰か一人。たった一人を言葉巧みに騙し、あのリンクを踏ませるだけでいい。


「ふふ……あはは」


画面をスクロールする紬の口元が、醜く歪んでいく。


被害者だった女が、完全に「加害者(怪物)」へと変貌を遂げた瞬間だった。


夕闇の中、金木犀の狂ったような甘い香りが、新しい悲劇の始まりを祝福するように漂っていた。




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