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煙屋のジャン 〜異世界の塹壕で、僕は今日もタバコを配る〜  作者: mickmick893
第一章 もう一本くれよ
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第6話 「なんで三回も確かめるんだ?」

フローリア暦二一四年 十月一日


夜明け前、空がまだ灰色にもなりきらないうちに、俺は目を覚ました。

上官が起きる前に、ジャンを区画から出さなきゃいけない。

ほとんど眠れなかった。上官に見つかったらどうなるか、それを考えるたびに目が冴えた。

夜中に一度、寝床から顔を上げたとき、壁際に小さな火が二つ並んでいた。手で覆われた、橙色の点。一つはジャンで、もう一つは、たぶんロドリゴさん。

二人とも、何も話していない。ただ、交互に小さな光が灯っては、消える。

あのロドリゴさんが、誰かと並んで吸っているのを、俺は初めて見た。

ジャンは、もう起きていた。あの乗り物の前にしゃがみ込んで、何かをしている。

荷台の木箱の横から、布に包んだ鉄の道具を取り出す。先が口を開けたような、見たことのない形の道具だ。それを輪の真ん中の金具にかませて、ぐっと力を込める。前の輪。後ろの輪。一つずつ、確かめるように。

それから、握りの部分。道具で締め直したあと、ジャンは前の輪を両脚で挟み込んだ。握りを両手でつかんで、左右にぐっ、ぐっと、体重をかけるようにひねる。

動かない。それを確かめて、ようやく手を離した。

「なあ、ジャン。それ、俺にも作ってくれよ」

「えぇ〜、これ、一点物なんですよぉ」

「じゃあ、乗せてくれるだけでいいから」

「だめでーす。壊されたら困るので」

笑ってかわされる。でも、俺はしつこい。いいだろ、ちょっとだけ、一回だけ。食い下がるたびに、ジャンは「考えときますねぇ」と、間延びした声で受け流した。

「なあ、真面目な話さ」

俺は、乗り物の輪っかを指でなぞった。

「これがあったら、伝令に回してもらえるかもしれないんだ。伝令は、手当てが少し多い」

ジャンの手が、ほんの少しだけ止まった気がした。

「村に、弟と妹が三人いるんだ。母ちゃん一人じゃ、食わせていけねえ。俺の手当てが頼りなんだよ」

言ってから、少し恥ずかしくなった。こんなこと、塹壕の連中にも話したことがない。

「それに、これがあったら、戦争が終わったとき、村まですぐ帰れるだろ」

ジャンは、しばらく黙っていた。

「……ニコルさんは、帰る場所があるんですねぇ」

「ジャンは? どこの生まれなんだよ」

「ずーっと遠くですよぉ。歩いても、走っても、たぶん帰れないくらい」

冗談みたいな言い方。俺は笑って、それ以上は聞かなかった。なんとなく、聞いちゃいけない気がした。

荷台に木箱を括りつけ終えると、ジャンはまたしゃがみ込んだ。前の輪を脚で挟んで、握りをつかんで、ぐっ、ぐっ。

そして、いざ乗ろうとする直前。もう一度。

「……なんで三回もやるんだ? さっきもやったじゃん」

ジャンの手が、一瞬止まった。

「……癖なんですよぉ」

いつもの間延びした声で、いつもの顔で笑った。そのはずだった。

なのに、ほんの一瞬。笑顔の真ん中が、ぽっかり欠けて見えた。口は笑っているのに、目だけが、どこにもいなかった。

何か言おうとした俺の顔に、ふうっと煙が吹きかけられる。

「うわっ、やめろって、気持ち悪い!」

とっさに目を閉じて、手で煙を払う。白い靄が晴れて目を開けたとき、そこにいたのは、もういつものジャンだった。

「じゃ、また来ますね〜」

カラカラという音が、薄明かりの中へ遠ざかっていく。

俺はしばらく、その背中から目が離せなかった。

次回「線を引けない名前」 本日20時10分更新です。

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