【第8話:論理の崩壊と激昂】
弁護士の額に、青筋がはっきりと浮かび上がった。
これまで法廷という理路整然とした土俵で、エリートとして負け知らずの人生を歩んできた男だ。自分よりも何回りも年下で、学歴も教養もないであろう薄汚いフリーターに、論理のすり替えと下劣な極論で完全に手玉に取られている。その事実が、彼の中にあった「人権派」としての理性的な仮面を粉々に打ち砕いた。
「ふざけるな……ふざけるなァッ!!」
マイクを握り潰さんばかりの力で握りしめ、弁護士はついに顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
「貴様のような人間のクズが、命の重さを語るな! 詭弁ばかり並べ立てて、正義を冒涜するのも大概にしろ!」
飛沫を飛ばしての激昂。しかし、それはもはやディベートにおける反論でも何でもなく、ただの感情的な罵倒だった。どれだけ言葉を飾ろうと、論理の土俵から降りて相手の人格攻撃に走った時点で、ディベートとしての敗北を自ら宣言しているようなものである。
「あーあ」
コロシアム中に響き渡る弁護士の怒声に対し、ヒロキは一切怯むことなく、むしろ呆れたようにため息をついた。ルルとの密室での約束と、大金の匂いが脳髄を支配している彼にとって、目の前のお爺ちゃんがどれだけ顔を真っ赤にして喚こうが、そよ風ほどの脅威も感じていない。
ヒロキは半笑いを浮かべ、わざとらしく首を傾げながらマイクを口元に寄せた。
「なんか、反論できなくなって怒り出しちゃいましたね」
その気の抜けた声が、静まり返った闘技場に響き渡る。
「論理で勝てないからって大声出すの、みっともないですよ。先生、ここ法廷じゃなくてディベートの場なんで。お気持ちを叫びたいなら、外の公園で拡声器でも使ってやっててもらえます?」
とどめの一撃だった。
弁護士は口をパクパクとさせ、反論を紡ごうとするが、極度の怒りと屈辱で声帯が引きつり、まともな音声にならない。
その無様な姿を見た瞬間、観客席の富裕層たちは一斉に冷酷なジャッジを下した。コロシアムの巨大モニターに映し出されていた陪審員の支持率メーターが、凄まじい勢いで反転していく。
『肯定派98%』対『否定派(弁護士)2%』
「おっとォ! ここで完全逆転! 弁護士先生、ついに沈黙ゥ!」
司会者レオンの狂気に満ちた絶叫が、闘技場を揺らした。それは同時に、死のギミックが作動する無慈悲な合図でもあった。




