【第3話:運命のじゃんけんと最悪のテーマ】
「それでは第一回戦、ディベートのテーマを発表する!」
レオンが指を鳴らすと、闘技場上空の巨大モニターに血のような赤い文字が浮かび上がった。
『重犯罪者の臓器を、ドナーを待つ善良な市民へ強制的に移植する「命の再分配法」を導入すべきか否か』
あまりにも狂ったテーマに、ヒロキは思わず耳を疑った。犯罪者とはいえ、生きている人間の腹を割いて強制的に臓器を奪う法案。表の社会であれば、口にした瞬間に社会的に抹殺されるような非人道的な内容だ。
「え、何このイカれたテーマ。こんなの『導入すべきではない』に決まってるでしょ。秒で終わりますよ」
首の爆弾に冷や汗をかきながらも、ヒロキは強がって半笑いを浮かべた。常識的に考えれば、否定派に回って「人権侵害だ」と適当に喚いていれば勝てるボーナスステージだ。
「立場を選ぶ権利は、勝者にのみ与えられる」
解説者ドグマの冷徹な声がコロシアムに響く。闘技場の中央、ヒロキと弁護士の間に無機質なチタン製の台座がせり上がってきた。
「ディベートにおける先行・後攻、および『肯定派』『否定派』のスタンスは、極めて原始的な方法で決定する。両者、じゃんけんだ」
「……は? じゃんけん? 命懸かった勝負で?」
「そうだ。勝者が自らの立場を選択する。さあ、構えろ」
ヒロキは舌打ちをした。だが、確率は二分の一だ。ここで勝って否定派をもぎ取れば、一千万は手に入ったも同然。ヒロキは深呼吸をし、チョキを出すと決めて右手に力を込めた。
「最初はグー、じゃんけん……ポン!」
ヒロキの出したチョキの前で、弁護士の右手は岩のように強固なグーを形作っていた。
「勝者、弁護士! さあ先生、どちらの立場をお選びになりますかな!」
「無論、私は『否定派』を選択する。あのようなおぞましい法案、断じて認めるわけにはいかないからな」
弁護士が迷いなく宣言した瞬間、ヒロキの顔からスッと血の気が引いた。敗者であるヒロキに自動的に割り当てられたのは、世間の常識から見て絶対に擁護不可能な「導入すべき(肯定派)」の立場だった。
「それでは、否定派の弁護士から立論をスタート! しゃべらすな!」
レオンの叫びとともに、闘技場の照明が弁護士をスポットライトで照らし出す。弁護士はマイクを握り、法廷に立つような威厳に満ちた態度で観客席を見渡した。
「皆様、考えるまでもないことです。この『命の再分配法』なるものは、我が国の憲法が保障する基本的人権を根本から蹂躙する、最悪の悪法です! 犯罪を犯したとはいえ、国家が合法的に人間の身体を切り刻み、命を奪う権利などどこにあるのでしょうか!」
よく通る、説得力に満ちた声が会場に響き渡る。観客席の富裕層たちは、面白半分ながらも弁護士の完璧な正論に深く頷き始めた。
「これは、命に優劣をつける野蛮な優生思想の極みです! 善良な市民を救うためとはいえ、他者の命を強制的に犠牲にする社会に、果たして真の平和は訪れるのか。断じて否! このような狂気は、絶対に導入すべきではありません!」
圧倒的な熱量と、一ミリの隙もない正論。それは表社会で長年正義を説いてきたプロフェッショナルの牙だった。観客席の座席に設置されたジャッジ用の支持率メーターが、一気に弁護士の側(否定派)へと大きく傾く。
その瞬間、ヒロキの首に巻かれた爆弾ベルトから「ピピッ、ピピッ」と、死を警告する不吉な電子音が鳴り響いた。
「嘘だろ……」
ヒロキの喉がカラカラに乾く。この完璧な正義の演説に対し、「いや、犯罪者から臓器を取るべきだ」という悪魔のような主張を、これから自分が論理的に組み立てなければならない。一歩でも言葉に詰まれば、その瞬間に首が吹き飛ぶ。
圧倒的劣勢の中、最強論破王のメッキが剥がれそうになるほどの絶望が、ヒロキを呑み込もうとしていた。




