【第2話:狂宴の始まりと絶望の首輪】
指定された海沿いの廃倉庫は、潮風で赤錆にまみれていた。半信半疑で足を踏み入れたヒロキを待っていたのは、床に隠された巨大なエレベーターだった。重低音を響かせながら地下深くへと降下し、やがて金属の扉が開く。
視界に飛び込んできたのは、廃倉庫の真下にあるとは到底思えない、煌びやかで悪趣味な特設コロシアムだった。すり鉢状の観客席には、法で縛られた表社会の窮屈さに飽き飽きした特権階級や政府関係者たちが、血に飢えた野獣のような目を爛々と輝かせて座っている。
「さあさあさあ! 偽善に満ちたクソみたいな地上世界からようこそ! 今宵も極上の絶望と、血飛沫のエンターテインメントをお届けしよう!」
闘技場の中央でマイクを握りしめ、狂気じみた声を張り上げているのは、極彩色のスーツにシルクハットを被った司会者のレオンだった。その横には、モノクルを光らせた冷徹な解説者ドグマが、一切の感情を排した顔で鎮座している。
「あの、すいません。俺、招待メールもらって来たんですけど」
ヒロキがポケットに手を突っ込んだまま気怠そうに声をかけると、ふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐった。
「お待ちしておりましたよ、ヒロキさん」
振り返ったヒロキの視線は、瞬時に一点へと釘付けになった。そこに立っていたのは、スリットの深いドレスを纏い、こぼれ落ちそうなほど豊かな胸元を惜しげもなく露出させた絶世の美女、ルルだった。彼女はヒロキに寄り添うと、躊躇することなくその腕に両腕を絡め、自らの柔らかな双丘をぐにりと押し当ててきた。
「私が今回の案内人を務めるルルです。ヒロキさんの天才的な頭脳……ずっと掲示板で拝見して、憧れてたんです」
耳元で囁かれる艶めかしい吐息と、腕に伝わる強烈な弾力。ヒロキのニヤけ顔はもはや隠しようがなかった。
「あー、まあ、ネットでは負け知らずなんで。こんなの、口喧嘩で適当に言い負かせば一千万もらえるただのボーナスゲームでしょ?」
「ふふっ、頼もしい。勝ってくださったら……私からも、特別なご褒美があるかもしれませんよ?」
意味深に上目遣いで見つめてくるルルに、ヒロキの鼻の下は完全に伸びきっていた。借金まみれの底辺人生から一転、一千万と極上の女が手に入る。完全に浮かれきった足取りで、ヒロキはルルに導かれるままステージの中央へと歩み出た。
しかし、対戦相手として現れた男の姿を見て、ヒロキは小さく舌打ちをした。白髪交じりのオールバックに、仕立ての良いスーツ。いかにも社会的に成功した、小難しい理屈をこね回しそうな元人権派弁護士の初老の男だった。
「それでは、両者に『ルール』を装着しろ!」
レオンの叫びとともに、背後から屈強な黒服が近づき、ヒロキの首に冷たく重い金属の輪をガチャンと嵌め込んだ。拘束具のようなそれに触れ、ヒロキは首を傾げた。
「あの、これ何ですか? ドッキリの小道具にしては重すぎるんですけど。肩凝るんで外してもらっていいですか?」
「それはただの小道具ではない」
マイクを通し、解説者のドグマが氷のように冷たい声でルールを語り始める。
「陪審員である観客が、君たちのディベートをジャッジする。言葉に詰まる、論理が完全に破綻する、あるいは感情を制御できなくなったと判断された時点で『敗北』だ。そして敗北判定が下された瞬間、その首の爆弾ベルトは起爆する」
会場がドッと湧き上がり、拍手喝采が巻き起こる。
「……は? 爆弾? いやいや、そういう設定のバラエティ番組ですよね? 罰ゲームで粉被るとかそういう……」
「敗北者には『死』あるのみ。招待状に記されていたはずだ、すべてを失うと」
冷や汗がどっと吹き出す。首のベルトから、小さく不気味な電子音がピッと鳴った。冗談ではない。あの観客たちの異常な熱狂ぶりも、血の匂いが染み付いたようなこのコロシアムの空気も、すべて本物だ。
敗北イコール、即起爆。死の口喧嘩の幕が、ついに上がろうとしていた。




