第5話 母親
えー、こちらアナスタシア。こちらアナスタシア。
修羅場の現場に到着。応援求む。
……という脳内茶番をしないと、やってられない。
「ですから本来これはアナタがすべき仕事で……!!」
「何を言っている? 当主の妻である自覚まで欠けているのか?」
「何を……!!」
悪役令嬢スキルを確認した、次の日。
いつもの子供部屋でナールさんに抱っこされてあやされていたところ、廊下から激しく言い争う声が聞こえてきた。
そしてその人たちがツカツカバーンと部屋に入ってきたのが冒頭である。
「見ろ!! この餓鬼の青い瞳を。これがお前の不貞の大きな証拠だ。それに目をつぶってやっているというのに歯向かうのか!?」
「ですからそれは違うと……!!」
「何が違う! せめて同じ目の色をした男を咥え込むんだったな!」
おいおいおいお子様の御前だぞ。やめろバカ。
ナールさんもそう思ったらしく、私をより強く抱き締めてくれた。
ナールさん、ちゅき。
「奥様、旦那様、いかがなされましたか」
「おい乳母。お前は何か知らないか?こいつの不貞の証拠をもっと揃えたい」
「アナタ!! 止めてちょうだい、彼女を巻き込まないで!」
「そう思うなら黙って仕事をしろ。いいなニルリーナ!!」
そう言い捨てると、クソ親父は再びツカツカ歩いてドアを荒々しく閉め、出ていった。
「奥様……」
ナールさんが気遣わしげに声をかける。
それに「大丈夫よ、ごめんなさいね」と答える女性……ニルリーナを、私はしげしげと見つめた。
(この人が、今世の母親……)
前世はとことん親に恵まれなかったし、相対的なものかもしれないが……。
私の目には、彼女が悪い人ではないように見えた。
しかし、せっかく綺麗な桜色の髪はツヤもなく乱れ、顔には疲労の色がどっぷりで……はっきり言ってかなり痛々しい。
「奥様。お嬢様は私が見ておりますので、どうかお部屋でお休み下さい。酷い顔色です」
「え、ええ……」
そう言って頭痛がするというようにこめかみを押さえた女性は、私を頑なに見ようとしない。
そこで、私はハッとした。
(寝顔しか見に来ない。そして今は、見つめてくる私を見ようとしない。……私の目を見たくないんだ、多分)
それはそうだろう。私の目が青いせいで彼女は言いがかりをつけられて、浮気にも文句を言えず、恐らくは不当な労働をさせられているのだ。
しかし寝顔を見に来るということは、情がない訳では無いはずで。
私は、賭けに出てみた。
「ママ……?」
女性が……ニルリーナがこちらをハッとした様子で見た。
「ふにゃ……」
むにゃむにゃし、わざとほにゃほにゃ微笑んで無害さをアピールしてみる。
母、ニルリーナの動揺が伝わってくる。
これで無視するようなら、母との付き合い方をじっくり検討していかなければならない。
しかし、もしそうではないのなら。
しばらく逡巡して。
……母は、私に腕を伸ばした。
(……! 抱っこ、された)
母の腕は、枯れ木のように細かった。
執務ばかりして、きっとストレスで食も細くなっているのだろう。
私を抱え続けられるのかと心配になったが、強く抱き締めて、抱え直してくれた。
そして……瞳を覗き込まれる。
少し驚いた。
「ごめんね、アナスタシア……」
ぽつり、と涙が降ってくる。
(その謝罪は、どういう意味の謝罪なんだろう……)
母の顔を見上げながら思う。
それは、この修羅場に対する謝罪か。
それとも、娘の目を直視できないかったことへの謝罪か。
あるいは、本当に父の子では無い、とか?
だとしたら問題は色々あるが、あんなやつと血の繋がりなんて欲しくないから、心情的には万々歳だが。
とにかく。
──かなり複雑だろうに、この人は、私と頑張って目を合わせてくれた。
今も、涙を流しながらも、私を安心させようとしてか微笑もうとしている。
(この人のこと、助けてあげたいな……)
そう思った私は、ほにゃりと微笑んで抱きついた。
私の目をずっと見させるのは、可哀想だ。
そんなことを考えていたら、またピコンとAPが増える音がした。
反射的に確認したくなり、母の肩越しにこっそり確認してみる。
(うわ、3も増えてる……)
合計が7になっていた。
この場合は、母が私関係のことで泣いたからか。
それとも……そもそも、私が生まれたこと自体により、母を困らせているからなのか。
(これ、後者だとちょっと悲しいかも……)
ポイントはガンガン稼ぎたいが。
やはり、悪役令嬢ポイント獲得には、複雑な感情がつき物らしかった。




