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死告天使の輪舞 5

 彼の記憶には、あの日以来いつも炎があった。


 銃を突きつけ、武器を持たない丸腰の人々を追い立てる帝国軍兵士たち。


 もし村がパルチザン等に協力しているのなら、まあそれも致し方ないかもしれない。

 軍服を着てないだけで、事実上の軍事作戦に協力する"敵"なのだか、


 だが、実際には違った。

 その行為には理由などない。


 只、移動経路の途中に村があったから。

 只、そこに劣等民族―――見てくれだけは人の形をしているだけで、人間と見なしていない下等生物が沢山いたから。

 それだけだ。

 少なくともその帝国軍部隊には、それだけで暴虐を働くのに十分な理由だった。

 

 村の小さな教会へと押し込まれるのは、何人もの見知った人々。

 近所のおじさんやおばさん、母と3人の妹たち。

 仲の良かった友達も、ちょっと意地悪な爺さんも、みんな火炎放射器により、教会ごと生きたまま火葬にされた。


 笑い声が響き渡る。

 ある者は、追加で火炎瓶を投げながら。

 ある者は、壁越しに機関銃を撃ちながら。 

 隠れて逃げようとした数名の背中にも、鉛玉が撃ち込まれた。

 教会に押し込めなかった一家が、自宅の壁の前に並ばせられ、まとめて蜂の巣にされた。

 一体何がそんなに楽しいのだろう?

 

 女たちの壮絶な悲鳴も響き渡る。

 数少ない殺されなかった数名を待っていたのは、生き延びた幸運などではなく、男たちの獣欲を満たす為の生贄―――死んだほうがよほどマシと言える生き地獄でしかなかった。


 もちろん、何人かは味方の蛮行に目を背けたり、場の空気に逆らえずに嫌々ながら暴虐に加担している者も居たのだろうが、そんなのは少数派だ。

 何より被害者側からすれば、押し潰されて何の役にも立たなかった良心など知ったこっちゃない。


 そして彼はただ一人、納屋の中で恐怖に震えながら隠れ潜んでいた。

 何人かの男たちが、幼馴染の女性をその納屋に引きずり込み、抵抗される度に殴りつけながら、代わる代わる楽しむ中でも、彼は遂に最後まで勇気を振り絞ることができなかった。

 只々耳を塞いでも頭に響く、初恋相手の壮絶な悲鳴と、家族や自分に助けを求めて名前を泣き呼ぶ声に、耳と目を閉じて、息を潜めているしかなかった。


 全てが終わり、乾いた銃声と笑い声と共に彼女が用済みとして処分され、そして車両が走り去る音を聞いた時、彼は怒りや憎悪よりも安堵してしまった。

 そんな自分の醜さを、見知った無残な死体の数々と燃え上がる教会が突きつけてきた。


 彼は村の様子を見に来たパルチザンに拾われ、あちこちを彷徨い、そして気付いた時には軍服を着て、銃を手に戦い、そして更に少ししたら戦車に乗っていた。

 その数奇な経緯なんかどうでもいい。

 語ることに意味はない。


 なぜなら、兵士としての日々は、復讐に身を焦がすこともなく、生き延びた幸運を胸に恥を忍びつつ日々を過ごすでもなく―――只々、過去のトラウマとどうしようもない後悔に苛まれながら、いっそ死んだら楽になれると誘惑されつつ、でも死ぬ勇気なんか持てずに戦い続ける空虚な日々だったからだ。


 そんなある日、彼女に出会った。

 最初から惹かれた訳じゃない。

 只、彼女は眩しかった。

 自らも故郷を焼かれ、家族や友人を皆殺しにされ、自身の純潔を帝国軍兵士たちに汚された悲惨な過去を持ちながらも、それでも心が折れることなく、死んだ人たちの分まで生き抜くのだと前を向いて戦い続ける姿が、彼にとってはあまりに眩しかった。


 或いは、その姿にかつて救えなかった幼馴染を重ねていたのだろうか。

 客観的には、傷を負った者同士の傷の舐め合いでしかなかったのだろうか。 


 でも、そんなのは当人たちにとっては大事なことではなかった。


 気付いた時には、彼女は彼が戦いの中で生きる理由になり、そして彼女もまた、女として何度も複数の野蛮人に汚された自分を強く想ってくれる彼に惹かれた。


 共に生きようと誓いあい、冷たく重い過去を分かち合い、いつか戦いが終わり、二人で手を取り合って歩んでいく儚い未来を信じて。




 そしてその全ては、再び焼き尽くされる。





 あの日の炎は紅蓮の色彩だった。


 今、全てを焼き尽くすのは閃光だ。


 美しく銀色に光り輝く、気高い孤高の英雄譚。


 それが、全てを焼き尽くすものの正体だ。



「うおおおオオオオオオオオオオッ!!!!!」


 ユージンは獣のように絶叫しながら主砲を放った。

 今まさにユージン軍曹のT-34を狙うべく旋回する砲塔正面に命中、しかしまるで何の意味もないと言わんばかりにその旋回は止まらない。


「装填しろ!!」


 叫ぶ間にも、照準器越しにまたあの女が一瞬顔を出す。

 その視線は、既にこれから向かう先であろう森の方向を見ていた。

 まるで、目の前のT-34は今更もうどうでも良いとばかりに。


―――ふざけるな!!


 怒りのままに、その車長ハッチ目掛けて同軸機銃を掃射。


―――俺から全てを奪っておいて、お前は俺を見ないのか!?


―――決着はまだついていないぞ!! 見ろ!! 俺を見ろ!! 無視するな化け物め!!


 しかし、素早く車内に隠れた相手に当たることはない。

 機銃の弾は空を切り、或いは車長ハッチの周辺で火花を散らすだけだ。


「お前は!! お前だけは!!」


 怨嗟の声とともに主砲を発射。

 弾かれる。


「装填しろ!!」


 装填、発射、外れた。

 手前の地面を抉ったのみ。


 装填、発射。

 今度は車体上面を掠めて空を切っただけ。


 装填して発射。

 またしても弾かれる。


 操縦手用のバイザーを狙った行進射撃は、ちっとも当たって欲しいところに当たってくれない。

 その苛立ちと怒りが、ますますその照準から正確性を奪っていく。


 突然、チーグルがスモークを発射。


 自身が張った煙幕を突き破るようにして再び姿を現す。

 煙幕弾の効果が薄れつつある第2陣の丘に対し、自身の姿を少しでも煙で隠そうというのか?

 敵の車長は後ろに目でもついているのか?


 その間にもお互いの距離はどんどん詰まっていく。

 そしてチーグルは前進しつつも車体ごと旋回し、その照準はほぼ真横を晒して走るまでに至ったユージン軍曹のT-34を捉えつつある。


 駄目だ。

 自分が敵を引きつけて、最悪は第2陣に側面を晒させ、対戦車砲なりなんなりに撃ってもらうつもりだったが、チーグルを狙う弾がまるで飛んでこない様子からして、どうやらそれすら望めないようだ。


「くっ、操縦手、内側に切り込め!! 敵の照準を振り切るんだ!!」


 そう命じた直後だった。

 どこからともなく飛来した一撃がユージン軍曹のT-34車体左側面を掠め、車内を轟音と衝撃が襲う。


「ッ!? どこから!?」


「だ、第一陣の丘です!!」


 操縦手の悲鳴のような報告が車内に響いた。



「すみません、外しました。目標見えず」


<<了解した。すまないね、シュペーア3。うちのじゃじゃ馬娘への援護に感謝するよ>>


「……いえ、このくらいの事は」 


 自分たち―――なんとか修理が間に合い、予備隊として戦いに参加したまではよかった2両のパンター。

 あと一押しと言う所で歩兵が行き詰まり、彼らはIV号戦車と共にダメ押し援軍として突入したまでは良かった。


 しかし、対戦車砲に待ち伏せされ、IV号戦車に乗っていた小隊長を喪ってしまった。

 その時、咄嗟に指揮下に組み込んでくれた、第502特務戦車大隊第4中隊副隊長トラレス中尉に対して、青年は感情を押し殺しきれていない自分を自覚しながら返事した。


「悪い、外した」


 砲手が謝ってくるのに対し、若い車長は首を横に振る。


「いや、かなり無理のある撃ち方だったんだ。仕方ない」


 そのパンターはゆっくりと後退して陣地変換を開始する。


「シュペーア4、シュペーア3は陣地変換する」


<<了解>>


 短く返ってくる落ち着いた女性の声。

 いろいろ察しているだろうに、敢えて何も言わないでいてくれるのがありがたい。


「でも、姉さんもめちゃくちゃだ。目の前で無茶見せられる弟の身にもなって欲しいね」


 そう言えばそうだ、と車長は思い至る。

 淑女なんて表現とは無縁、男勝りな豪快なエピソードだらけだと教えられた砲手の姉は、第502特務戦車大隊第4中隊の車長をやってるのだったか。 


「違う」


「え?」


「あれに乗ってるのは、お前のお姉さんじゃない」


 たが、彼は知っている。

 あのティーガーに乗っているのは、親友でありこのパンターの砲手―――ハンス・レーヴェの姉、カミラ・レーヴェではない。


「それってどう言う―――……」


 黙ってくれたのは、気付いたからか。


 若き車長にとってあのティーガーの車長が何者であるかは、以前に第4中隊に救われた後、ハンスとビアンカ・フォン・ベルツに話した。


 若きパンター車長、ケヴィン・プレル曹長は、激情に燃える瞳でティーガー412号車を―――正確には、その車長を睨みつける。


―――なんでだ……あんたはなんでそこにいる!?


―――あんたはそんな所で、いったい何をやってるんだ!? クラリッサ・ラインフェルト!!



―――しまった、こちらの砲兵射撃はもう終わって……


 気づいたところで遅い。

 もはや最後の望みは――――


「ッ!! ここで俺と死ねぇッ!!!!」


 彼我の距離、100m前後。

 戦車戦の交戦距離としては、超至近距離の格闘戦。

 その間合いで、ユージン軍曹のT-34が射撃した。


 だが、ユージン軍曹焦りすぎていた。

 致命的見落としをしていた。


 彼のT-34は、敵の手によるものか味方の手によるものかもよくわからない、砲弾によってできた穴へと頭から突っ込んだ。

 身体が感じる重力の急激な変化、そして照準器の中で視界が激変したのと、T-34の発砲はほぼ同時だった。

 当然、そんな弾が当たるはずもなく、すぐ目の前にいきなり現れた土砂が爆裂する光景だけに、ユージン軍曹の視界が覆われた。


 バランスを崩した装填手が、転びそうになりながら閉鎖機に肩を思いっきりぶつける。

 エンストしたエンジンに操縦手が悲鳴を上げ、頭をぶつけた通信手が痛みも忘れて息を呑む。


 照準器の視界の片隅では、身の程知らずの愚かな男が自滅するのを待っていたかのように、ぴたりと砲塔旋回が終わり、その長大な砲身の先端にある砲口の暗闇が、最早逃れようのない未来を指し示していた。


「……マイヤ―――」


 愛する女の名の後に彼が何を言おうとしたのかは、誰も知らない。


 走りながら放たれたチーグルの反撃は、一発で彼のT-34の車体を側面から貫き、弾薬庫が大爆発。


 砲塔が空高く舞い上がり吹き飛んでしまった。


 彼の体は、ほとんど文字通り木っ端微塵になってしまったのだ。












 そしてユージン軍曹も知らなかった。

 マイヤ・パグロウ少尉のT-34は転輪と履帯を破壊され、その際の車内に及んだ被害でほとんどの乗員が死亡。


 だが、砲塔も射撃能力を失って戦闘不能になっていたものの、かろうじて爆発炎上はしていなかった。


 火傷を負いながらも脱出したパグロウ少尉は、その目の前で、自身の夫となるはずだった人物の乗る戦車が、一矢報いることすら許されずに爆散したのを見届けた。


 脱出の時に彼女が落とした、幸せな未来を築くはずだった二人を写した写真が風に吹かれて空に舞う。


 そして絶望と怨嗟にまみれた絶叫が、いまだ戦いの終わらぬ虚空の空へと溶けて消えた。


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