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死告天使の輪舞 2

 ゲラーシーの警告は無線機を通じて、確かに連隊本部となっている民家へと届いた。


 だが、だからと言ってすぐに事態が収束することはない。

 元々無線機なんて高価なものは常に数が不足しており、すべての対戦車砲陣地にそんな便利なものがあるわけではない。

 ならば有線通信はと言えば、こちらは電話線のケーブルを張り巡らせるのにとんでもない手間が掛かり、或いは砲迫射撃やらなんやらで回線が千切れたらお終いだ。


 それに、有線通信は下手に張り巡らせると、味方の戦車を始めとする履帯付き車両の通行にも悪影響を及ぼす。

 か細いケーブルなんぞ、履帯に巻き込まれたら一瞬で引き千切られてしまうからだ。


 となれば、通信手段がない場所には伝令を走らせなくてはならない。


 しかし、生身の人間を砲弾降り注ぐ中で行動させるとなれば、伝達速度も心配だが、そもそも伝令が生きて辿り着けるかすら保証はない。

 まして次から次へと、それも矢継ぎ早に指示を出さなくてはならない場面においては、伝令の到着順序が狂ったり、そもそも伝令が辿り着けなかったりという不測事態は当然起こり得る。


 ついでに、伝令が伝えた内容に対する疑問や反論が生まれたり、そもそも命令の内容が現地の実態に即していないと言った事態が生じた場合、伝令自らがそれに回答或いは対処できなければ、それはもう大混乱が必至である。


 これらが原因で、妙な行き違いでも起きようものなら最悪だ。


 現場の独自判断を厳しく戒めるばかりで、"とにかく何が何でも勝手なことを許さない"、"下は上の言う事に只々実直であれば最良なのだ"という―――所謂、"素人が思い浮かべる軍隊のイメージ"。

 その性質が強い組織であればあるほど、果たしてどうなるだろうか。


 一度でも想定外が発生し、混乱が起きてしまえば、通信能力が云々以前に、命令を受けた側も発した側も、何がなんやら訳がわからないことになるのは、最早必然なのである。


 そして、この頃の連邦軍という組織自体は、まさにその典型の一つだった。


 戦前に相次いだ権力者による粛清の嵐と、戦争序盤に帝国軍に叩きのめされ大量損耗。

 そこから回復しているとはまるで言えない現状。


 それでもなんとか組織として成り立たせる為、恐怖で支配する苛烈な統制。


 それにより動かされるのは、取り敢えず素人が武器を持たされて無理矢理戦わされているだけのような兵士―――つまり、状況に応じた柔軟な独自判断なんぞできるわけもなく、とにかく言われたことを言われた通りにしかできない人間が大半という実態。


 この場においては、それら全てが最悪な方向に作用していた。


「ええい、だから劣等民族どもは使い物にならんのだ!!」


 連邦軍の歩兵連隊本部で、幕僚の一人が忌々しげに吐き捨てた。

 辺境民族である近隣の住民たちは、老若男女を問わず、子供から老人に至るまで全員を挑発され、陣地守備隊のなけなしのマンパワーとして扱われていた。

 戦いが始まる前は、鉄条網などの障害を作り、或いは塹壕を掘らされた。


 そして戦いが始まると、今度は主に対戦車砲兵の補充要員にされた。


 なにぶん、銃を突きつけ、従わねば家族もまとめて殺すと脅し、即席戦力として組み込んだ連中である。

 何人死のうが知ったことではないし、兵隊は一人でも欲しいが、下手に銃を持たせるわけには行かない。


 ましてやだ。


"お前たちが従順な限りは安全を保証する"とされ、陣地後方のいくつかの家に押し込まれた筈の若い女たちが、兵士にされた人々の知らない間に連邦兵に何をされたか。


 それを知られれば―――それこそ刺し違えてでも、連邦兵を殺しに掛かってくる奴ら

がいてもおかしくない。


 だから、反乱するにはあまりに使いにくい対戦車砲を任せ、それ以外の武器を持たせなかったのだ。

 

 しかし、取り敢えず撃ち方と狙い方だけを伝えて、"この範囲に敵戦車が見えたら撃て"とだけ命じられていた素人集団である。

 戦術的な妥当性だの、戦車の限界だのと言った教養のない以上、やたら強そうな戦車が突っ込んでくるのを見るや、大半の対戦車砲がすっかり恐慌状態で撃ちまくってしまった。

 それを統制するべき現地指揮官にも、砲兵隊の砲弾が降り注ぐ中では限界がある。


 この混乱の中、果たしてすべての班に連絡が行き渡り、実行されるのにどれだけの時間が必要となるか。


「くそ、ズヴェロボーイは何をやっている!!」


「修理中の車両はまだ1両も復旧できていません!! 戦闘展開した車両は、全て撃破されました!!」


「東側正面から報告、対戦車砲の損耗状況30%!! 現在射撃中止を伝達中!!」


「急がせろ!! 西側正面に射撃中止命令は!?」


「通信未だに復旧せず!! 伝令を出しましたが、末端に行き渡るにはまだ掛かるであろう上、確認行為までは……」


 民家を接収した指揮所では、幹部クラスたちが怒号を飛ばし、通信手がひっきりなしに無線機や有線野外電話を操作して呼びかけ、伝令を任された者が悲壮な顔で屋外に出ていく。


 そんな大騒ぎの指揮所へと政治将校の後に続いて足を踏み入れたクラーラだが、その内心としてはさっさと自分の戦車に戻り、ゲラーシーと合流したいというのが正直なところだ。


 とはいえ、全体の状況を把握するにはやはり本部の様子を覗いたほうがよいだろうし、ゲラーシーならば自分がいなくともちゃんと指揮をしてくれるはず。


 早速彼女は机上に広げられた大きな地図を見やって、敵味方の配置状況を確認し、そして周囲で交わされる言葉の端々から細部を読み取り、絶句した。


―――単騎で突っ込むだなんて、いくら仲間を救うためとはいえ正気の沙汰ではないとは思っていたけれど、なるほどね。或いは……むしろ対戦車砲炙り出しの方が狙いか。


 その脳裏を過るのは、クラッシュキャップを被った美しい銀髪の情景。

 ある時はクラーラの鼻をへし折り、ある時はスプコフスキー率いる迂回部隊を単騎で蹂躙した、銀色の疾風。

 無論、この相手があの妙に自分たちに何かと縁のある女戦車兵と同じ人物であるかと言われれば、そこに確証などない―――だが、なんとなく“彼女”のような気がした。


 あるいはそれは、負けっぱなしのままでいるのは性に合わない、彼女とのリベンジマッチの機会を祈る自分の願望なのか。


「対戦車砲は、200mまでチーグルが近づいてくるまで射撃を禁じると改めて厳命しろ。逆らう奴は撃ち殺せ」


 そもそも、我が連邦軍のM-42 45mm対戦車砲ではチーグルの正面装甲を貫徹できず、この丘には数門しか配備されていない新型のZis-2 57mm対戦車砲ですら、射距離300m以内に誘い込んでようやくどうにかと言ったレベルである。


 それなら足なり弱点部位なりを撃ち抜けばと言いたいところだろうが、銃や大砲には射弾散布というものがある。

 例え銃身や砲身を固定した状態で発砲したとて、ある程度は弾が散る以上、そう簡単に戦車の特定部位にピンポイントでポンポン当てれるのなら、誰だって苦労しない。


 まして、対象が走っているなら尚の事だ。


「工兵小隊長から連絡です!! 東の森正面の障害閉塞についてはどうするのかと―――」


「T-34の1個小隊でチーグルを迎え撃たせる!! まだ機動路を閉塞はするな!! 東の森に侵入した敵歩兵はどうなっている!?」


「なんとか押し留めています!!」


「そのまま粘らせろ!! 絶対に敵に突破させるな!!」


 幹部の一人が怒鳴るように叫ぶ内容を聞いて、クラーラは眉間の皴を深くした。


―――歩兵とはいえ、敵の目の前を掠めてチーグルに突入? 撃破されるかはともかく、すぐ察知されて対処されそうなものだけれど……


 東の森―――帝国軍的には、マルティン軍曹率いる歩兵分隊が突入した森林は、2つのエリアに区分できる。

 一つは、マルティン分隊が制圧した対戦車砲陣地が存在するエリア。

 その戦車が進入できないエリアとは道路を挟む形で広がる、もう一つの対戦車砲陣地エリア。


 後者が、帝国軍のラッツィンガー砲兵中隊長らが懸念していた陣地であるが、ここには1本だけながら道路が通っている。

 その道路から途中で路外機動に切り替え、木々の間を潜り抜ければ、行き先は敵第2陣の丘の麓にある村落地帯だ。


 森を出ればすぐに村落があるというわけではなく、間には300mほどの平地があるにはあるのだが、小銃ですら命中が見込める間合い故に、東の森を完全に取られると攻撃の足掛かりにされてしまうのは明白だった。

 今まさにチーグルが爆走している平原への側面射撃ができなくなるのも痛い。


―――でも、この状況では戦車に頼りたくもなる、か……


 何せ、対戦車砲陣地は片端から何かしらの火力制圧を食らいまくり、このままではたかだかチーグル1両を止める為だけに陣地防御の対戦車火力を使い潰しかねない。


 その一方で、チーグルが―――それ相応の精鋭が乗っているはずの戦車が、いくら仲間を救うためとはいえ敵陣ど真ん中に1両で直接突っ込んでくるわけがない。

 平原地帯を斜めに突っ切るその行き先は、明らかに東の森の道路だ。


―――東の森の対戦車砲陣地は、ほとんど役目を果たしていない。要所だから正規兵を充ててたはずだけど……火力制圧か。


「東の森の伝令兵から報告です!! 火力制圧で対戦車砲陣地は壊滅的被害を受けているとのこと!!」


「くそ!! 劣等民族どもを向かわせろ!! 先ほど修理完了した対戦車砲が3門あっただろう!?」


「い、今からでありますか?」


「馬車でもなんでも使って送り込め!! その為の時間をT-34に稼がせる!!」


―――冗談じゃないわね。


 それなら下手に突っ込んだりせず、東の森の道路入り口なり、適当な林縁あたりに陣取って頻繁に陣地変換しながら撃ちまくるほうがマシだ。

 これがチーグル1両だけと戦うなら、まあ仕方ないかなとならなくもない。

 だが、今は派手に好き放題爆走しているチーグルにばかり目が向きすぎだ。

 場所によっては、すぐ傍らで敵味方の歩兵が銃撃戦している中でチーグルと対決になりかねないだろうが、他のチーグルや自走砲などにもあちこちから狙われかねない平原地帯で戦うよりは遥かにいい。


 全く、どうして戦車に乗ったことのない人間というものは、とにかく後先考えずに戦車を突っ込ませたがるのだろうか?


―――いずれにせよ、仲間たちを殺させるわけにはいかないわ。


 そう結論付けたクラーラは、歩兵中隊長の元へと向かった。


「同志中隊長、意見具申よろしいでしょうか?」


「例の突進しているチーグルの話か?」


 向こうから投げかけてくれるとは、話が早い。


 それでは早速、自殺まがいの突撃をそれとなく、相手のプライドを傷つけないよう気をつけながら諌めるべく、クラーラが口を開こうとした時だった。


「君の戦車小隊は引き続きこの丘で戦え。チーグルには他の者を行かせる」


「他の者、でありますか?」


 問い返しつつもクラーラは思い出す。


―――今すぐ戦える他小隊といえば、パグロウ少尉の隊だったわね。


 マイヤ・パグロウ。

 一応は知っている相手だった。

 機甲士官学校にて、何かとクラーラを”チビっ子”と馬鹿にしてきた女であるが、勇猛果敢で向こう見ずな姿勢は、いつも教官たちから好ましいものとして評価されていた。


 別に仲の良い相手ではない。

 むしろ、あまり仲が良いとは言えない人物。

 久々の再会ではあったが、正直特に感慨深くもなかった。

 そんな感じの相手だった。


 この一帯の争奪戦については配属されるはずだった戦車隊が航空攻撃で損耗してしまい、想定していた数が揃わず、あちこちの戦車隊から抽出した戦力で臨時編成を取っている。


 マイヤ・パグロウの小隊は、数少ない寄せ集めではない小部隊だった。


「そうだ。分かったならば直ちに自分の戦車に戻って自分の小隊を掌握しろ」


「これは連隊長決定ですか?」


「そうだ」


「了解しました」


 それならば、早々覆ることはあるまい。

 最も、この後にもし改めて無茶ぶりされたなら、適当に"無線機の不調につき聞き取れず"とでも言い張ってやるつもりだった。

 歩兵中隊長にクラーラは敬礼を返し、踵を返して民家から出る。


「ま、お手並み拝見と行こうかしらね」


 予備車両として本部のすぐ近くに待機していた自身の戦車へと向かいつつ、クラーラは戦車帽を被りなおした。



 縦一列に並んだ3両のT-34が、雪に覆われた道路上を全力で走る。

 丘の裏側から村落へ。

 民家の間を走った後に500mほど平地を走り、東の森へと進入。

 雪景色の木々の間を走り抜ける最中、敵味方の歩兵が道を挟んで撃ち合っている姿を確認。

 その間を、帝国軍側に向けて機銃掃射をしながら突っ切っていく。

 彼我の銃弾がT-34の装甲に命中して乾いた音を立てるが、そんなものは戦車に大したダメージにならない。


 やがて林縁ぎりぎりのところ左右に散会する形で停車し、二つの丘に挟まれた平原の状況を窺う。


「見つけた!! 小隊各車、味方の煙幕弾に合わせてチーグルに肉薄。撃破した後、味方の制圧射が途切れる前に離脱するわよ!!」


 照準器越しに敵戦車―――味方の射撃をガンガン弾きながら爆走するチーグルを発見し、威勢よく命令を下すのはクラーラの士官学校の同期、マイヤ・パグロウ少尉だ。


 年齢は21歳、クラーラよりも少し背が高く、黒髪を編み込みにして戦車帽を被り、灰色の瞳を険しく細めた凛々しい美少女だ。


 そのすぐ隣のT-34の照準器でも、黒髪の青年が退治するべき怪物の姿を見つける。

 彼の名はイヴァン・ユージン軍曹。

 24歳の若者であり、マイヤにとっては部下であるとともに、いくつもの死線を共に掻い潜った戦友であり―――そして、一週間前に彼女にプロポーズしてくれた男性だった。


 手作りの木彫りで作られた指輪は決して上等な物ではなかったが、恥ずかしそうに顔を赤らめて、照れ笑いと不器用な愛の言葉とともに差し出されたそれは、彼女にとっては生涯の宝物となるだけの価値を十分に持っていた。


 交錯する二人の視線は、互いに生き残るという決意を秘めたものだ。


 そして、3両目のT-34の照準器を調整しているのは、ベテランの戦車兵であり、パグロウ少尉の副官である歴戦のアスタホフ曹長だ。

 若き二人にとって、そして小隊一堂にとって父親といってもよいほど面倒を見てくれた彼もまた、その瞳に二人を守り抜くという強い意志を秘めている。


「さて、そろそろね」


 パグロウ少尉が呟いた直後、帝国軍が奪取した丘の一帯にすさまじい弾幕射撃が次々と降り注ぐ。


 煙幕弾を含めたそれは、間違いなく戦車を含めた敵援護部隊の視界を奪ったに違いない。

 パグロウ少尉も馬鹿ではない。

 普通に平原に出ては、あちこちから撃たれ、瞬殺されて終わりだ。

 この弾幕射撃を受け入れてもらえなければ、とてもではないが任務を受けるわけには行かないと啖呵を切ってみせ、砲兵隊長の同意を取り付けたのだ。


 舞台は整った。

 戦車同士による、3対1の真っ向対決が始まる。


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