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死告天使の輪舞 1

 歩兵や戦車が突入する際に行われる、砲兵隊による突撃支援射撃。

 これは、当然そのまま同じ場所に延々と弾を落とし続けていると、やがて味方の頭上にも砲弾が振り注ぐことになる。

 故に、敵陣に味方が突っ込む直前で、その支援射撃は終了する。


 では、打ち止めになった砲兵隊は、新たな要請が来るまでは、そのまま暇な時間を過ごすのか?


 答えは否だ。

 砲兵隊による砲弾の雨は、味方の近接戦闘部隊の攻撃進展に合わせて弾着地域をどんどん敵陣後方へと伸ばしていき、次なる攻撃目標となる敵の第二陣や、陣地奪還を狙う敵の増援部隊などを叩く形で戦闘に関与し続ける。


 そして、クラリッサ・ラインフェルトは歩兵連隊全体の無線から戦場全域の状況を読んだ。

 

 隣接歩兵連隊主力の攻撃進展。

 それに合わせた、敵の第二陣への本格的火力発揮が行われるタイミング。

 それらを察知し、便乗する形で突出したのだ。


「ボーゲン1、弾着がずれている。イェーガー1から見て右に100、奥に80」


 中隊長用ティーガーの車長ハッチから顔を出したヴァルター中隊長は、奥の丘を目視しつつ、自ら火力誘導を行いながら思考を巡らす。

 まもなく、Ⅲ号突撃砲も配置に付く。

 突出した412号車に対する直掩としては、射撃支援が態勢完了だ。


 だが、それだけでは済まないだろう。

 まもなく、隣接の歩兵連隊もこの丘の担当地域を完全制圧する。

 そうすれば、間違いなく単騎で奮戦する412号車の戦いを多くの者が目にし、そして疑問を抱く。

 あの勇敢なティーガーは、いったい誰が指揮しているのだろうと。


―――やはり全て計算ずくなのだろうな、ラインフェルト……。


 歩兵連隊上層部や砲兵隊等も、恐らくはクラリッサが想定しているだろう読みの通り、彼女の援護を結果的に行うはずだ。

 そして、前線のみならず、指揮所においてもまた、敵に打撃を与える契機の立役者たるクラリッサ・ラインフェルトの存在に興味を抱くだろう。


 まさに、名を売るにはこの上ない宣伝活動。


 加えて、実利としてフォルカーらが助かれば、誰も独断専行に文句を言えなくなる。


 下手なことを言えば、"じゃあフォルカーたちを見捨てるのが正しかったのか"、"413号車の仲間たちは死んでもよかったのか"と言う流れに直結してしまいかねないからだ。


 そして、万が一。

 仮に412号車が爆散したとしても、更に413号車も助からなかったとしても、その"仲間想いの行動"を、果たして誰が"愚かな蛮勇"と嗤えようか?


 クラリッサ・ラインフェルトは馬鹿ではない。

 仲間を助けようという善意が全くないとは言わないが、あれはそれだけの女ではない。

 このくらいの損得勘定は、まるで息をするように一瞬ででき、実行に移すことも可能で、そしてそんな自分を自覚している女だ。


 だからこそ。


―――本当に……お前はそれでいいのか? ラインフェルト。お前がやろうとしていることは―――


 フォルカーたちを助けるべく、自らもまた、転がり込んできた状況を冷徹に利用しながら、ヴァルター中隊長は敵弾を浴びながら平原を独り駆ける412号車を見やり、顔を歪めた。


―――お前自身は……本当に耐えられるのか? これからも耐え続けられるのか? 自らが選ぶその選択が、いつか必ず齎すだろうものを……。



 本来ならば、ちゃんと勝機をヴォルフやヴァルター中隊長に説明するべきだっただろう。


 なんなら、あのヴァルター中隊長のことだ。

 自分同様に連隊主力の攻撃進展を察知して、413号車を救う手立てを考えていただろう事は、容易に推測ができた。


 だから、412号車の突出などはもしかしたなら……いや、きっとやらなくてもよかったのかもしれない。


 だが、そこまで考えた上で尚、クラリッサ・ラインフェルトは"何か"に突き動かされて突撃していた。

 耳に響くのは、至近距離で釣り鐘を打ったかのような音。

 或いは死を告げる風切り音。

 そんな中でも、まるで感情を感じさせない涼やかな声が、マイクを通して各乗員へと届けられる。


「操縦手、そのまま不規則に曲がりながら前進してください。引き続き最高速度を追求」


「了解!!」


 いきなりたった1両で飛び出してきたティーガーに相手も戸惑ったらしいが、よもや第2陣に突っ込んでくるのかと言わんばかりの突進を前にしては、流石に何もしないという選択肢はなく、彼女のティーガー目掛けて次々に砲弾が飛んできている。


 何発もの弾が掠め、いくつかは命中するが、ティーガーの装甲はそれをものともしない。


「砲手、砲塔旋回右―――当初その方向に対戦車砲陣地、同軸機銃10発、行進間射撃、射撃用意」


「補足!!」


「撃て」


 放たれた10発の弾丸、その軌跡が曳光弾―――狙いの修正をやりやすいように、その弾道を撃った当人が分かりやすくするため発光する弾丸―――が光の軌跡を描き出す。


 もちろん、こんな物を1000m超えの距離で当てて、敵を撃破することは考えていない。


 これは、敵の概ねの位置や方向のヒントを味方に知らせるもの―――いわゆるスポッティング射撃だ。


 この距離で走りながら榴弾を撃っても、この時代の戦車では早々当たらない。

 そもそも、かなり山なり弾道になる榴弾の弾道特性自体が、遠距離の精密射撃に向いていない。

 まして、この時代の戦車には、後世の戦車のように戦車の揺れなどを積載されたコンピューターが補正してくれるような機能もない。

 走りながらの精密遠距離狙撃など、不可能と言ってもいいのだ。


 だが、そもそもの話として、別に走っている戦車が無理に射撃をする必要はない―――援護射撃が機能しているのなら。


 スポッティング射撃の数秒後には、その対戦車砲陣地に味方の誰かしらの戦車、または突撃砲が撃ったのだろう榴弾が弾着する。

 その攻撃は、412号車が存在を示した対戦車砲を木っ端微塵に吹き飛ばした。


「次、砲塔旋回、左……その方向。対戦車砲に―――いえ、目標変換、砲塔旋回右。操縦手、右に方向変換用意。3、2、1―――今」


――――……背中を任せるには、やはり頼りになりますね。


 今度は、自分が敵の位置を後方の味方に教えるより早くに弾が飛んできた。


 今のはヴォルフか? 

 レーヴェか?

 或いは、ヴァルター中隊長ないし彼が引き連れてきたⅢ号突撃砲か?


 いずれにせよ、仲間たちの見事な援護に対し、誰にも聞こえない賞賛を胸に抱きつつ、クラリッサは己のティーガーの前進方向を修正する。


 自分たちが通った道はティーガーが爆走したせいで酷い有様になっているが、それも知ったことではない。


 鋼鉄の猛獣が敵弾をものともせず、2つの丘に挟まれた平原を右前方―――丁度、マルティン軍曹率いる分隊が道路を挟み、敵の機関銃陣地に阻まれている所を目指して突き進んでいく。



「おいおい、なんて無茶しやがる……」


 フォルカーからも412号車の暴走機関車ぶりは見えていた。


 たとえ無線で彼女の発言を聞いていなくとも、それが自分たちを救わんとする行為であることは理解している。

 彼だけでなく、他の乗員たちも。


 しかしその表情は、勇敢な仲間を讃えるものでも、自分たちを救った救世主への感謝でもなかった。


 ただ、狂人を見るかの如く―――優秀な乗員であるからこそ、彼らは理解するのだ。

 クラリッサ・ラインフェルトは異常だと。


 敵の眼前に躍り出て、平原地帯を突っ切る。

 その意図がわからない敵からすれば、まさかそのまま奥側の丘に突っ込む気かと焦り、必死に撃ちまくってしまう。

 だが、練度が低い兵であれば―――擱座した413号車にすら命中させるのに何発も要する程度の技量と、遠距離狙撃に限界がある敵の照準器の性能では、その照準は1000m超えの射距離を斜めに走る敵戦車を捉えることなど、早々出来はしない。


 ましてや、対戦車砲は戦車ではない。

 地面に置いた大砲だ。

 向きを変えるにも一苦労なそれは、必然的に進行経路上に照準を置いておく"置き撃ち"にならざるを得ない。

 それはつまり、不規則ジグザグに走られてしまうと置き撃ちもクソもなくなるということ。

 照準器内に敵を捕捉するのすら一苦労だ。


 そして、よしんば命中したとて、ティーガーの装甲板は例え側面への被弾でも、そんじょそこらの砲弾では貫徹できず、履帯や転輪、或いは弱点部位を正確に狙い撃ちにするような余裕はない。


 理屈はわかる。


 しかし、実現できる性能をティーガーが有していたとしても、あんな無茶苦茶なやり方をはたして誰が思いつくのか。


 よしんば思いついたとして、いったい誰が実行に移すというのだ。


 少なくとも自分たちには無理だ。

 戦場に身を置くから死を覚悟するとか、そういった次元のものではない、ある種の自暴自棄、でなければ狂気にすら見えてくる。


 それこそが、”孤高の英雄”クラリッサ・ラインフェルトの真の姿。

 ヴォルフの着任以来身を潜めいていた、内なる怪物が久々に牙を剥いたのだ。


 その姿を知るがゆえに、いかに彼女が誰もが認める絶世の美女であろうと、秘めたる狂気を恐れて何者も近寄ることはない。

 近寄れない。

 その彼女に心酔する乗員たちも彼女を女性として―――ともすれば同じ人間としてすら、心のどこかで見ることができないでいる。


 しかし、だ。


 クラリッサ・ラインフェルトが怪物だろうが魔女だろうが、命を救うべく差し伸べられた手を払いのけることはしない。

 どのような美辞麗句を並べようと、誰だって生き残り、家族の元へと帰りたいからだ。


「総員脱出!! 急げ!!」


 フォルカーが叫ぶ。

 今や413号車には一発の弾丸も飛来していない。

 413号車の乗員は次々に車外へと転げ落ちるように脱出。

 まだ意識朦朧としている装填手を皆で手伝いながら、彼らはそのまま、手近な藪と起伏の向こうへと姿を消した。



「奴を止めろ!! 足だ、足を狙え!!」


 敵の砲兵隊による砲弾の雨が第二陣のあちこちに降り注ぐ中、なんとか陣地変換で範囲外に逃げたゲラーシー曹長は大声で砲手に命じていた。


 飛来する敵弾を片端から弾き返しつつ駆け抜ける。


 そこらの戦車では絶対にできない、チーグルだからこそ可能とする荒業。

 平原の地形は、相手にとって下り坂気味。

 更にその速度を殺す起伏もほぼなく、変に泥濘化もしていない。

 この"連邦軍にとって不都合なほどに、全面にわたりしっかりした地面"こそが、政治将校ウリヤノフ少佐が奥側の陣地を主陣地とすることを心配した理由だった。


 実際、爆走するチーグルは、カタログスペックの最高速度たる時速40kmに達しているだろう。


 チーグルのガソリンエンジンは、総合的には確かに戦車の重量に対してアンダーパワー気味ではある。


 だが、その一方で、多くの乗り手が証言している。

 鈍重なイメージに反し、実はその瞬発力自体は、本世界大戦で活躍した戦車の中では、むしろ高い部類―――具体的には、T-34をも上回っていたと。


 地面に恵まれた限定的な状況下かつ優れた操縦手を必要とするという前書きはつくものの、その機動性能は全力で発揮された場合、チーグルの戦闘機動は、むしろそこらの中戦車にすら迫るものがあるのだ。


―――とは言うものの、気でも狂っているのか!? もはや勇敢という範疇では片づけられん!!


 ゲラーシーは奇しくも、今まさに対峙している帝国軍人たちと同じ感想を抱いていた。


「一発以上は同じ場所から撃つな!! 援護役のチーグルや制圧射撃にやられるぞ!!」


 敵の度胸に内心では仰天しながらも、ゲラーシーは指示を出す。

 この距離では、とてもではないがT-34の主砲では歯が立たない。


 だが、砲塔旋回機構により、敵を追随するように照準ができるのは戦車だけだ。


 履帯を狙ってゲラーシーのT-34が発砲。


 しかし、その一撃は履帯を切断したり転輪を破壊したりすることもなく、ただ側面にあるフェンダーの一つを屑鉄スクラップにして吹き飛ばしただけだった。


「畜生!!」


 ゲラーシーは呻く。


 “敵に対し劣る性能を技量で上回り勝利する”。


 言うのは簡単だ。

 実際にそういう事例がないわけでもない。


 だが、兵器の性能差と言うものは、戦車や戦艦、航空機からただの小銃に至るまで、多くの場合においては残酷なまでに兵士たちに襲い掛かってくる。


 敵より長い槍を持っていればより優位に戦えるし、青銅の剣では鋼の剣にいともたやすく打ち砕かれる。

 どんなに健脚な兵士でも馬に乗った騎兵には駆けっこで勝てるわけがない。

 どんな立派な鎧に身を包んだ最強の騎士でも、ライフルの銃弾一発で無力化される。

 同じ銃だからと言っても、マスケット銃が最新の機関銃と勝負した所で、勝てる道理など逆立ちしたってあるわけない。


 ロマンもへったくれもない戦場における紛れもない事実。

 "勇戦敢闘"や"錬磨無限"、"足らぬ足らぬは工夫が足らぬ"などと、軽々しく口にすることがなんと無責任なことか。


―――いかん、このままでは防御陣地がパニックになりかねん!!


 ゲラーシーは気づいていた。

 チーグルが一切迷いも恐れもなく全力で走っているのは決して蛮勇でもなんでもなく、なんらかの明白な計算と意志を持っての行動であると。


 奴は、こちらの防御準備期間などから、こちらが全面にわたる地雷原などからなる、大規模対戦車障害を作る時間が無かったと、事前情報から間違いなく知っているはずだ。

 だから、地雷原などを全く気にせずに好き放題走り回っている。


 とはいえ、滅多打ちにされている被弾の衝撃も併せて、あの爆走っぷりは乱暴な扱いに変わりはない。

 おそらく戦闘終了後には特に足回りが負荷でガタガタ―――それこそ場合によってはオーバーホールすら必須となってもおかしくないのではないか?


―――ここでチーグル1両を使い潰してでも、仲間を救わんとする……敵ながら見事な覚悟だ!!


 ゲラーシーは砲塔の限られた視界ながらも次の射撃機会を探ろうと砲塔を回し―――


「ぬうッ!?」


 すぐ近くに弾着。

 舞い上がる土砂が、自身が他のチーグルに狙われているという事実を突きつけられる。


「くそ、操縦手後退!! 陣地変換!!」


 退避するゲラーシーのT-34は、後方の道路上に出て走り出す。

 砲手席から離れて一旦ハッチから身を乗り出したゲラーシーは、木々の隙間から時折ちらほら見えるチーグルを見つつ次の手を―――


―――……待てよ。この感じ……なんだ、この得体のしれない不安、そして違和感は?


 味方の戦車と対戦車砲が撃ちまくっている。


 当たり前だ。

 状況からして第一陣は陥落し、次に狙われるのはこの丘だ。


 無論、戦術的に考えれば、普通なら明日に再攻撃が常道のはず。

 陣地攻撃なんで、そんな行き当たりばったりでやれるような作戦行動ではない。


 しかし、目の前の厳然たる事実として、1両のチーグルがいきなりこの丘めがけて突っ込んできているわ、それを支援する複数のチーグル、さらにはⅢ号突撃砲らしきものも姿を現し始めている。

 まして突っ込んでくるチーグルに至っては、その明白かつ強烈な存在感から来るプレッシャーのせいで、本来その方向を狙う予定にない対戦車砲まで無理矢理に向きを変えたり小移動したりして―――


「ッ!? まさか!? いかん!! 司令部につなげ!! これは罠だ!!」


―――今すぐ対戦車砲の連中に射撃を中止させなくては!!


 ゲラーシーは焦る。

 

―――奴め、単に味方を救おうというだけではないな!? あの動きは、恐らく――やはりあのチーグルの車長、頭がおかしい!!


「司令部に繋がりました!!」


「貸せ!!」


 通信手には悪いが、半ばひったくるようにしてマイクを手にし、ゲラーシーは叫んだ。 


「司令部!! 今すぐ対戦車砲の射撃をやめさせろ!! 敵の狙いは、突進するチーグルに射撃させて、こちらの対戦車砲陣地の場所を片端から暴露させることだ!!」



 

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