後編
「はい、ダーリン。あーん」
「あーん」
オレは魔王さんとともに喫茶店でコーヒーとサラダを食べていた。
もちろん食べてるのはオレ一人だ。
魔王さんは基本、人間の食事に手はつけないのだそうだ。
まあ、人間だって魔界の食べ物を口にすることはないわけだし、当たり前と言えば当たり前か。
そんなこんなで、オレは魔王さんの手によって口いっぱいにサラダを詰め込まれている。
それはもう、情け容赦なく。
「ほらほら、まだこんなに残ってるぞ。はい、あーん」
「あーん」
「どんどん食べろ。はい、あーん」
「あ、あーん」
「ほらほら、もっと食べろ。どんどん食べろ。とっとと終わらせろ」
怖いよ。
咀嚼して喉に流し込む前にどんどん詰め込んでくるから、口の中からあふれ出そうだ。
誰だろう、女性からの「あーん」は至福のひとときだと言ったヤツは。
普通に地獄だ。
ちなみにさとしはオレの隣に座ってアイスコーヒーを飲みながら魔王さんをジーッと見つめている。
「な、なあ。たけるの彼女って、いつもこうなん?」
「むが……? むが……? むが……?」
サラダを際限なく突っ込まれてるオレにさとしが若干引き気味で聞いてきた。
さとしじゃなくとも、引くわ。
「コーヒーのおかわりいかがですか?」
と聞いてきた店員も、オレたちの様子を見て「ひえっ」と去って行った。
店員が引くレベルってどんなだよ。
「いやー、思ってたイチャコラと違うわー」
さとしが疑いの目で見てきたため、オレはとっさに魔王さんのフォークを持つ手を押さえつけた。
「なにをする、貴様」
「魔王さん、契約、契約」
目線で合図を送ると魔王さんは「いっけなーい」と手を引っ込めた。
「あ、あは。私ったら美味しそうに食べるダーリンが見たくて、つい夢中になっちゃった♡」
「ふへ、ふへへ、美味しかったよ、マイハニー……」
ほんと、とんでもない茶番だ。
なんだかんだで食事を終えたオレたちは、デートの定番動物園に行くことにした。
市が運営する小さな動物園だが、ライオンやシロクマなど、普段お目にかかれない動物がたくさんいる人気スポットだ。
しかし入場料を払って動物園に入ると、中は閑散としていた。
客がいないというわけではなく、動物の姿が見当たらないのだ。
行けども行けども、檻の中は空っぽ状態。
見ると、ほぼすべての動物たちが獣舎から出てこようとしなかった。
どういうわけだ?
「ふふ、どうやらわらわが来たことで本能的に奥に逃げこんでしまったようだな」
「本能的に?」
「わらわの身から出る魔力を体中で感じたのだろう」
……動物の本能すごすぎだろ。
「魔王さん……じゃなくて、真央の力をもう少しおさえることできません?」
「無理だな。これでも人間界に合わせて最小におさえておるのだ。これ以上はわらわが持たん」
最小におさえてても動物が逃げ出す存在?
この人、どんだけヤベーヤツなんだ?
今は普通に話してるけど、もしかしたら魔界の住人からしたらとんでもないことなのかもしれない。
「あはは、これじゃ動物園じゃなくて、檻物園だな」
さとしはオレたちの後ろを歩きながらそんなことを言って笑っていた。
うまいこと言ってるつもりだろうけど、あまりうまくないぞ。
「こんなに動物がいない動物園は初めてだ」
「あ、ああ、そうだな。どうやら今日はみんな引きこもりたい気分みたいだな」
「ちっ、これじゃあたけるのイチャコラが拝めないじゃないか」
別に拝まなくていいよ。
「真央ちゃんでしたっけ? たけるとイチャコラできなくて残念でしたね」
魔王さんにカマをかけるさとし。
魔王さんは「は?」という顔をさとしに向けた。
「別に残念では……」
「あーっと! 真央! 今日は動物園はやめて、カラオケにしようか!」
オレは慌てて会話を遮り、魔王さんを引っ張って動物園をあとにした。
カラオケルームでは、なぜかさとしが一人で熱唱していた。
信じられます?
彼女(疑似)とのデートに勝手についてきたうえに、カラオケのマイクを奪って一人で歌ってるんですよ?
ありえないでしょ。
「どうだった? オレの歌」
「うん、ジャイ○ンみたいだった」
「そうかそうか、そんなに良かったか」
こいつの思考回路はどうなってるんだろう。
「せっかくだから真央ちゃんの歌も聴きたいなー」
そう言って魔王さんにマイクを押しつけてくるさとし。
魔王さんは魔王さんで「これをどうするのだ?」と言っている。
「あれ? 真央ちゃんカラオケ初めて?」
「そ、そうなんだよ。真央は田舎から来てるからカラオケ自体入るの初めてでさ。今日はカラオケデビューなんだ」
慌ててフォローに入ると、案の定魔王さんはオレを睨み付けてきた。
「おい、カス。魔界が田舎だと?」
カスって……。
「死にたいのか」
魔王さんが豹変したことで、さとしが不審な目で見つめ始めた。
「魔王さん、契約、契約」
例の言葉を言うと、魔王さんはすぐにハッとして作り笑いを浮かべる。
「も、もう! ダーリンの歌声を聞いたら素敵すぎて死んじゃうから絶対歌わないで!」
「ぼ、僕もだよ、ハニー。きっとハニーの歌声は小鳥のさえずりのように美しいはずだから、なるべく歌わないようにしようね」
「うん!」
結局、カラオケではお互い一切歌うことなくあとにした。
なんやかんやで、その後ゲーセンにショッピングに映画館にメジャーなデートコースを堪能(?)したオレたちは、ようやくさとしから解放された。
「ま、いろいろ不審な点はあったけど、真央ちゃんは本当にたけるの彼女みたいだな」
「ご納得していただけたでしょうか」
「うん、ご納得させていただいた。でも最後に!」
ここでさとしはとんでもないことを言い出した。
「別れのキスを見せてくれ!」
「キ、キス?」
「そしたら信じる」
なんてこった。
ここにきて最大の難関がやってきた。
魔王さんのことだ。
キスなんてせがんだ日には殺されるかもしれない。
「い、いや、キスってそんな人に見せつけるもんじゃ……」
「大丈夫、大丈夫。オレは気にしないから」
「こっちが気になるんだよ!」
相変わらずとんでもないことを言ってくるやつだ。
「えーと、魔王さん。さとしがこう言ってるんですが……」
「断る!」
でしょうね。
「でもキスしないと信じてくれそうにないし……」
「断る!」
「ダメ……でしょうか」
「断る!」
やはり無理そうだ。
「さとし、残念だけど真央はやっぱり嫌みたいだ」
「そうか。じゃあたけるは童貞ってことだな」
なんでそうなるんだよ。
「ちょっと待て。今日一日一緒にいてわかっただろ? オレたち付き合ってるの!」
「付き合ってたらキスのひとつくらいするだろ?」
どうあっても引き下がらないようだ。
しょうがない、ここは正直に本当のことを言おう。
そう思った直後。
頬に柔らかいものが触れた。
気づくと魔王さんが口元を押さえながら真っ赤な顔をして目をそらしている。
え? なに今の。
触れられた場所を手でさすると、魔王さんは怒ったような口調で言った。
「こ、これが最大限の譲歩だぞ! これ以上はせん!」
え? え? え?
もしかしてキスされた?
頬にキスされた?
さとしを見ると、「まあ!」と尊い何かを見たように目を輝かせている。
「これでいいのだろう!? さとしとやら! わらわとこいつは紛れもなく恋人だ!」
どう見ても恋人とは思えないセリフを吐きながら、魔王さんはさとしにメンチを切っていた。
さとしはコクコクと頷くと、オレの背中をバンバン叩きながら親指を立てた。
「……サンキュー、相棒。非常に良いのを見させてもらったぜ」
誰が相棒だ。
でもこれで納得してくれたようで、さとしは「お前らが恋人だっていうのは信じたよ」と言って帰っていった。
帰り際に「夜のイチャコラも頑張れよ!」ととんでもないことを言いながら。
結局、オレは魔王さんのおかげで助かった。
童貞大会への強制参加はこれでなくなるだろう。っていうか、その大会自体なくなれよ。
そして魔王さんは魔界へと帰って行った。
「今度召喚するときは、もっと危機的状況の時に呼べ」との説教つきで。
「ほんとすいませんでした」
「すいませんでしたじゃないわ。わらわを召喚した理由がこんなしょうもないことだとわかったら、魔界中の魔物が貴様の命を狙いにくるぞ。今回は黙っておくが、安易に呼ぶでない」
「肝に銘じます」
「ふん。でもまあ人間界もなかなか楽しめたからな。よしとしよう」
帰り際にニヤッと笑う魔王さんは、やっぱり魔界の王だけあって格好良かった。
うん、そうだな。
今後は本当に窮地に陥ったときだけ呼ぼう。
そう心に誓った。
しかし──。
「なあ、たける。やっぱ童貞大会は中止になったわ」
「そうか、よかったな」
「でさ、代わりにイチャコラカップル杯っていう大会が出来たんだわ」
「は?」
「大学中のイチャコラカップルNo.1を決める大会なんだけどさ」
「は?」
「たけると真央ちゃんは強制参加ね」
「ち、ちょっと待て、さとし。なんだそれ」
「いやあ、この前のたけると真央ちゃんの頬キス見たら刺激されちゃってさあ。イチャコラカップルのイチャコラシーンを見たくなったんよ」
なったんよ、じゃないわ。
「ということで、真央ちゃんにも連絡よろ」
「お、おい、さとし」
さとしは驚異の速さで去って行った。
来週開催される「イチャコラカップル杯」のチラシを押しつけて。
オレはそれを見ながら思った。
「これ、もう一度魔王さんを召喚しなきゃならないじゃん」と。
最後までお読みいただきありがとうございました。




