中編
魔王さんのみぞおち攻撃からようやく立ち直ったオレは、すぐに支度を調え、彼女を外に連れ出すことにした。
さとしのことだ。
きっとどこかでこのアパートを監視しているに違いない。
だとしたら、アパートから二人一緒に出た方が説得力があるだろう。
そう思ってもう一度鏡をチェック。
オシャレのオの字もないオレだが、まあ悪くはないだろう。
グレーのパーカーに安物のジーンズだけど。
……まあ、悪くはないだろう。
「もういいか?」
「お待たせしました」
「人間というのは面倒なものよ。外に出るのにいちいち着替えねばならんとはな」
「いやあ、まあ、それもデートの醍醐味のひとつで……」
っていうか、今気づいた。
この魔王さん、召喚したままの格好で行こうとしている。
いくら絶世の美女とはいえ、黒いマントにレオタードなんてあり得ないだろ。
「あ、あの……魔王さん?」
「なんだ」
「その格好で行くんですか?」
「そうだが?」
「できれば普通の格好にして欲しいんですけど……」
「わらわはこれしか持っておらん」
やべえ。
いきなりイレギュラーが発生した。
こんな女と歩いてたらちょっとなんて言われるかわからない。
とはいえ、女物の服なんて持ってないし。
「なんだ? 衣装を変えて欲しいのか?」
「できれば……」
期待せずに言うと、魔王さんは「わかった」と言ってパチンと指を鳴らした。
するとどうだろう。
ものの見事に衣装が変わった。
白いブラウスにオレンジ色のセーター、そして長い足がすらりと見えるショートパンツ。
どこからどう見てもモデル風の美女。
これはこれで逆に目立ちそうだが、懸念がなくなった。
「どうだ? これでよいか?」
「完璧です」
思わず涙ぐみながら親指を立てる。
「よし、では行こう」
玄関のドアを開けると、遠くにある電柱の影からこちらを覗き見る男のシルエットが見えた。
目をこらすまでもなく、さとしだ。
やっぱりいやがった。
もう病気だろ、ここまで来ると。
「おーい、さとし」
声をかけるとシルエットは一瞬ビクッとなったが、すぐに口笛を吹きながらオレのもとへとやってきた。
「おっ、たけるじゃん。奇遇だな!」
わざとらしい。
「紹介するよ、彼女の……えーと、真央さんだ」
さとしは魔王さんを見るなり目を丸くした。
「うそ? ハリウッド級の絶世美女やんけ……」
ハリウッド級かどうかはわからないが、絶世美女は激しく同意。
するとなぜかさとしは激高した。
「たける、おま、ふざけんなよ!」
「何がだよ」
「こんなハリウッド女優みたいな、長身長のスタイル抜群パッキン美女が彼女だなんて……」
信じられないのも無理はない。
オレだってこんな美女が召喚されるとは思ってなかったし。
「そうは言っても、彼女は彼女だ」
「ズバリお聞きします! あなたは本当にたけるの彼女ですか!?」
そう言って魔王さんに詰め寄るさとし。
魔王さんは魔王さんで「は?」という顔をしている。
「どこに惹かれたのですか!? キス以上のこともやったんですか!? たけるの童貞を奪ったのですか!?」
「うおおぉーい! ズバリ聞きすぎだよ!」
まったく遠慮がないな、こいつは!
アパートの前じゃなかったら、はっ倒してるわ。
そしてそんな魔王さんはさとしの質問にみるみる顔が険しくなっていった。
「キ、キス以上のことだと? 貴様、魔界の頂点たるわらわが人間ごときにそのようなことをするとでも思っておるのか」
ああ、やめて!
ボロを出さないで!
オレは慌てて魔王さんにそっと耳打ちした。
「魔王さん、契約! 契約!」(小声)
魔王さんはハッとしてコホンとひとつ咳払い。
「う、うむ。わらわはこやつの彼女というヤツだ。惹かれたのは……そうだな、貧相な顔立ちと貧弱そうな身体をしてたからだな。キス以上のことをしたかどうかは想像に任せる」
……貧相な顔立ちって。
オレ、軽くディスられてるよね?
でもさとしは魔王さんの言葉に
「ぐっはあ!」
と膝から崩れ落ちた。
「し、信じられん……。たけるにこんな美女が……。世界最大ミステリーだ……」
そこまでですか?
まあ、オレもこんな美女が彼女だったら自分で自分を疑うけども。
「というわけだ、さとし。残念だったな。もういいか? これからデートだから」
「いや、待て! まだ信じられん! お前らのイチャラブデートを見るまでは!」
くっ……。
ここまで来てまだ引き下がらないつもりか。
なんでこんなに頑固なんだ。
「お前らがイチャコラバカップルだったら信用してやる」
これまた難度の高い要求を……。
いい加減、魔王さんもキレるぞ。
「おい、召喚主。イチャコラバカップルとはなんだ?」
魔王さんが小声で聞いてきたので、オレも小声で答えた。
「イチャコラバカップルと言うのは、公衆の面前でバカみたいにイチャイチャしているカップルのことです」
「バカみたいにイチャイチャしているカップル?」
「例えば……えーと、公衆の面前で抱き合ったり、愛をささやき合ったり、場合によっては……キ、キスをしたり……」
瞬間、魔王さんの顔が鬼のような形相になった。
「それをわらわにやれと言うのか!」
「ひええ! は、はい! お願いします!」
「できるか、たわけー!」
「魔王さん、契約! 契約!」
「ぐ……ぬぬぬ……」
到底、承服できない内容だろうけど、魔王さんはそれ以上逆らえないようだった。
契約効果、すげー。
そして改めてしょうもないことで呼び出してしまった気がする。
「なになに、二人とも。険悪な雰囲気じゃん。やっぱり付き合ってないんじゃないの?」
さとしが言うので、オレは慌てて魔王さんの頬をツンツンつついた。
「ほらー、真央。デートにさとしがついてくるからってむくれるなよー」
魔王さんはギョロッとオレを一瞬睨み付けると、すぐに作り笑いを浮かべた。
「や、やーん。だってダーリンと二人でお出かけできると思ってたのに、ついてくるって言うんだもーん」
「…………」
う、うほう。
破壊力がすさまじい。
あんなに高飛車な魔王さんが、まさか語尾に「もーん」をつけてくるとは。
これがギャップ萌えというやつか。
「さ、さとしのことはいないと思ってればいいよ」
「そ、そっか。うんわかった、そうする!」
ああ、神よ。
どうか魔王さんの可愛さでオレが卒倒しないようお守りください。
「それじゃあ、デートに行こ!」
こうしてオレたちはさとし同伴のデートをすることになったのだった。




