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短編集

王妃様のりんご

作者:遥彼方
 むかしむかし、ある国に、「白雪姫」と呼ばれるそれはそれは美しい王女様がいました。

 けれど王女様の継母である王妃様は、王妃様が一番美しいと信じていました。

 王妃様には、魔法の鏡がありました。

「鏡よ、鏡。世界で一番美しいのはだれ」
 王妃様が鏡に聞くと、鏡は決まってこう答えます。

「それは王妃様です」
 王妃様は満足して、気分よく一日を過ごすのでした。

 白雪姫が7才になったある日、いつものように王妃様は鏡にたずねました。
「鏡よ、鏡。世界で一番美しいのはだれ」

 鏡は答えました。
「それは白雪姫です」

「まあ、なんですって」
 王妃様はびっくりしました。

 前の王妃に似ている白雪姫のことが王妃様は嫌いでした。

 白雪姫が微笑むと花が咲いたように周りが明るくなって、皆がふんわり優しい笑顔になりました。王妃様がどんなに美しくしていても、皆はこんなに優しい顔で笑いません。

 きっと白雪姫のお母さんも、皆にこんな優しい笑顔で愛されていたのだろうと思うと、白雪姫の笑顔が憎く思えました。

 もっと美しくしていなくちゃ。

 白雪姫が笑うたびに、王妃様は美容にいいというりんごを、たくさん食べました。
 世界で一番美しい王妃様を、家来たちは口々にほめます。だから王妃様は世界で一番美しくいようと思って努力しました。

 なのに鏡は、世界で一番美しいのは白雪姫だと言ったのです。王妃様はそんなの許せませんでした。

「白雪姫を殺してきてちょうだい」
 怒った王妃様は猟師にそう命令しました。

 しかし猟師は白雪姫がかわいそうで殺せません。森の中へ置いてきてしまいました。

 森の中でひとりぼっちになった白雪姫は、小屋を見つけ、7人の小人たちと会いました。白雪姫は小人たちと一緒に住むことになりました。


 さあ、白雪姫はもういません。王妃様はウキウキと鏡に言いました。

「鏡よ、鏡。世界で一番美しいのはだれ」

「それは白雪姫です」
「なんてこと」
 どうやら白雪姫はまだ生きているようです。猟師に命令したのは失敗でした。今度は自分でやることにしました。

 毒を持った木の実、葉っぱに毒がある草、触ると死んでしまう程の毒ガエル、中毒を起こすキノコを鍋に入れてぐつぐつと煮込みます。とても恐ろしい猛毒が完成しました。

 さあ、どうやって白雪姫に毒を使いましょうか。王妃様が部屋を見渡すと、かごいっぱいに入ったりんごがありました。

「そうだわ、これにしましょう」

 王妃様はりんごの中に猛毒を入れて、たくさんの毒りんごを作りました。それから王妃様だとばれてはいけないと、魔女の恰好をして、毒りんごを持って白雪姫のところへ行きました。

 コンコン。

 森の中の小屋のドアをノックすると、白雪姫が出てきました。

「おいしいりんごをあげよう」

 かごの中のりんごを一つ渡しました。魔女からそれを受け取った白雪姫は、けれどそのりんごを渋い顔でみつめるだけで、いっこうに口にしようとはしません。

 なにせ白雪姫は、りんごが世界中のなによりも嫌いなのですから。

「りんごを食べるくらいなら、いっそ死んでしまったほうがいいわ」
 そう言って魔女にりんごを返しました。

 さあ、大変です。
 お城に帰った王妃様は、困りました。

 作った毒はみんな毒りんごに使ってしまいました。毒の材料もありません。

「だったらなんとかしてりんごを食べてもらいましょう」

 王妃様はりんごを使った料理の本を家来に持ってこさせました。
 しかし、王妃様は料理なんてしたことがありません。本の中の料理はどれも難しそうです。

「あっ。これならわたくしにも出来るわ」
 王妃様はさっそく作って持っていきました。

 コンコン。

「はあい」
 ドアを開けた白雪姫に作った料理を差し出しました。

 それは、りんごのコンポートでした。鍋にりんごと砂糖水を入れてぐつぐつと煮るだけ。料理をしたことのない王妃様でもすぐに出来たのです。

「ごめんなさい、やっぱり食べられないわ。だって見た目がりんごなんですもの」
 白雪姫はそう言って、りんごのコンポートを魔女に返しました。

 お城に戻った王妃様は、またまた困ってしまいました。

 見た目でりんごと分かると白雪姫は食べられないようです。分からない料理にしなくてはいけません。王妃様は本をパラパラとめくって探しました。

「これならどうかしら」
 王妃様はさっそく作って持っていきました。

 コンコン。

「はあい」
 ドアを開けた白雪姫に作った料理を差し出します。

 作ったのはりんごのゼリーでした。すりおろしたりんごを溶かしたゼラチンで固めたものです。透明の容器の中で、きらきらと輝いていて、とてもりんごとは思えません。

「まあ、おいしそう」
 白雪姫はぱくりと一口食べて、すぐにぺっと吐きだしてしまいました。

「大嫌いなりんごのにおいがするわ。ごめんなさい、これも食べられないわ」

 白雪姫がとても申し訳なさそうに謝りました。魔女に化けた王妃様はがっかりしました。

 このゼリーは、包丁を持ったこともない王妃様が、指に切り傷を作りながら一生懸命にりんごの皮をむき、すりおろして作ったものだったのです。

「どうしたら食べてもらえるかしら」
 お城に戻った王妃様は一生懸命考えました。本をどんどんめくっていきます。

 アップルパイ。だめです。上にのったりんごがそのままの見た目です。
 りんごのポテトサラダ。だめです。小さく切ったりんごがそのまま入っています。

「あっ! これならどうかしら」
 王妃様は家来に材料を持ってこさせました。

 まずはバターをとかします。ボールに卵を割ってときました。何個か失敗して、王妃様のドレスや机を汚しました。
 美しい王妃様は汚れるのが大嫌い。こんな風にドレスを汚すのは初めてです。

「出来上がるまでのがまんよ」
 嫌な気分になりましたが、王妃様は作ることに集中しました。

 次に小麦粉とふくらし粉をまぜてふるいにかけます。粉がちって、王妃様の手は真っ白、ドレスにも、てんてんと白い粉がつきました。

「がまん、がまん」

 今度はまた一生懸命にりんごの皮をむきます。綺麗な白く細い指に、赤い切り傷が出来ています。また傷が増えました。指は絆創膏だらけ。

 王妃様は悲しくなりました。でも、ここでやめたら絆創膏だらけになった意味がありません。なんとしても白雪姫に、りんごを食べてもらわなくてはいけないのです。

「今度は食べてもらわなくっちゃ」

 泡だて器で材料を混ぜます。といた卵、ふるった粉、とかしたバター、すりおろしたりんごを加えて型に流し込み、オーブンで焼きました。

「うまくできるかしら」
 王妃様はそわそわとオーブンの前で待ちました。
 甘い、とてもいい匂いがしてきます。そろそろかしらと、王妃様はオーブンを開けました。

 ところが。

 出来上がったケーキはぺっちゃんこ。
 まったく膨らんでいなくて、触ると固いのです。

「ああ、失敗してしまったわ」
 がっかりするやら悲しいやらで、王妃様は涙が出てきました。

 王妃様がしくしくと泣いていると、おずおずとした声がかけられました。

「王妃様、もう一度作ってみてはいかがでございましょう」

 声をかけたのは、材料を持ってきた家来でした。王妃様が一生懸命にりんごを料理しているのを見ていたというのです。

「でもまた失敗するかも」
「そうしたら、またお作りになっては?」
 王妃様の涙が止まりました。もう一度最初からやり直します。

「王妃様、材料の分量は正確に量りませんと失敗してしまいます」
「分かったわ。正確にね」
 適当に量っていた材料を、今度はきっちり目盛りをみて量ります。

「あっ、王妃様。粉は三回ふるうそうです」
 また一人、家来がやってきて、王妃様に声をかけました。

「まあ、一度しかふるっていなかったわ」
 王妃様は丁寧に粉をふるいにかけました。またドレスが白くなりましたが、もう気にしていません。

「王妃様、まだ粉が残っていますよ。立てた泡をつぶさないようにもう少しさっくりと混ぜましょう」
 通りがかった女中もやってきて、教えてくれました。王妃様は慎重にへらを使って女中の言うように混ぜました。

 型にバターを塗って、流し込みます。今度こそ、とオーブンに入れました。

 そわそわそわ。

 王妃様と家来たちはオーブンの前で待ちました。とてもいい匂いがしてきました。
 ドキドキしながら、オーブンを開けます。

「出来た! 出来たわ!」

 今度はふんわりふっくらと膨らんだ、とても美味しそうなりんごのケーキが出来ています。王妃様は喜んで、白雪姫のところに持っていこうとしました。
 けれど、オーブンから出来上がったケーキを取り出した王妃様は、家来たちの顔を振り返って思いました。

 とても苦労して作ったケーキ。家来たちみんなが手伝ってくれたケーキです。みんな美味しそうなケーキが出来たことを喜んでくれています。頑張りましたね、と言ってくれています。

 王妃様は二番目のお妃でした。白雪姫のお母さんはとても綺麗で優しくて、王様も家来たちも大好きでした。
 白雪姫のお母さんが死んでしまって悲しんだ王様は、白雪姫のお母さんと同じように世界で一番美しいからと、王妃様をお妃にしました。

 だから王妃様は、世界で一番美しくいなければいけないと頑張ってきました。

 王妃様は白雪姫のお母さんに負けないように、一生懸命に綺麗でいようとしていました。
 毎日毎日、肌にいいというりんごを食べて、鏡を見て着飾り、つんと顔を上げて美しく歩いていました。

 家来たちは美しいけれど、つんとしている王妃様が苦手なのか、誰も今みたいに近寄ってくれませんでした。話しかけてもきませんでした。

 けれど今はどうでしょう。たくさんの家来たちが王妃様を囲んでいます。嬉しそうに笑いかけてくれています。

 王妃様は持っているりんごのケーキを見ました。ふんわりほかほか、甘い匂いのりんごのケーキ。

 皆で一緒に作った作ったりんごのケーキを、王妃様は自分でも食べてみたくなったのです。そして、家来たちにも食べてほしいと思ったのです。

 けれどこれは毒りんごで作ったケーキ。食べたら死んでしまいます。

「ごめんなさい、皆。もう一度作り直したいの。……手伝ってくれるかしら?」
 王妃様は断られるかもしれないと思いながら、家来たちにたずねました。ぎゅっと握った手が震えます。

 家来たちは顔を見合わせました。なぜだろうと不思議そうです。

 やがて家来たちはにっこり笑いました。
「ええ、もちろん」

「ありがとう」
 王妃様は嬉しくてにっこり笑いました。
 それはいつものつんとすました笑顔ではなく、綺麗に見えるように気をつけた微笑みでもありません。心からの笑顔でした。

 ドレスは汚れています。指は絆創膏がいっぱい巻かれています。顔にも粉がついています。
 けれど王妃様は嫌な気分ではありませんでした。それどころか嬉しくてたまりませんでした。

 皆で今度こそ、美味しいりんごケーキを沢山作って食べてもらいました。


 りんごのケーキをかごに入れて、王妃様は白雪姫のところへ行きました。
 かごには美味しいりんごのケーキと、最初に作った毒りんごのケーキが入っています。お城に置いたままにしていて、家来たちが間違って食べてしまわないようにと、持って出たのでした。

 ドアをノックしようとした王妃様の頭に、ゼリーを食べられなかったときの、白雪姫の申し訳なさそうな顔が浮かびました。食べてくれなくて、がっかりしたことを思い出しました。

 あの時どうしてあんなにがっかりしたのでしょう。

 白雪姫が毒りんごを食べなかったからでしょうか。死ななかったからでしょうか。王妃様が世界で一番美しくいられなかったからでしょうか。

 それとも。

 一生懸命に苦労して作ったゼリーを、食べてくれなかったからでしょうか。

「はあい」
 出てきた白雪姫の顔を見て、今度は家来たちの顔が浮かびました。美味しいと言って笑ってくれた家来たちの顔。

「美味しいケーキをあげましょう」
 白雪姫に美味しいりんごのケーキを差し出しました。

 りんごの嫌いな白雪姫は食べてくれるでしょうか。
 王妃様は傷だらけの両手を握り、食べてくれるように祈りました。

 白雪姫はびっくりした顔で、りんごのケーキと王妃様の顔を交互に見ました。
 しばらくして、こわごわとケーキを手に取り、口に運びました。

「美味しい!」
 白雪姫がそう言って笑いました。前の王妃そっくりの綺麗な笑顔です。けれど王妃様は憎たらしく思いませんでした。自分をみじめに思いませんでした。

 そうです。王妃様は白雪姫が嫌いなのではなかったのです。

 白雪姫みたいに愛されない自分が嫌いなのでした。前の王妃みたいに綺麗でいられない自分が嫌いなのでした。

 白雪姫は何にも悪くありません。
 なのに王妃様は白雪姫に優しく出来ませんでした。

「ああ、良かったわ。私も一緒に食べてもいいかしら」

 王妃様は美味しいと食べてくれたことが嬉しくて、にっこりと笑いました。王妃様は気付いていませんでしたが、それはとても優しい笑顔でした。
 白雪姫も嬉しそうに笑ってうなずきました。

「ええ、もちろんです。お義母様」

 ここへ来るとき王妃様は魔女に化けていませんでした。汚れたドレスのまま着替えもしていませんでした。

 王妃様はかごの中からりんごのケーキを一つ取り出しました。パクリと食べようと口を開けました。

「いけません、王妃様!」
 ところが王妃様がケーキを食べようとしたとき、だれかが横からケーキを取ってしまいました。

「死んではいけません」

 王妃様が食べようとしていたのは、毒りんごのケーキだったのです。

 王妃様が出掛けた後、最初に失敗したケーキをネズミがかじって死んでしまいました。

 びっくりした家来たちは、王妃様が作っていたケーキが毒りんごのケーキだったと知りました。二つ目のケーキは上手に出来たのに、どうして作り直したのかも分かりました。

 そして王妃様が普通の美味しいりんごのケーキと、毒りんごのケーキを持って出掛けたことも知り、慌てて後をついてきていたのでした。

「そうです。王妃様」
「また一緒にケーキを作りましょう」

 家来たちが口々に言います。
 最初に作った毒りんごのケーキの方が、待ちきれなくて早くオーブンから出したので、焼き色がついていませんでした。だから家来たちは、王妃様が毒りんごのケーキを食べようとしていると分かったのです。

 王妃様の大きな目から、はらはらと涙がこぼれました。

「でもわたくしは白雪姫に冷たくしてきました。憎たらしく思って殺そうとしました」

「王妃様、どうして白雪姫様がりんごが嫌いなのか知っていますか」
「いいえ。知らないわ」
 王妃様は首を横に振りました。

「お義母様はね、白雪姫のことよりもりんごのことが好きなの」
 白雪姫が言いました。

「白雪姫がお義母様に笑うと、嫌そうな顔をして、りんごをかじるの。白雪姫がお義母様にお菓子をあげようとしても、いらないと言ってりんごだけを食べるの」
 白雪姫の目からもぽろぽろと涙がこぼれました。

「だから白雪姫はりんごが嫌い。お義母様が白雪姫よりも大好きなりんごが大嫌い」
「ああ、ごめんなさい。白雪姫」
 王妃様は白雪姫を抱きしめました。

 王妃様には毒りんごも毒りんごのケーキも、もう要りません。
 白雪姫も、もうりんごが嫌いではなくなりました。

 お城ではよく、りんごのケーキの甘い匂いがただよってきます。
 それから王様や王妃様と白雪姫、家来たちの笑い声も、一緒に聞こえてくるのです。

 めでたし。めでたし。

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