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第九話 夜襲

日が落ちて、村は本物の闇に沈んだ。

 ならず者が来るまで、たぶん一刻もない。

 俺は、できることをした。戦えない俺にできるのは——やっぱり、設計だけだ。

 「村の入口は、この一箇所に絞ります。他の隙間は、荷車と樽で塞ぐ」

 頭の中に、村の地図を広げた。三日目にぼんやり眺めた、あの「無防備な設計」。今こそ、それを直す。

 「広場は捨てます。敵を、入口から続く細い道に誘い込む。そこなら、十人が二、三人ずつしか前に出られない。数の差が、消える」

 敵の数が多いなら、一度に当たる数を、地形で減らす。前世で、自分のゲームに何度も組み込んだ、基本中の基本だ。

 ハロルドが村人をまとめ、樽を積む。クラウスが年寄りと子供を、一番奥の家へ避難させる。ヴァルガは、闇に紛れて敵を数えに行った。

 そして、エルナ。

 「エルナさんは、その細い道の真ん中に立ってください。あなたが、村の栓になる」

 エルナは、頷いた。手にしているのは、もう木の棒じゃない。盗賊から取り上げた、本物の剣だ。

 「……あたし一人で?」

 「いいえ、あなたが前で、村のみんなが後ろにいます。一人にはしません」

 エルナは、剣の柄を握り直した。

 その横顔に、もう、あの日の震えはなかった。


---


 ならず者は八人だった。

 ヴァルガの数えた通り。革鎧に、本物の剣や斧。バロックが金で雇った、戦い慣れた連中だ。先日の、農具に毛が生えたような盗賊とは、格が違う。

 「火をつけろ。一軒、見せしめに燃やせば、あとは勝手に黙る」

 先頭の大男——たぶん元兵士だ——が、面倒くさそうに言った。

 その男が、松明を掲げて、村の入口へ踏み込む。

 細い道。両脇は、荷車と樽の壁。

 俺の設計通り、敵は二列でしか進めない。

 そして、道の真ん中に、エルナが立っていた。

 「……なんだ、小娘か」

 大男が、鼻で笑った。

 次の瞬間、その笑いが凍りついた。


---


 エルナが、消えた——ように見えた。

 実際は、踏み込んだだけだ。だが、その一歩が、あまりに速い。

 もう以前の彼女じゃない。あの時はただ、棒を振り回す勇気だけだった。

 今は、違う。

 これまでの素振り。初めての実戦。スキル「剣術の素養」。積み上げた経験値の一つひとつが、その一歩に乗っている。

 無駄が、ない。一歩にも、一振りにも、迷いがない。何百回も繰り返した素振りが、ようやく一つの形になっていた。

 先頭の二人が、何が起きたかわからないまま、剣を弾かれ、膝をついた。

 「て、てめえ……っ」

 村人たちが、息を呑む音が聞こえた。

 あの、麦畑を走り回っていた村娘が。剣を振るうたびに、ならず者が後ずさる。

 誰かが、小さく叫んだ。

 「エルナが……エルナが、戦ってる……!」

 その声に、村人たちの怯えが、別の何かに変わっていく。

 ——これだ。

 強さは、伝染する。一人が前で踏ん張る姿は、十人の背中を押す。

 目には見えないが、確かにある力。


---


 ただ、大男だけは、別格だった。

 元兵士。場数が違う。エルナの剣を二度、三度と受け、にやりと笑った。

 「やるじゃねえか、小娘。だが、若いな」

 大男の斧が、エルナの剣を上から押し潰しにかかる。力負け。エルナの足が、わずかに後ろへ滑った。

 まずい。

 俺は、必死に大男の動きを追った。戦えない。剣も握れない。でも、観察だけはできる。

 大男は、斧を振り下ろす前に、必ず一度、右肩を引く。癖だ。大ぶりな攻撃の、予備動作。

 ゲームなら、そこが「攻撃前の硬直」——カウンターを叩き込む隙だ。

 「エルナさん!次、相手が右肩を引いたら、踏み込んで!斧が来る前に、懐へ!」

 俺の声が届いたかどうかは、わからない。

 でも、エルナは——応えた。

 大男の右肩が、引かれた瞬間。

 エルナが、潰されかけた剣を捨てるように体を沈め、斧の内側へ、滑り込んだ。

 斧は、空を切った。

 そして、エルナの剣の柄が、大男の顎を、下から突き上げていた。

 大男が、白目を剥いて、崩れ落ちる。

 静寂。

 残ったならず者たちが、顔を見合わせ——逃げ出した。


---


 村人たちの、歓声が上がった。

 エルナは、肩で息をしながら、剣を提げて立っていた。

 勝った。村は、守られた。

 俺は、その光景を、道の奥から見ていた。

 確かに考えたのは俺だ。地形を組み、カウンターの隙を読んだ。

 でも、そこに飛び込んだのは、エルナだ。命を懸けたのは、彼女だ。

 悪くない。本当に、悪くない仕事だ。

 エルナが、こっちを振り返った。何か言いたげに、口を開きかけて——

 その時だった。


---


 村の外。森の方角から、音が湧いてきた。

 最初は、葉擦れのような。それがすぐ、無数の足音と、甲高い鳴き声の塊に変わる。キィ、キィ、と耳障りな声が、いくつも、いくつも重なっていく。

 歓声が、凍りついた。

 血の匂いだ。

 ならず者の流した血と、戦いの騒ぎ。それが、森の奥の「何か」を呼び寄せてしまった。

 クラウスが、避難先の家から、震える声で叫んだ。

 「……っ、森のものが、降りてくる!全員、家に入れ!」

 二つの月の光の下、森側の柵を——小さな影が、次々と乗り越えてきた。

 一匹や二匹じゃない。十、二十——いや、数えきれない。

 人の子供ほどの背丈。緑がかった肌。落ち窪んだ眼に、黄色い光を爛々と灯し、よだれを垂らしている。

 ゴブリン。

 その群れが、血の匂いに我を忘れ、村へ雪崩れ込んでくる。

 俺は、とっさに同じ言葉を口にしかけた。「細道へ誘い込め」と。

 だが、その言葉は、喉の奥で止まった。

 ——通じない。

 あいつらは、小さい。柵を登り、隙間をすり抜ける。荷車の壁なんて、意味をなさない。しかも、あの数。一点で食い止められる相手じゃない。

 そして、俺のステータス画面は、群れの前で、何も映さなかった。

 見えない。強さも、弱点も、データがない。完全な、未知。

 ……いや。

 ふと、柵に刻まれた傷が目に入った。丸太を三本まとめて引き裂いた、あの太い爪痕。

 ゴブリンの細い爪では、あんな傷はつかない。

 じゃあ、あれをつけたのは——何だ?

 その問いに向き合う暇は、なかった。

 目の前の群れが、もう、すぐそこまで来ていた。

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