表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/20

第八話 切り札

翌朝、バロックが動いた。

 予想より、ずっと早く、ずっと汚い手で。

 村人を広場に集めさせ、自分は家の前の高い段の上に立った。見下ろす位置。それだけで、力関係を思い出させる演出だ。さすが、二十年この村を握ってきただけはある。

 「ゆうべの集まりのことは、聞いている」

 バロックの声は穏やかだった。穏やかすぎて、寒気がした。

 「お前たちは知らんようだから、教えてやろう。村長に逆らうということは、村長を任じた領主様——ザイン・ドレス男爵様に、逆らうということだ」

 村人たちの顔が、こわばった。

 「つまり、ゆうべの集まりは、男爵様への反逆だ。わしが一筆書いて送れば、兵が来る。村は焼かれ、お前たちは反逆者として縛り首だ」

 しん、と広場が静まった。

 ゆうべの熱が、潮の引くように消えていく。

 恐怖。それが、バロックの本当の武器だった。


---


 俺は、村人の後ろで舌打ちしそうになった。

 まずい。これはまずい。

 バロックの言っていることが本当かどうか、俺には判断できない。

 この世界の法律を、俺は何ひとつ知らない。村長の権限がどこまでか。領主への「反逆」がどう裁かれるのか。村に抵抗の権利はあるのか。——全部、未知だ。

 ゲームで言えば、ルールブックを一度も読まないまま、対戦卓に放り込まれたようなものだ。

 俺の「メタ読み」は、ルールを知っていて初めて使える。ルールそのものを知らなければ、ただの素人だ。

 ハロルドを見た。彼も、言葉に詰まっていた。覚悟はある。でも、法を相手に戦う武器を、彼も持っていない。

 このままでは、ゆうべ灯った火が、たった一晩で消える。


---


 その時、村人の列の後ろから、ゆっくり進み出る者がいた。

 クラウスだった。

 「……バロック。ひとつ、訊いていいかな」

 古老の、しわがれた声。だが、不思議とよく通った。

 「お前さんの言う『反逆』。それは、グレイン王国法の、どの条項のことかね」

 バロックの眉が、ぴくりと動いた。

 「……何だと」

 「地方統治令、第十二条。村長は領主の代理人として徴税を行う。だが同じ条の但し書きに、こうある」

 クラウスは、淡々と続けた。

 「『村長が私的に徴収を加増したる場合、村民は領主に対し、直接の査問を請願し得る』——とな」

 「つまりじゃ。ゆうべの集まりは『反逆』ではない。『正当な請願の、準備』じゃよ。法に、ちゃんと書いてある」

 俺は、息を呑んだ。

 この爺さん……法を、丸ごと暗記している。

 元・王都の官吏。村に流れ着いた、訳ありの老人。眠っていた知識が、今、牙を剥いた。


---


 ハロルドが、顔を上げた。失っていた言葉を、取り戻していた。

 「バロック。あんたの取り分は、五年で二割から四割に増えた。記録が、ここにある」

 俺が集めた、五年分の徴税記録。ゆうべは村人を動かせなかった数字が、今度は、別の意味を持つ。

 「これは『加増』だ。なら、俺たちには男爵様へ査問を請願する権利がある。あんたの言う通り、男爵様に判断してもらおうじゃねえか。——どっちが裁かれるか、な」

 バロックの顔から、穏やかさが消えた。

 切り札だったはずの「反逆」が、そっくりそのまま、自分に返ってきたのだ。


---


 俺は、内心で唸った。

 俺が記録を集め、ハロルドが村人に語り、クラウスがルールを示した。

 三人で、やっと一手。

 俺一人なら、ルールを知らずに詰んでいた。ハロルド一人なら、武器を持てずに潰れていた。クラウス一人なら、動く理由がなかった。

 ……人は、足りないものを、持ち寄る。

 当たり前のことが、また一つ、腑に落ちた。

 ただし、楽観はできない。

 「男爵様に請願」——その男爵、ザイン・ドレスが、まともな領主なら、の話だ。

 もし男爵自身が腐っていたら? 請願は握り潰され、村は本当に焼かれる。

 この村の問題は、村の中だけじゃ、終わらない。

 その予感だけは、嫌になるほど、はっきりしていた。


---


 その夜。

 クラウスの家の戸を、ヴァルガが叩いた。村外れの宿にいた、あの流れ者だ。

 「旦那。妙な連中が、村に近づいてる。十人前後。——武装してる」

 俺の背筋が、冷えた。

 バロックは、法では勝てないと悟った。だから、法より早い手段を選んだ。

 ——力だ。

 請願が男爵に届く前に、火種ごと、村を黙らせるつもりだ。

 法廷は、明日。だが、ならず者は、今夜来る。

 俺は、エルナのステータス画面を、頭の中に呼び出した。

 ここからは——俺たちの出る幕じゃない。エルナの出番だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ